12.駐屯所
ルカ・ルーは東に向かって歩を進め、飛鷹騎士団の駐屯所を目指す。
(楽しかったから、つい長居しちゃった)
(向こうはどうなっていることやら)
『風歩』
街中ではあったが、通りが空いてきたので、足を速めて一気に行くことにした。
「ひょぃ」
彼女はそれまでより、明らかに速く走り始めた。
東地区に入るにつれて、人通りが少なくなる。
どんどん進んでいくと、辺りの風景が荒んでいくのがはっきりと感じられた。
植えられた木々が傷つけられたり、踏みにじられたりしている。
無造作に捨てられているゴミ。
住んでいる人間の心根が、手に取るように分かる荒れ具合だった。
通を進んで行った突き当たりに、高い塀に囲まれた飛鷹騎士団の駐屯所があった。
塀や壁の一部が壊れ、補修もされずに放置されている。
どんよりとした嫌な空気。
ルカ・ルーは無意識のうちに、顔をしかめる。
背中の魔法鞄と太腿の短剣に手をやり、それらがちゃんとあるのを確認した。
◇ ◇ ◇ ◇
駐屯所の入り口に近づいていく。
バシン、ダンッ
キエーーーッ!
稽古か戦闘を行っているような音が、中から聞こえてくる。
(戦うことになるかもしれないから、バフをして行くのが良さそうね)
『鋭敏』
『風歩』
『速射』
『速攻』
身体強化の風魔法と精霊魔法をいくつかを、自分にかける。
まさか弓を掲げていくわけにはいかないので、手ぶらのまま入り口の門に近寄る。
いつでも武器を取り出せるように、心の中で準備した。
門の中に詰め所のような場所のが見えたのだが、人の気配はない。
「すみませーん」
ルカ・ルーは中に向かって、声を掛ける。
返事はない。
試しに門を手で押してみると、簡単に開いた。
門から入って、詰め所の方に向かう。
詰め所の中を覗きこんでみたが、誰もいない。
周辺の探索に、意識を集中してみる。
(建物の外には誰もいないな)
(中ではかなりの人数が動き回っている感じ)
ルカ・ルーはそのまま外に居てもらちがあかないので、先に進むことにした。
建物の入り口に近づくと、中から人が出てきた。
人相が悪い人間の男で、粗暴そうな印象。
その男がいぶかしそうな様子で、話しかけてきた。
「誰じゃい!」
「あの・・・連れの者がこちらに伺っていると思うのですが」
「ああ、あんたが鉄壁の言ってた仲間だな。中に入っていいぞ」
「おじゃまします」
「こっちに来い。連れて行く」
男は右手を大きく振って、自分に付いて来るように指示。
ルカ・ルーは男の後ろに続いて、建物に入って行く。
ドンッ
建物に入った瞬間、いきなり人が倒れる音が聞こえた。
中は訓練場になっており、大柄な男が中央に立っている。
練習用の刃のない剣を右手に、全身真っ黒な重装備。
ギルバートだと、ルカ・ルーはすぐに気が付いた。
その足元に、頭を抑えた重装備の男が倒れている。
下っ端の騎士団員が近づいていき、肩を貸して引きずるように運び始める。
そのまま訓練場から連れ出していった。
「お相手、お願いします!」
別の重装備に身を包んだ騎士団員が、進み出てギルバートに挑もうとする。
ギルバートはすぐには構えずに、入り口の方をに顔を向けた。
ルカ・ルーが入ってきているのに気付き、ヘルムをはずす。
ニコッと笑いながら、彼女の方に近づいてくる。
彼は自分のヘルムを、ルカ・ルーに渡しながら話しかけた。
「もう少し待っていてくれ。稽古をつけるのを頼まれてな」
ギルバートは汗をびっしょりかいていた。
もうかなり長い間、稽古の相手をさせられていたようだ。
ルカ・ルーが無言でうなずくと、ギルバートは鞄から布を出して汗を拭いた。
彼はヘルムを受け取らずに、顔を出したまま、再び中央に歩いていった。
次の相手と向き合う。
「いつでもどうぞ」
「きえええええっ」
相手はいきなりギルバートに走りより、大上段に振り上げた剣を打ち下ろす。
しかし、ギルバートは余裕を持って、相手の斬撃をいなす。
自分の剣で相手の手首をバシっと、軽く叩く。
相手の男は剣を落とし、右手を抑えてうずくまった。
間を置かずに、別の男が進み出る。
「お願いします!」
ルカ・ルーは見ていて不思議に思った。
明らかな実力の差を感じたからだ。
何人掛かろうとも、ギルバートに一太刀さえ入れられそうにない。
(あれれ。飛鷹騎士団って強いんじゃなかったっけ?)
想像より騎士団員が弱くて、違和感を感じながら、訓練場の壁伝いに移動する。
見回してみると、入り口とは反対の壁の所に、3人の男が立っていた。
向かって一番右に立っているのが、先ほど副長と呼ばれた男。
険しい顔をして、ギルバートを睨んでいた。
次の対戦相手も、ギルバートは余裕を持って退けた。
すぐさま別の騎士団員が、前に出てきて彼に挑戦しようとする。
その時、副長の隣に立っている男が声を掛けた。
「もういい。お前は引っ込め」
「はっ」
「鉄壁さん、稽古をつけていただいて、ありごとうございました」
「いえ、こちらもいい汗かかせてもらいました」
「やはり田舎剣術では、あなたに到底かないませんな」
「いえいえ。皆さん、いい筋をしてますね。団長さんか、副長さんは稽古はよろしいのですか?」
ギルバートが3人の真ん中に立っている男を見つめながら、話しかけた。
騎士団長のジルベスターは顔をしかめながら、ギルバートを睨む。
しかし、動こうとはしない。
「ならばわしが相手をしよう。今までのようには行かぬぞ!」
右端にいた副長、ブルクハルトが自分の腰から剣を抜き、前に出ようとした。
しかしジルベスターがそれに反応する。
ブルクハルトに目配せをして、それ以上前に出ないように抑えた。
「ブルク!お前も下がっていろ。鉄壁さん、今日はありがとうございました。わしらはまた機会があればお相手願いしますよ」
ジルベスターは歪んだ笑いを浮かべながら、ギルバートに向かって話す。
直後にチラッと、ルカ・ルーの方に視線を移した。
彼女はジルベスターの視線を感じて、あまりの気持ち悪さに背中が粟立だった。
(うわああ。生理的に受け付けないってのはこういうこと言うのかしら・・・・・)
ただただ、気持ち悪く感じる。
ルカ・ルーは自分が会いに来た相手だということを、完全に失念していた。
「話がまとまったのと、稽古を付けていただいたお礼に、一席、用意しました。お連れさんもいらしたようですのでご一緒にどうぞ」
「そうですか。風弓さんはどうしますか?」
ギルバートがルカ・ルーに向き直り、聞いてきた。
(ああ。そうだ。私は騎士団長さんの話しを聞きに来たんだった)
(うう。もう何でもいいからさっさとここから出て行きたいなぁ)
心がどんどん冷えていくのを感じながら、彼女は応える。
「いや、私は、お話が聞けたら、すぐに帰りますから・・・・・」
「そう言わないで、ご馳走用意しますから、休んでいってください」
ジルベスターが嫌らしい笑顔で、ルカ・ルーに話しかける。
困った彼女は、ギルバートを見る。
「風弓さんもせっかくだから付き合って。そこで話しましょう」
ギルバートは飄々と応える。
「分かりました・・・・・」
(うぅぅ。ここに長くいるのマジで嫌なんですけど・・・・・)
◇ ◇ ◇ ◇
ルカ・ルーは早く帰りたかったが、いきなり質問するのは無理そうな雰囲気。
渋々、会席の誘いを受けることにした。
彼女はギルバートに歩み寄り、持っていたヘルムを手渡す。
ギルバートは使用していた剣を、騎士団員に返した。
そして受け取ったヘルムと脱いだグローブを、魔法鞄に仕舞いこんだ。
「それではご案内いたします」
目つきの悪い下っ端の騎士団員が、声をかけてきた。
その男に従い訓練場から出て、奥に向かう。
訓練場の奥に、邸宅が併設されていた。
玄関から邸に入ると、意外と綺麗な廊下があった。
廊下を真っ直ぐ進む。
上へ向かうの階段や、大きな部屋の扉が目に入るが、それらは全部素通り。
突き当たりに、かなり立派な扉があった。
そこが客間のようだ。
案内の男が扉を開けて、横にずれる。
「どうぞこちらに入って、お待ち下さいませ」
指示に従い、二人は部屋の中に入る。
かなり豪華な部屋の造り。
中央付近に、高級そうなソファーやテーブルが置いてあった。
中央の天井に、大きな光玉が輝いている。
窓は全部閉まっており、外の様子は見えなかった。
綺麗に整えられていたが、どこかうさん臭い印象が残る。
部屋の中には、誰もいない。
案内の男が外から扉を閉めた瞬間、部屋の四方の壁が淡く薄茶色に輝きだした。
「む。結界か!」
ギルバートが声に出しながら、入ってきた扉の方にダッシュする。
移動した時にはもう扉は見えなくなり、四面全て茶色の壁となっていた。
彼は大きな体で、扉のあった辺りに体当たりをしたが、壁はびくともしない。
さらに、魔法鞄から長くて太い両手剣を取り出し、力を込めて切り付けた。
しかし剣は弾かれ、壁は全くの無傷であった。
「ちっ。こりゃ強力な結界だな」
「扉にたどりつけそうも無いですね」
ルカ・ルーは部屋の中を見回したが、様子が一変していた。
天井と床はそのままに、壁が全面、茶色一色となっている。
光玉も閉じ込められていたので灯りは十分だが、どこにも出口はなさそうだった。