11.ソワイエ商会
ギルバートが去っていくのを見てから、ルカ・ルーは犬人の娘に振り返る。
「お怪我はないですか?」
「大丈夫です。ちょっと腕を掴まれただけでしたから」
「それはよかったです。危ないところでしたね」
「ええ、ほんとに助かりました。あなたのお連れさんのお陰です」
犬人の娘、シェリーはホッとしたような表情。
白いフサフサした三角形の耳が、髪の毛の間から見える。
ルカ・ルーほぼ同じくらいの年齢。
大柄なオークの女性、ソフィーヤも感謝の気持ちを伝えてくる。
「絶妙なタイミングでしたね。あれ以上揉めたら、飛鷹騎士団に因縁をつけられるところでした」
「ひどい言いがかりでしたねー」
「あいつらはいつもあんな感じですよ。ホント、まともじゃない」
とソフィーヤは困ったような顔をする。
御者台から行商隊の隊長、テオドールが下りてきた。
「エルフさん、わしからもお礼言わせてもらうよ。お連れさんがやつらを連れて行ってくれないと、面倒なことに成りそうだったからね」
「大事に至らなくて良かったですね」
「ほんとにだ。いつもならサッサと譲るんだが、なんとなく売り言葉に買い言葉でああなっちまって・・・・・」
テオドールは心底ほっとしたように応えた。
「わしはテオドールと言う者です。この商隊の責任者をやってます。鉄壁さんがまさかこんなところに居るとは、思ってませんでしたよ」
「私はルカ・ルーと申します。風弓と呼んでください。テオドールさんはギルさんのお知り合いなんですか?」
「テオでいいよ。わしは昔、王都で働いていたからね。何回も見たことあるよ、鉄壁さんを」
「そうなんですかー」
「向こうはわしのことなんか知っちゃいないけどね。昔からできた人だったよ、あの人は。悪い噂はほとんど聞いた事がなかったな」
テオドールは感心しながら頷く。
「すみません、私は詳しくないんですが、かなり有名な方のようですね」
「風弓さんは『鉄壁堂々』って呼び名、聞いたことないんですか?王国でも、指折りの有名人ですよ」
「私、田舎の出なので、そういうのにうとくて・・・」
シェリーもソフィーヤも当然のように、鉄壁堂々という二つ名を知っていた。
特にソフィーヤが詳しそうに話し出す。
「前の王都騎士団の団長さんよ。若くしてなったから10年以上やってたんじゃないかな」
「騎士団長さんだったんですねぇ。強いわけだ」
「その当時は、この国でたぶん一番強いだろうと言われてましたね」
「ほぇぇぇ。どおりで自信たっぷりだったのね」
「あの様子だと、今でも一番強いんじゃないかしら。あのキチガイ集団をぶっちめてくれるといいわね」
ソフィーヤはオークらしく乱暴な物言いをして笑う。
その後ろからドワーフの男、ラドスラフが現れた。
髭だらけの顔をしかめてソフィーヤに話しかける。
「ソフィ。あんまり大声でぶっちめるとか言うんじゃないぞ。どこに誰がいるか分からんからな」
「あんたこそ何よ。助けようともしないでさ。それで護衛って言えるの?」
「俺も手助けしようと思った矢先に、彼らにいいところ持って行かれたんだよ!」
「ほーほー。のろまっていいわね、ラド。駆けつける頃には面倒事は終わってるしね」
「何を!ソフィだって助けてもらっただけじゃねーか!」
大柄なオークと小柄なドワーフが言い合い始めたので、ルカ・ルーはびっくり。
しかし言い争ってはいたが、喧嘩をしているような張り詰めた感じはない。
成りゆきを見守ることにした。
様子を見ていたテオドールが、呆れ顔で二人に話す。
「まあまあ。痴話喧嘩はあとでゆっくりやりなさい。風弓さんがびっくりしているぞ」
「はい。びっくりしました」
ルカ・ルーも応じる。
「あははは」
とシェリー。
素直に驚いたと答えたら、シェリーが大笑いして場が一気に和んだ。
ルカ・ルーも少し緊張していた自分に気が付く。
ふうっと肩に溜まっていた息を、自然に吐き出した。
◇ ◇ ◇ ◇
その時、いきなり後ろの荷馬車から、黒い塊がルカ・ルーの方に飛んできた。
「まさか、あの鉄壁がここに居るとはね。びっくりしちゃった」
飛び出てきたのはダークエルフの小柄な女性。
しなやかな体の運びで、いかにも俊敏そう。
馴れ馴れしくルカ・ルーに話しかけてくる。
「あんた鉄壁の何なのさ」
「私は一緒に飛鷹騎士団の駐屯所に、行くところだったんです」
「へー。いよいよ鉄壁様の大掃除ってわけかい。んじゃ、あんたも相当強いんだろうね」
「いえ、私は、飛鷹騎士団の団長さんに話があるだけなんです」
「いいね、いいね。あの団長と話をつけに行くなんて、根性あるね」
「えっ、ただ話を伺うだけなんですが・・・・・」
「おしっ、楽しそうだから私も様子を見に行こうっと、うまくいけばおこぼれに預かるかも」
ダークエルフの女性が一人で合点し、ニヤリと笑う。
それをテオドールが見咎める。
「リリ、おめえ、また何かたくらんでるな。いい加減にしろよ」
「あーうるさいわね。私は好きにやるから放って置いてよ」
「それとな。さっきの吹き針、街中ではやめておけ。見つかったらえれえことになるぞ」
「だって、あんまり偉そうで頭にくるじゃない!」
「そりゃぁ、そうだがよ、とにかく気をつけろって」
「分かったわよ」
ダークエルフの女性はふん、とそっぽを向く。
しかしすぐに機嫌を取り直し、ルカ・ルーに向き直って話しかける。
「あたしはリリー・エフ。『黒百合』ってのが呼び名さ。あんた、風弓ってんだろ、よろしくね」
「こちらこそ宜しくお願いします」
「あんた礼儀正しいねぇ。そんなんじゃこれから苦労するよ、たぶん」
「そうなんですか?」
礼儀正しいと苦労すると言われてびっくりし、ルカ・ルーが聞き返す。
「やめろって、リリ。風弓さん、こいつは口が悪いんで申し訳ないね」
とテオドールがフォローする。
「別にいいじゃん。ほんとのことなんだから」
とリリー・エフ。
「あんまり礼儀正しいのは良くないですかねー」
「冒険者やるんだろ?周りが気を使うんだよ。自分らと異質だとね」
「ふむ」
「だって自分たちがざっくばらんに話してるところで、敬語とか出されたら話しにくくなるジャン」
「なるほど、そういうもんなんですね。これから気をつけます」
「ほらそれが丁寧すぎるって言ってんだよっ」
「あ、そうか」
「もっと気楽に生きていきなよ、私みたいにさ!」
「おめえは気楽過ぎるだろ!」
テオドールが突っ込みを入れる。
「とにかく、あたしゃ行くよ。目指すは飛鷹騎士団駐屯所。んじゃまたねぇぇ」
リリー・エフはいきなり走り出して、あっという間に見えなくなった。
◇ ◇ ◇ ◇
通りに人が増えてきたので、行商隊のメンバーは馬車を移動させる。
「風弓さんは、鉄壁さんを追いかけて、飛鷹騎士団の所に行くんですか?」
「そのつもりです」
ルカ・ルーは馬車馬を曳いているシェリーと、並んで歩きながら話し始めた。
「飛鷹騎士団の悪評は有名ですので、気をつけてくださいね」
「さっきの人たちを見ると噂どおりのようですね」
「街のためにも何とかなれば、いいんですけどねぇ」
「迷惑を受けている人が多ければ、きっと何とか成ります。天が許さないですよ、悪行は」
「そういうものなのでしょうか?」
「はい、私の師の教えです」
「ふむふむ」
ルカ・ルーは最初は飛鷹騎士団長の話を聞くだけのつもりだった。
だんだんと、ギルバートが討伐をするのであれば、それを手伝う気になっていた。
「あなた方の商隊は、この街が拠点なのですか?」
「いえ、うちらは拠点となる店を持たない自由商人なんです」
「自由商人?」
「はい。会長のテオさんが許可を貰っているので、自由にどこに行って行商してもいいのです」
「それじゃお店は持たずに、あちこち回って物を売り歩く感じですか?」
「そんな感じです。今回はキャッスルフォレストの取引のある商会から頼まれて、商品を運んできて受け渡しをしてきたところです」
「なるほど」
「うちらは6人でずっと旅を続けています。いろんなところに行けて、楽しいですよ」
「6人?」
「はい」
ルカ・ルーが見たのは、前の荷馬車に2人、後ろの荷馬車に3人の合計5人。
「ああ、実は1人荷台に隠れています」
「隠れているの??」
「すごい人見知りなんですよ。人の多い街中が苦手でね」
「なるほど。私が嫌われたわけじゃないですよね?」
「あははは。そんなことないと思います。紹介しましょう」
そう言ってシェリーは前の荷馬車の後部に回る。
荷台の中に声を掛ける。
「シュシュ。起きてるんでしょ、出ておいでよ」
「・・・・・」
「もう。うちらを助けてくれた人なんだから、いい人だって。優しそうなエルフさんよ、出てらっしゃいな」
ルカ・ルーはシェリーのそばまで歩いていき、いっしょに荷台を覗き込んだ。
「こんにちは、風弓と申します。勝手に商隊にくっついて歩いています」
「・・・・・」
中に居たのは真っ黒な兎人。
獣化していて赤黒い目をまん丸に見開き、ルカ・ルーを凝視。
「シュシュ!挨拶くらいしたらどうなのよ!」
シェリーが睨みつける。
「お構いなく、急に来てすみませんでした。私は離れている方が良さそうですね」
とルカ・ルー。
「・・・・・僕はシュバルツ。皆はシュシュって呼ぶよ。うるさいのが苦手なので許してね」
「いえいえ、商隊のみなさん楽しい人ばかりだったので、つい一緒に来てしまいました」
「・・・・・この隊は『ソワイエ商会』って言うんだ。テオさんがみんなを雇ってくれてるのさ」
「シュシュは似顔絵師なのよ」
「へぇぇ。絵を描くのがうまいんですね」
兎の顔なので、ルカ・ルーには表情の変化は分からない。
なんとなく、少し打ち解けてくれたような気がして、話を続ける。
「でも何で、行商隊で似顔絵を?」
「・・・・・行商で行った村や町で、客寄せに似顔絵を描くのさ。ラドさんは鍛冶屋をやってるしね」
「ふむふむ。そういえば、芸人さんも一緒に回るって聞いたことがあります」
「・・・・・そんな感じだよ。僕の似顔絵は人気があるからね」
「確かにシュシュの絵は、必ず喜ばれるよね」
とシェリー。
「・・・・・当たり前さ。僕は天才だからね」
「はいはい。天才でも何でもいいけど、あんまり篭ってないで外に出てきなさいよ!」
「・・・・・人間のかっこするの、めんどくさいんだもん」
「あんたねー、だからってずっと獣化してちゃダメでしょうが。街では人間ぽくしなさいよ」
「・・・・・めんどうだから、い・や・だ。僕は荷台に隠れてるから、早く仕事終わらせて街から出ようよ」
「ほんとにもう・・・・・」
「うふふ」
面倒見のいい姉と、わがままな弟のような掛け合い。
ルカ・ルーはつられて微笑む。
なんともフレンドリーな商隊で、ルカ・ルーは居心地の良さを感じていた。
この後の仕事をつい忘れそうになる。
◇ ◇ ◇ ◇
「私はそろそろ、ギルさんの後を追うことにします」
「ああ、引き止めてしまったようで申し訳なかったね」
とテオドールが返事。
「いえいえ。とても楽しかったです。また機会があれば、御一緒したいくらいです」
「風弓さん!冒険者さんですよね?ここの仕事が片付いたらどこに行く予定なんですか?」
とシェリー。
「えーと、まだ決めてないですねぇ。とりあえずはグランドパレスを目指す感じかな」
「それならまた会えますよ、きっと。うちらもこの後、グランドパレスを通って王都に向かう予定ですから」
「そうですかー、それじゃぁ、そっちに向かう時は探しながら行きますね」
「商人ギルドで聞いてくれたら、その時うちらがどこに居るか教えてくれますよ」
「へー、そうなんですか、いい事を聞きました。近くに居たら会いにいけますね」
「ぜひ。今度は一緒の旅をしましょうね」
「でわー」
挨拶を交わし、行商隊から離れるルカ・ルー。
(面白い人がたくさんいるなあ。いろんな人と知り合うのって楽しいかも)
ようやく冒険に出てきたことを実感しつつ、ルカ・ルーは先を急ぎだした。