《氷柱の広間》
薄暗く長い通路を進んでいくと行き止まりになった。
正面には灸忍長老の話し通りに通路を塞ぐように大きな岩がある。
「灸忍長老の話の通りですね。」
叙里は松明をかざして岩の周りを、あらゆる角度から観察している。
「これが手形か」
蓮は中央の手形のような模様を触っている。
「これどうするのよ。」
奏はあきらめ顔で岩をペチペチ叩いている。
「冷たくて気持ち良いね。」
団丸は大岩に頬ずりしている。
「叙里、何とかしてよ。」
桃は姫と一緒に少し下がった位置から訴える。
「よし、団丸、僕を持ち上げてください。」
叙里は肩車で大岩の上を調べ始める。
「櫂、ちょっと来てくれ。」
蓮に呼ばれて大岩の前に来ると
「借りるよ。」
左手を捕まれて引っ張られた。
「ちょっちょっと、何するの。」
櫂の手が手形の紋様に触れると、ポワ~ンと大岩が光だした。
「離れて!」
奏は桃と姫を岩から遠ざける。
「あわわわわ」
団丸と叙里は肩車でヨロヨロ逃げる。
「蓮、櫂、逃げて!」
奏が叫ぶ。
ゴゴゴ~っと音を立てて地面に沈んでいく大岩の前で、蓮と櫂は立ち尽くしている。
「蓮!」
「まって」
桃が飛び出そうとする奏を止める。
徐々に空いていく岩の隙間はとても明るい様子だが、不思議な事にこちらには光が差し込まない。
大岩が完全に地中に沈むと7人は誘われるように奥の部屋へ入って行った。
ピカーン!
あまりの明るさに目が眩み一歩入った場所で立ち止まる。
徐々に目が慣れてくると、目の前には光に満ちて凛とした広間が現れた。
その広間の高い天井からは二本の眩い光が差し込んでいる。
灸忍長老が言っていた氷柱はないが、天井からは大きなツララが三本垂れ下がっている。
その真下には膝丈程の不思議な円柱状の石が置かれている。
更に奥には大きな岩の玉席が壁に張付いており、人型の焦げ跡が残っている。
「うわぁ~、ここ冷たくて気持ちいいよ~。櫂も座れば。」
団丸は円柱状の石の一つに腰かけ櫂を誘う。
櫂は何故か中央の一番小さな石に魅入られている。
団丸の言葉も耳に入らず、吸い込まれるようにその石に腰かけると急に意識が薄れていく。
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まだ幼い子供が優しい腕に抱きかかえられている
上空には赤い龍が火を吐きながら旋回している
いつの間にか雲がムクムクと上空を覆い始めたかと思うと
黒い龍が何処からともなく現れた
怒りながら火を吐き続ける龍を諭すように八の字に旋回しだした
それでもまだ赤い龍の怒りは収まらないようだ
「黒龍よー!」
豪華な首飾りをした男が黒い龍を呼ぶ
龍がドシーンと男の前に降り立つ
「どうか助けていただきたい、すべて赤龍の勘違いなのだ」
「儂はもう年じゃ、あれ程怒り狂った赤龍を止めるのは無理じゃ」
「何とかこの子達だけでも」
「山の洞窟に逃げ込め」
「三基の魔法石の上に子供達を乗せろ」
荒れ狂う赤龍の火炎の中で、男は二人の子供の手を握り洞窟へ走る。
女は幼い子供を抱きかかえながら必至に後から付いて行く。
背後では逃げ惑う津島忍者の女と子供たちが、怒り狂う赤龍の吐き出す業火に焼かれていった。
洞窟奥の明るい広間につくと、男は恐怖にガチガチ震える二人の子供に優しく話しかける。
「いいか何があっても、動いちゃダメだよ。」
「いつかきっと迎えに来る。」
「その時まで、じっと待つんだ。」
「その時まで三人で力を合わせて頑張るんだよ。」
「凱、霧、あの子を櫂を守ってくれ。」
そう言って左手の男の子を左の魔法石に、右手の女の子を右の魔法石に乗せる。
凱と霧は震えながらも、うんうんと自分に言い聞かせるように頷ずいている。
「あなた、この子をお願いします。」
女は抱えていた幼子を差し出すと、男と一緒に両手で優しく包み込み、そのお腹あたりに顔をうずめる。
しばらくすると二人は顔をあげて、幼い子供の目を愛おしそうに見つめる。
「櫂、お前と話すのはこれが最後になるだろう。」
「親として何もしてあげられなかった。」
「そのうえ、お前には大変な宿命を背負わせてしまう。」
「ごめんね櫂、でも産まれてくれてありがとう。」
「至らない父を許してくれ。」
「櫂、大好きよ。私たちを許してね。」
櫂は立つのがやっとで言葉を理解できると思えない程に幼いが、それでも思いを伝えたかった。
何もできない自分たちに、櫂を一人にしてしまう悔しさに、宿命を負わせてしまう無念さに、両手がワナワナと震えている。
しかし最後に残っているこの方法に一縷の希望を託すしかなかった。
二人は櫂をそっと中央の魔法石に乗せると、男は自分の首から勾玉の首飾りを外して櫂にかける。
「いいかい、絶対に動いちゃダメだよ。」
頭をなでながら櫂に優しく語り掛けると、自分は奥にある大きな椅子に座った。
「櫂、生きるのよ。」
女は溢れる涙を拭うと広間の入り口に戻り外から大岩を閉じた。
ゴゴゴーと大きな音がして大岩が閉まっていく。
「黒龍ー!!」
その声に呼応して頭上から黒龍の吐く猛吹雪で洞窟内は瞬く間に氷に覆われていく。
「櫂、生きろー!」
三人の子供は台座の上で凍り付き、男も目を見開いたまま凍りついた。
気が付くと櫂は氷の中にいた
隣には幼い霧がいる
反対側には初めて見るがなぜか懐かしい少年がいた
大きな岩の玉席には男が座っている
こちらをみて微笑んでいる
ジュジュジュジュジュ~!
島ごと全てを焼き尽くす赤龍の炎は凍りついた洞窟の頭上からも襲ってきた。
天井の二つの穴から激しい火炎が入り込み、周りの氷が解けていく。
先ほどまでの氷の世界が瞬く間に凄まじい炎に包まれていく。
しかし、その洞窟内で三基の魔法石の上だけは氷が解けないままだ。
男はその光景に微笑みながら、玉座の上で焼かれていった。




