《灸忍の里 その二》
伊三達が準備を整えて三日後に洞窟に戻ってくると、不思議な彫刻は桜忍者によって全て持ち出されており、ガランとした空間は最初に来た時よりとても広く冷たく感じられた。
精鋭の桜戦忍者達は松明に火遁で火をつけると階段を下りていった。
灸忍三人はもそれに続き降りていく。
伊三は前回来た時とは違う空気感に不安を感じながらも最後尾から付いて行った。
仁王像が睨んでいる狭い通路を進むと氷柱の広間へ着くはずだったが、
「何じゃこれは。」
まるで狐にでも化かされたかのように唖然とする超長老。
何故かその通路は大岩で塞がれていた。
「これは手形のようですね。」
戦忍者頭の嘉仁は大岩を調べると風化しているが確かに手形のような紋様が中央にあった。
桜戦忍者達は手形に手をかざしたり擦ったり、押したり引いたり色々試している。
超長老と灸忍長老は大岩を隅々まで調べている。
何をしても全く動かない。
どこを調べても動かす手がかりが全くない。
「超長老少し離れていて下さい。」
戦忍者頭の嘉仁は印を結び呪文を唱えると。
「金威術、最上位変換金龍槌!」
細い通路の壁から槌のような物が表れてると、それぞれが龍の姿に変わりうねる様に絡み合いながら大岩目掛けて飛んでいく。
ガチーン!
と大きな音と共に無数の槌は粉々に砕け散った。
大岩は無傷だった。
「火でやってみろ。」
「はい。」
超長老の指示で再び印を結び呪文を唱える嘉仁。
「火威術、最上位変換火龍砲!」
嘉仁が両手を交差し回転させながら前に突き出すと
ゴォ~と燃え盛る龍の炎が回りながら大岩目掛けて飛んでいく。
ジュワ~ン!
一瞬燃えたように見えたが、その炎は大岩に吸収されたように、微かに煙が立ち上るだけだった。
「水じゃ!」
嘉仁は頷くと印を結び呪文を唱える。
とその時、ゴゴ~っという音と共に大岩が沈み込んでいった。
大岩が沈み込んでいくと向こうに小さい人影が見えてきた。
「灸忍は下がれ!」
超長老の命令で伊三は階段下に戻り仁王像の陰から様子を見守った。
桜戦忍者は戦闘態勢で待ち構える。
すると一人の少年が氷柱の広間からこちらに歩いてくる。
ニコニコと笑いながら生を謳歌するように鼻歌交じりに歩いてくる。
「迎えに来たの。」
少年は無邪気な笑顔で超長老に語り掛ける。
「生け捕りじゃ!」
桜戦忍者達は一斉に少年を取り囲んだ。
少年は何事かと超長老を見つめていたが、一番大柄な戦忍が少年を担ぎ上げたのを合図に数名の戦忍が氷柱の広間に向かって駆け出した。
それを見た少年は急に暴れ出し、大柄の戦忍の腕をすり抜け氷柱の広間に向けて駆けだした。
伊三は岩影に隠れていたのでよく見えなかったが、ゴゴ~っと音がしてまた大岩が閉まっていくようだ。
奥からはジャキーン、ガチーンと忍刀の音が響いてくる。
暫くすると少年が狼のように目の前を駆け抜けて行き、それを追うように精鋭戦忍が続いていった。
通路の奥を覗くと大岩の前には数人の桜忍者が倒れている。
大岩の上には挟まれて潰されたように戦忍の下半身だけが垂れ下がっていた。
地面に転がる松明の火に揺れて見るその光景はあまりにも無残だった。
伊三は恐る恐る階段を上り洞窟の広い空間に出ると、入り口の方からジャキーン、ガチーンと忍刀の音が聞こえてくる。
すると突然、洞窟が グオ~ン! と何かに共鳴して揺れ出し怖くなって外に飛び出した。
外では少年が精鋭戦忍に崖の端まで追い詰められている。
突然ギョエ~と唸り声をあげて見たこともない化け物が低空飛行でこちらに向かって飛んくる。
ウワッ!
と驚いてあわてて逃げた先が悪かった。
伊三は戦忍者と少年が争う真ん中に倒れこんでしまった。
するとその化け物は争いを見物でもするかのように上空を旋回しだした。
とにかく怖くて、その場を離れようと直ぐに立ち上がると少年が忍刀を振り回している。
ザクザクッ!
と足元が掬われた様に一瞬宙に浮きその場に叩き付けられた。
ズバァッ!
少年は戦忍者に切られて崖から落ちて行った。
伊三の両足は切断されて大量の血が岩肌に沿って流れ落ちている。
崖上には切断された少年の左手だけが残っている。
薄れていく意識の中で、その手は何かを掴もうとピクピク動いているように見えた。
****************
その後は意識が無いので後で聞いた話じゃが、空を飛ぶ化け物は龍神の使いで落ちていった少年はその化け物に捕まり龍神に捧げられたそうじゃ。
それで龍神の怒りは収まり桜忍者は何事も無く普通に今日まで暮らしているのじゃ。
し~んと静まり返る灸忍長老小屋は赤々と囲炉裏の炎が揺らめいている。
長老は話し終わるとズズっとお茶をすすり、火箸で薪をひっくり返すと炎は一時的に小さくなったが煙の量は増えて煤が小屋中に舞い上がる。
「長老の足はいつ治ったの。」
団丸が唐突にその静寂を打ち破る。
「あ~これか。」
義足をポンと叩き
「これが上手く使えるように成ったのはそれから二年ほどじゃ。」
「それで直ぐにここに戻ってきたの。」
「それからはまた一から修行をし直してここに戻ってきたのは五年ほど前じゃ。」
「その間に変わったことは無かったですか。」
叙里が何かを探る時の口調だ。
「ん~特にはないが。」
灸忍長老を見つめる櫂、蓮、団丸、そして叙里。
「あ~そう言えば、二〇年前に故郷の村に戻ったら、何故か村歌の合いの手が変わっておった。」
・・・
しーんと静まり返る。
「いやそうじゃな、そういう事じゃないな。」
「あっそうじゃ、五年前にここ灸忍里に戻って来た時には知り合いの灸忍が全くいないので、不思議に思い当時の長老に聞いたんじゃ。」
そうそう、そういう話が聞きたかったという顔をする叙里。
「すると儂が戻る数か月前に酷い流行病で里中の灸忍が亡くなったそうじゃ。それで儂も呼び戻されたのかもしれんな。」
「えっ灸忍様でも流行病は直せないの。」
団丸は驚いて問いかけた。
「はははは~、そうじゃよ、残念ながら全てを治療は出来んのじゃ。」
そう笑いながら話すと真面目な顔になり、
「儂らに出来るのは体から邪気を抜き病と闘う氣を入れる事だけじゃ。」
と少し寂しげに答えた。
「里中の灸忍が亡くなるなんて考えにくいのですが。」
叙里の言葉に
「儂もそう思う。」
灸忍長老はそう言うと急に険しい顔になり。
「この里ではあの流行病は津島忍者の祟りじゃったと言われておる。」
櫂、蓮、団丸、叙里はお互いに顔を見合わせた。
「祟りって本当にあるの。」
団丸が泣きそうな声で聴く。
「儂にも分からんよ。」
灸忍長老は俯いたまま首を横に振った。
「ところでこの辺たりに奥州平泉まで行けそうな船はありませんか。」
蓮はどうしても陸から離れたいようだ。
「昔は海丹村にあったのじゃがな~。」
と色々考えているようだ。
「おっそうじゃ。」
何かを思い出したように。
「儂等には見つけられんかったが、確かあの伝説では津島忍者が二頭山に船と共に眠っていると語り継がれていたはずじゃ。」
櫂、蓮、団丸、叙里は各々がそれぞれの思いで伝説の島に行く決意をした。




