《灸忍の里 その一》
櫂達四人の真実を求める熱い眼差しに、両足が義足の灸忍長老伊三はゆっくりと立ち上がり、ぎこちない足取りで小屋の襖と障子戸をしっかりと閉めて回った。
振り返って改めて見る四人はまだ幼さが残るが、噂通り数多の死闘を乗り越えてきたのであろう。
櫂、蓮、団丸、叙里の顔や手足には無数の傷跡があった。
平時であれば、里で修行をしながらも仲間とふざけあい楽しく遊んでいる年頃だ。
この子達にこれ以上の苦難を与えて良いのだろうか。
灸忍長老は揺れる囲炉裏の炎を見つめながら自問自答している。
答えが出ずに今度は天井を暫く見つめると、揺れる炎の影は「話してあげなさい」と告白を促しているようだ。
そうだ、この子達の求めに応じるのが今の自分の務めかもしれない。
ゆっくりと顔を下げると、櫂、蓮、団丸、叙里のまだ幼い顔が並んでいる。
そして、その意志の強い目が灸忍長老の言葉を待っている。
長く深い呼吸をすると、灸忍長老伊三は静かに何かを噛みしめるように話し出した。
「あれは、まだ儂が灸忍に成りたての頃じゃった。」
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「集合じゃー、灸忍は全員長老館に集合じゃー!」
突然の集合命令に灸忍に成りたて伊三も急いで館に向かった。
艾の匂いが充満する煤けた館では初めて見る桜忍者の超長老が中央に座り、隣に座る灸忍長老の井吹となにやらボソボソ小声で話している。
徐々に集まってくる灸忍達は戸惑いながらも灸忍長老の言葉を待っている。
「竹蕪、伊三、今から儂について来い。」
「はい。」
灸忍長老の指名に灸忍頭の竹蕪は直ぐに返事を返した。
「伊三!」
「はっはっはい。」
伊三は何が何だか分からないが取りあえず返事をした。
なぜ先日灸忍になったばかりの僕が呼ばれたんだろう。
何か悪いことでもやったのだろうか。
さっと席を立つ桜忍者の超長老と灸忍長老の井吹。
灸忍頭の竹蕪もそれに続き、伊三もおずおずと立ち上がった。
「解散」
灸忍長老はそれだけ残して館を出て行った。
いったい何が起こったのだろう。
不安な面持ちで付いていくと。
「今から二頭島に行く。詳細は着いてからじゃ」
灸忍長老の言葉にますます不安になる伊三。
「大丈夫だ俺がついてるよ。」
竹蕪は振り返り優しい顔でニコリと笑った。
二頭島に着くと沢山の桜戦忍者達が島中をくまなく調べていた。
二本の角がある山の中腹からは大岩が地震で転げ落ち、そこにはぽっかりと洞窟の入り口が顔を出していた。
桜戦忍者の誘導に従い山の中腹までくると、まるで鬼の口が開いたように不気味な洞窟があった。
恐る恐る中に入ると広い空間があり、そこは初めて見る不思議な彫刻で埋め尽くされていた。
「ボサッとするな。」
「はっはい」
伊三は急いで灸忍長老井吹と竹蕪に付いて行く。
洞窟の左奥には階段があり、それを下りていくと薄暗い細い通路が伸びていおり、その通路の入り口には何かを守っているような仁王像が左右からこちらを睨んでいる。
伊三は長老達に続いて、慎重にその暗い通路を奥へ進む。
ピカーン!
あまりの明るさに一瞬目が眩んだ。
「ハッハッハー驚いたろ。俺も最初はこれに驚いたよ。」
不思議なことにこの部屋の光は、何か特殊な力で守られているようで、通ってきた通路に明かりが一切漏れないようだ。
戦忍者頭の嘉仁は笑いながらも前方を指さした。
「そしてもっと驚いたのがアレだ。」
それは先ほどの軽い笑い声と違い、真剣な重い声だ。
徐々に光に慣れてきた伊三が見たのは、氷漬けの二人の子供だった。
強い光が差し込むその空間の中央には太い円柱状の氷の柱が二本そびえ立ち、そして氷柱の中には子供が閉じ込められていた。
「こっこれは津島忍者ですか。」
伊三は瀬戸内のある島に津島忍者が眠っているとの伝説を思い出した。
「まだ分からん。」
桜忍者の超長老は続ける。
「分からんから、お前たち灸忍にこれを溶かして欲しいのじゃ。」
灸忍長老と灸忍頭竹蕪は氷柱を調べている。
「これは時間がかかりそうだな。」
「確かに生きたまま助け出すには、慎重に溶かさないと。」
「それに湯液も必要じゃな。」
「三人では無理です。一旦戻って仲間を集め入念に準備しましょう。」
灸忍二人の会話に超長老が割って入る。
「駄目じゃ。お前たち三人でやってくれ。」
「しかし三人だと何年かかるか分からんぞ。」
灸忍長老は呆れた顔で超長老に訴えたが、
「これは極秘事項なのじゃ。何年かかろうと三人でやるのじゃ。」
灸忍長老井吹、灸忍頭竹蕪、新米灸忍伊三の三人は一旦里に戻り準備をすることになった。




