《逃走 奏》
-こんなに落ち着いたのはいつ以来だろう-
湿った洞窟内で奏は皆の寝息に安心感を覚えウトウトと眠りにつきかけたが、何かの気配に気づきパッと目を開けた。
すると目の前に蓮がいた。
あれっもう見張り交代の時間かなと思い体を起こそうとするが、蓮は真剣な表情でこちらをじっと見つめている。
急に鼓動が激しくなり、キュンと心臓が締め付けられる。
お互いに数秒見詰め合った。一二歳の春に初めての口づけは蓮と決めてはいた。
でもまさかこんな状況でとは思ってもいなかった。
目の前の真剣な蓮の表情に奏は覚悟を決めて目を閉じた。
しばらくすると耳元に蓮の吐息がかかる。
「えっ、耳から」と思ったが、体中の力はフニャンと抜けたように脱力してしまった。
「ちょっと付き合って。」蓮の囁きに目を開けると、外に出るよう目線で合図を送ってきた。
ドキドキ・ドキドキ鼓動が張り裂けそうに鳴り響く。
蓮を目で追うようになっていたのは、いつからだろうか・・・
木渡りで木から木へ鳥のように飛び移っていく姿に、
直火渡りで綺麗な印を結びながら涼やかに歩く姿に、
金渡りでツルツル滑る岩の上を事もなげに駆けゆく姿に、
その全てが輝いて見えた。
今思えばあの十二歳の春に潜水で十人をゴボウ抜きにして、川から上がり何事も無かったかのようにバサッと右手で髪の水飛沫を払った瞬間のズキュ~ンという感覚の以前から、もしかしたら班分けされた直後の爽やかな挨拶の時から既に奏の心は蓮に奪われていたのかもしれない。
少しはだけた胸元を手で押さえながら、薄暗い洞窟を出る蓮の後について行った。
蓮は洞窟を出ても、そのままスタスタ歩いていく。
「えっなに、どこまで行くの。」
奏はモジモジしながら付いていく。
洞窟の入り口からは見えない茂みの陰に立ち止ったようだ。
「はぁ~蓮そこなのね。その茂みで。」鼓動は更に激しくなり体から心臓が飛び出しそうだ。
フワフワと浮いているような自分を地面に押さえつけて、ゆっくりと確かにしっかりと歩き茂みで待つ蓮の前に立つと、あの凛々しい瞳でじっとこちらを見つめている。
寒風の中でも顔が火照って破裂しそう。
自分が本当に女だったのを再認識したとき、
「ジャンケンポン」急に蓮に言われていつものようにパーを出した。
「俺の勝ちだな。」初めてチョキを出した蓮はニヤッとすると言葉を続けた。
「これからのことは二人だけの秘密だぞ。」
その言葉に奏はさっきの耳元のフニャンを思い出しジュンとした。
そうして二人の夜は更けていった。




