《準戦時体制》
厳しい修行の毎日で修忍里に来てからあっという間に二年が過ぎていた。
今日は特別な集会のようで、長老、教忍、修忍だけではなく里の全員が集会所に集まった。
里で一番大きいこの建物でも入りきらないので、全ての戸は開け放たれて、全員が超長老の声に耳を傾けている。
超長老は集まった里人を見渡すと、大きくはないがよく通る威厳ある声で話だした。
「今日は緊急の集会によく集まってくれた。」
そこには秋祭り前後の数日しか里に来ない嘉仁と咲夜も来ていた。
いつもより緊張感のある声で、超長老は里の決まり事を延々と話していく。
新米修忍の研修でもないのに一体何が起きているのだろうか。
超長老は決まり事を一通りは話し終えると、また里人を見渡す。
今度は最初より長く一人ひとりの顔を確認しているようだ。
その間しばらくの沈黙でみんなの視線は更に超長老に集まる。
大きくフゥ~っと息を吐き出す。
「今日から準戦時体制とする」
その言葉に里は一気に緊張感に包まれた。
それからの修業は一段と厳しいものになった。
櫂は専属の教忍を付ける事で桜の鉢金を巻くことを許されたのだが、修行中も専属教忍となった有慈が付いているのでいつものチョットした息抜きも出来ない。
その上しばらくは黒組見習い戦忍小屋ではなく教忍有慈の小屋で生活することになった。
体術だけではなく座学も厳しく、櫂の座学は教忍有慈の小屋に帰った後にも深夜まで続けられた。
超長老からの命令通りに朝食時に鉢金を外すと、なぜか有慈の視線が額に集中する。
修忍里に来てからはずっと鉢巻を巻いていたので生の額を見られるのは何だか恥ずかしいが、超長老の指示だから仕方がない。
教忍の小屋は修忍や戦忍見習い小屋より一回り小さく、作りは長老奥小屋とほぼ同じだ。
二間あるうちの奥の小さい部屋が櫂に宛がわれ、手前の囲炉裏がある大きめの部屋が有慈夫妻の部屋だ。
ある日、太腿の冷たさにハッと目が覚めた。
机には大量の涎が溜まっていて、端からポタポタと太腿に垂れている。
櫂は厳しい深夜の座学中に机につっぷして寝てしまったようだ。
両手をグワッと広げて大きな伸びをすると急に尿意を催した。
外は寒いので急いで縁側を駆け抜け土間に入ると、そこには有慈の奥さんが両手を上げて立っていた。
裸に前掛けだけのような気もするが、もともと弱視なので見えなかった事にして俯きながら横を通り過ぎようとしたら、目の前に有慈が立ち塞がった。
なにやらいつもと雰囲気が違い息遣いも荒いようだ。
右手に紅い紐を握っており、その紐は梁を通って奥さんの両手に結ばれているような気がする。
キョトンとする櫂に有慈はこの修行の内容を説明しだした。
「あの~これはだな~、大きな町に諜報に行った時にだな、茶屋の娘が可愛かったりしても、それに気を取られずにだな、作戦を遂行する能力を鍛えるために、嫁に町娘の格好をさせている訳で、この紐が理性と忠誠を表してだな、~が~してるから~で。。。」
いつにも増して長く丁寧な説明の最中にも、有慈の右手にはしっかりと紅い紐が握られており、奥さんからは何故かモジモジと恥ずかしがっているような氣が出ている。
櫂は大きな町の茶屋では裸に前掛けをして両手を梁に縛られる習慣があるという事を初めて学んだ。
そしてこの修行は諜報という隠密活動に属するので結婚してから行う事も教えてもらった。
それから教忍有慈の指導は随分と優しくなった気がする。
翌日、蓮にその事を話したら鼻で笑われた。
それは教忍有慈の趣味で、そんな茶屋は日ノ本のどこにもないらしい。
だんだん教忍が分からなくなってきた。




