《中秋の長老小屋》
櫂は超長老に呼ばれて、長老小屋に来ていた。
小屋の中にはあの嘉仁がいて、こちらをを見ているようだ。
「こいつが例の修忍か」
櫂の顔をマジマジと見つめる嘉仁。
「櫂、鉢巻を外しなさい」
長老に言われるままに櫂は鉢巻を外す。
「どれどれ、ん~」
そう言いながら櫂の額を触わってくる。むわっと酒臭い息が鼻にかかった。
「ん~まだよく分からんな。もっとはっきり紋様が浮き出たらまた見せてくれ」
超長老は何かを読みながら、
「櫂は霧に育てられたんじゃよな。」
「うん、そうだよ。」
「潜水が苦手なようじゃな。」
「苦手じゃないと思うけど。」
「潜水の試験では溺れたそうじゃな。」
「うん、それはそうだけど。」
「夙川村でも五歳の時に溺れたそうじゃな。」
「うん、」
「小さい頃の記憶は何歳からあるかのう。」
「え~っと、覚えてるのは三歳くらいからかな。」
「お父さんの顔は分かるか。」
「分からない。」
櫂はそういうと俯きギュッと唇を噛みしめた。
超長老の質問は容赦なく続く。
「兄弟は覚えているかのう。」
「霧が従姉だけど、本当の兄弟はいないと思う。」
超長老は何が聞きたいのだろう。
「八歳の時に崖から落ちたんじゃな。」
「うん。」
「それから目が見えんのか。」
「うん。」
超長老の読んでいる巻物には僕の何が書いてあるのだろう。
「霧には今でも紋様が無いのじゃな。」
「うん、鉢巻もしてないよ。」
超長老は巻物を閉じると、宙を見つめ大きく深呼吸をした。
「櫂、お前忍術は得意か。」
唐突に嘉仁が聞いてきた。
「まだ遁術しか習ってないけど、楽しいから毎日練習してるよ。」
「そうか、では印を結ばないでも出来るか。」
「えっやったことないけど、印なしでも出来るの。」
「おう、修行すれば出来る者もおる。試しに火遁でもやってみろ。」
言われるがまま印を結ばずにやってみたが、やはり火遁は発動しなかった。
「違うのかもしれないな。」
「そうか、わざわざ来てくれてありがとう。じゃあ奥の部屋でやるか」
「おう、そう言うと思ってとびきりの般若湯を用意したぞ!」
「櫂、もう帰っていいぞ。」
二人は奥の部屋に消えていった。
櫂が小屋を出ると、囲炉裏の火は一瞬ボワッと大きく燃えたようにも見えた。




