《仮の戦忍》
験厳洞窟の試練に合格すると額にうっすらと紋様が浮かび上がる。
その紋様は戦忍の証で最高の栄誉だ。
そしてその紋様を覆い隠す桜の鉢金は桜忍者の戦忍のみが巻くことを許されており、子供達の憧れの的で、大人達の敬意の対象でもある。
櫂の件は里に戻った後でも長老会議の対象となり、一時的に鉢金は超長老に預けられた。
験厳洞窟の真の出口に到達した修忍は、間もなく額に出身村の紋様が浮かび上がってくるらしい。
でも櫂は真の出口に出られずに、なぜか龍神の祠で気を失っていたようだ。
それでも微かに紋様が浮かび上がってきた。
長老たちでも分からないので自分で分かるはずがない。
櫂はもう考えるのを止めた。
ただ長老会議の裁定を待つしかなかった。
それまではいつもの鉢巻を巻いていたのだが、
「ちょっと額を見せろ」ぶしつけに蓮が言ってきた。
「やだよ、恥ずかしいだろ」というと、蓮は自分の鉢金を外して
「お前のも見せろ」本当に強引な奴だ。蓮は昔からこういう奴だ。
こうなったら絶対に引かない、きっと毎日言ってくるに違いない。
蓮の性格を考えるともうしょうがない、櫂はあきらめて鉢巻を外した。
「やっぱりな」蓮が物知り顔で言う
「何がやっぱりなんだ」櫂は少しムッとした。
理由は分からないが、他人の額を見て、息を吐き出しながら「やっぱりなって」何だかムカつく。
「お前の紋様は夙川村じゃない」蓮はいまさら何を言っているのだろうか、そんな事は分かっている。
僕は小さいころに両親を亡くして霧に引き取られたんだ。
自分がどこから来たのかも分からない、霧は昔の話を一切しなかった。
夙川村の紋章じゃなくても・・・櫂はハッとして蓮を見た。
「今頃気付いたのか」蓮は少し微笑みながら続けた。
「村の紋様は各村の秘密だけど、長老たちは知っているんだ。」
そう言うと、奥の部屋に去って行った。
「でもどうやって・・・」櫂はきっと教えては貰えないだろうと思い、あれこれと算段を巡らせていると。
「忍び込んで巻物を見ればいいんじゃないですか。一緒に行きましょうか」
叙里がすぐ側に立っていた。
いったいいつの間に来たんだろう。
もしかしたらずっとそこに居たのだろうか。
大胆な叙里の言葉に、櫂は長老奥小屋に忍び込む決意をした。
ドスンッ静まりかえった深夜の修忍里に尻餅の音が微かに響いた。
「シーッ」三人が同時に団丸に向かって厳しい目を向けた。
「だって、足袋が引っかかって。」
「シーッ」弁解する団丸に再度一斉に厳しい目が向いた。
長老奥小屋は里の奥まった所にあり、特別な長老会議などに使われるこじんまりとした建物だ。
とても簡素な造りだが周りを塀で囲まれており小さいながら庭もある。
幸いにもこの囲みの塀が櫂たちの侵入を隠してくれている。
普段はだれも居ないのを知っているので、櫂は正面玄関から普通に入ろうと戸に手をかけた時
「ダメ」叙里が櫂の手を掴みボソッと言った。
櫂は「何をするんだ」という目で叙里を見たが、叙里はその視線を一切無視して戸の上下にある隠しバネを丁寧に外した。
今まで一度も入ったことはないが、小屋の作りは特に秘密になっている訳でもないのでみんな知っている。
簡素な土間と二間しかない小さい小屋で手前の部屋が特別な長老会議に使われており、奥の部屋が倉庫のようになっている。
その奥の部屋には古い書物や忍術の巻物から、桜忍者の戸籍のような物まで保管されているらしい。
まずは玄関から土間に入り縁側に沿って進む。手前の部屋には用がないので、そのまま奥の部屋に行こうとした時、
「だれじゃ。」
四人は驚いて固まってしまった。
手前の部屋からは全く人の気配がしなかったのに誰かいたらしい。
叙里より凄い気配を消す能力を持った忍者がこの里にいるなんて聞いた事も見た事もない。
きっと長老の内の誰かだろうが、その能力は流石だった。
と襖がスーッと開いて、三日月の薄暗い月明りの中、小柄な人影が浮かび上がった。
んんっ、こんなに小さい長老いたっけ、一同キョトンとしたままだがその人影に叱られるのは分かっているので巻物は諦めてピシッと整列した。
これからの自分達の態度によっては厳しい懲罰が待っているだろう、後は如何に反省しているかを表すしかないと思った。
「何を固まっておる、こっちへ来んか」
物腰が柔らかく、音色の優しいこの声は
「婆や!」
団丸は素っ頓狂な声を上げたが、
「しーっ」三人は団丸の口を押えてキッと同時に睨み付けた。
「まあまあ、慌てないで、コッチヘ来んさい。」婆やの優しい声に安心した四人は、言われるままに手前の部屋に入っていった。
婆やは積み上げられた座布団を指差し
「ほら、それを敷きなさい。」四人は一枚ずつ座布団を取り婆やの前に敷いて座った。
「お前達が秘伝の巻物を見たいという気持ちは分かる。でもそれは教忍達が技術の習得度によって一つずつ教えていくものじゃ。それを徐々に覚えるから上達するんじゃ。」
婆やは何か勘違いをしているようだが、誰も反論しないので、このまま話を合わせることにした。
「それより婆やは何でここに居るの。」団丸が聞いた。
櫂達はこの馬鹿、何を聞いているんだ、このまま話を合わせて反省して帰ればいいのに、そんな事したら話が長くなるだろうと思ったが、もう遅かった。
「おう、団丸聞いてくれるか」
婆やの嬉しそうな笑顔に、三人はやっぱりかと半分諦めたが、団丸は何故か目を輝かせて、婆やの話を聞く気満々だった。
いつの間にか超長老付の常忍留萌が五人分のお茶を入れたようだ。
婆やはそれをズズッと啜ると超長老の悪口が途切れることなく溢れ出した。
額の印が分かる巻物を探しに来たのに、婆やの話し相手をさせられるとは・・・
きっと明日の修業は寝不足でフラフラだろう。




