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にん~行雲流水~  作者: 石原に太郎Ver.15y-o
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《秋 還暦祝い》

午前の修業が終わると秋分を知らせる白い狼煙が上がった。


それとほぼ同時にオギャ~オギャ~、赤ちゃんの泣き声が里中に響いた。


教忍章允の奥さん宜麗が最初の子供を出産した。

この日は櫂にとって初めての修忍里の秋祭りだ。


いつもと違う騒々しい雰囲気の中で、大人達は酒を飲み、修忍達はご馳走をほお張り、思い思いに祭りを楽しむ。

そんな中、白組達は数日後に来るであろう青組の話題で盛り上がっていた。

今までは自分たちが一番下だったが、とうとう先輩という立場になる。


秋祭りは進みいよいよ還暦祝いが始まった。

今年は長老三人が還暦を迎えるらしいが、まさかあの超長老がまだ六十歳だったのには櫂だけじゃなく白組全員が驚いた。


「え~ではこれより還暦祝いをはじめます。」


いつもと違いくだけた感じの教忍頭の司会だ。

「では修忍里を代表して嘉仁からお祝いの言葉を。」

櫂は初めて見る教忍頭幸軌の笑顔オーラにまたまた驚いた。

壇上で三人の真ん中に超長老が座っている。


「本日はめれたく還暦を迎えらりゃれ、まちょちょにおめれとうごしゃいます。」

ハグレ灸忍の嘉仁は既に酔っぱらっているようで、呂律が回っていない。

「それろれのの長老とはそれろれにに思い出がありましゅが、まじゅはちょうろうろうの~。」


話が長くなりそうなので、櫂は明日からの土練の事を考えていると、


「あれは、にとうちゃんの島から来た~」

「ありがとうございました。嘉仁は酔いすぎて呂律が回らないようなので、次の祝いにいきましょう。」

もう何を言っているのかさっぱり分らず、それを見て教忍頭が強引に止めたようだが、何か空気がおかしい。

嘉仁はそのまま戦忍二人に両脇を抱えられ、裏へ引きずられていく。


「あれは~ちゅしまにんちゃの・・・」


櫂はその言葉にゾクッとした。

引きずられながら、もしかして今、津島忍者って言ったような気がする。

壇上真ん中の超長老から出ている氣も警戒色に変わったようだ。

周りはざわざわと騒々しいままで誰も気づいていないようだが、あの伝説は本当だったのかもしれない。


櫂は引きずられていく嘉仁を追って長老屋敷へ向かった。


出産祝いとお披露目が始まったのだろう。

集会所前の広場からはオギャ~オギャ~と赤ちゃん達の泣き声が響いてくる。


長老屋敷の裏手で櫂は息を潜めて中の様子を窺っている。


「櫂、何をしておる。」

ビックリして振り返ると還暦祝いから戻ってきた超長老が立っていた。


「あっあの~」

屋敷の中からは酔った嘉仁の大声が聞こえる。


「だから、いちぱんの思いてを~」

どうすればいいんだろう、なんて言おうか考えていると、


「あら、可愛い坊やじゃないのさぁ。」

むわっと酒臭い伝説のくの一咲夜だった。


「お前は引っ込んどれ。」

「なに怖い顔してるのよ、長老ちゃん。」

咲夜は掌でベロンと舐めるように超長老の顎の下から摩り上げた。


「いいから屋敷に入っておれ。」

「分ったわよ、じゃあ坊や行くよ。」

「こら咲夜なにをする気じゃ。」

超長老の制止も聞かず櫂は無理矢理に屋敷に引きずり込まれた。


中では酔っぱらった嘉仁は大イビキで既に熟睡状態だった。


「婆やぁ~可愛い坊やを連れてきたよ~。」

と言いながら大の字で寝ている嘉仁を蹴飛ばし隅の方へ転がして自分と櫂の座る場所を作った。ガ~ゴ~隅に転がっても大イビキの嘉仁、


「ありゃ咲夜、ひさしぶりじゃな~。」

にこにこした小さい婆やが奥から現れた。


「留萌、酒じゃ。」

ビシャーンと板扉と閉めて超長老が入ってきた。


これは津島忍者の話を聞ける状況ではない。

櫂はただ黙って座っていると。

超長老付きの常忍留萌が酒の入った瓢箪二個と杯を持ってやってきた。


「はい、ありがとう。」

咲夜はそれを一個取り上げると、


「坊や、どうぞ。」

櫂に勧めてくる。要らないと首を振ると。


「じゃあ坊やは何しに来たのよ~。」

左手で瓢箪から直接酒を飲みながら、右手でガシっと櫂を引き寄せる。


「えっえ~っと~。」

何を話そう・・・


「こりゃ咲夜、修忍をからかうでない。」

婆やが右手を引っ張った。


「な~に、婆やも若い子が好みなの~。」

と左手を引っ張られる。


「馬鹿いうでない。」

婆やも負けじと櫂の右手を引っ張り返す。


「あら~焼きもち~。」

「なにをいう~」

おそらく六十路と五十路の女性に左右から引っ張られて僕はいったい何をしているのだろう。

超長老は背を向けて一人で酒を飲んでいるようだ。


櫂は何かに見られているような気配を感じて振り返ると、そこには初めて見る不思議な彫刻が無造作に置かれていた。


-なんだろうこの懐かしい感じは-


酒の匂いと姦しい声と野太いイビキに包まれる長老屋敷の中で、櫂はただその不思議な彫刻を見つめていた。


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