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にん~行雲流水~  作者: 石原に太郎Ver.15y-o
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《夏 火練》

火練が始まる数日前の夕食後に叙里は同じ金出地村出身で一歳上の硬悸を呼び出した。

人気のない水車小屋の裏で二人はヒソヒソ話している。


「硬悸、ちょっと聞きたいことがあるのですが。」

「ダメだ。どうせ次の修行内容だろ。」

近くには誰もいないので小声で話す必要がない状況だが、叙里はボソボソと耳打ちした。

「本当か。」

「本当ですよ。」

硬悸はゴクリとつばを飲み込み、

「分かった、じゃあ最初に叙里から教えろ。」

ボソボソ、ウンウン、ボソボソ、マジか、ボソボソ、

硬悸の顔は徐々に紅潮し、目はランランと輝いてきた。

「よし、約束だ。でもいいか、今から俺が教えた事は内緒だぞ。」

叙里は頷き修行内容を聞き終えると、何かを硬悸に手渡した。


火練は一一歳の夏至から始まった。

初日は火渡りからだった。

火渡りは兎に角延々と熱い場所を裸足で歩いたり走ったりする。

アツアツの河原の岩や集会所の屋根にある瓦の上を駆けるのはまだましな方で、最悪なのは燃やした薪の上を歩く直火渡りだ。

これはとても危険な修行で、緊急時の為に修忍は桶に水をいっぱい入れて薪の両脇には一列に並ぶ。

精神統一をして火は熱いというイメージを頭から消せば、火傷せずに歩けるそうだが、何度やっても暑くて早足になってしまう。

それで(つまづ)いて転んだりしたら服に火が付き一大事だ。

そんな理由もあり他の修練では、早いものが一番だが直火渡りだけは遅いものが一番なんだろう。

何でこんな修行をするのか分からないが、忍者の修行でそれを言い出したら(きり)がない。


火練が始まってから丁度一か月後、遂にその直火渡りの初日を迎えた。

いつもより厳しい氣を発する教忍頭から、いつにも増して強い口調で説明があった。

「ここに十間の薪が並んでいる。今からこれに火を付け火勢が落ちてきたら、渡りはじめる。」

というと「セイヤッ!」と火遁で火を付けた。

教忍の火遁は強烈でゴ~っと一気に火が燃え広がった。

「よし、全員胡坐だ。」

「いいか、集中してよく聞け。」

「火は熱くない、熱いと感じるのは頭だ、熱いと思うのは心だ。」

「心頭滅却しろ。」

「恐怖心を払いのけろ。」

「それでも熱いと思ったら、直ぐに横に飛び退け。」

「我慢して続ける必要はない。」

「我慢している時点で既に失敗だ。」


「忍善開始。」


一斉に半跏趺坐を組み法界定印を結んだ。

加勢が落ち残り火がチラチラする状態まで、半刻ほど忍禅を行う。

教忍頭の言うとおり必死に心頭滅却する。

つい、考えるな・考えるな・と考えてしまう。

そうこうしている間に徐々に火勢が弱まってきたようだ。


「忍善終了。よし、まずは俺から渡る。」

教忍頭は立ち上がり開始場所に立つと、再び目を閉じて印を結び大きく息を吸い込み丹田からゆっくりと吐き出す。

ス~ハ~~~~~ッ

ス~ハ~~~~~ッ

ス~ハ~~~~~ッ

息を整え氣を丹田に溜めると目を見開き手刀で九字を切った。

臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前・エーイ・

「整列」

修忍達は桶いっぱいの水を持って薪の両脇に並んだ。

「不動明王、ご真言」

修忍達は座学で習ったご真言を一斉に唱えだす。


ノウマク・サマンダ・バザラダン・センダマカロシャダ・ソワタヤ・ウンタラタ・カンマン・ノウマク・サマンダ・バザラダン・センダマカロシャダ・ソワタヤ・ウンタラタ・カンマン・


真言が響き渡る荘厳な雰囲気の中で教忍頭はまだ火が燻る薪の上をゆっくりと歩き出した。


ノウマク・サマンダ・バザラダン・センダマカロシャダ・ソワタヤ・ウンタラタ・カンマン・


櫂も人ごとではなく、これから自分も渡るんだと思い、心の底から絞り出すように真言を遮二無二唱えた。

不動明王印を結びながら渡っていくその姿は、見えないはずの櫂の目にもはっきりと映った。

教忍頭はそれだけ凄まじい氣を発していたのだろう。

今日は初日なので、いつも通りに順位は付けられないが、やはり蓮が圧倒的に一位だった。

その姿は他の修忍とは別次元の輝きに包まれていた。


そしてあの叙里は奇跡的に三番だった。

しかも今回は初日からだ。

前回は木渡りの最終日に三六位になったが、小屋に戻った時に実はズルをした事が分かった。

木渡り初日から特殊な手袋を研究し続けていたが、猿のように手で枝を伝って行くのは相当に難しく、あの蓮でさえそこまでは出来なかった。

それが簡単にできる手袋がやっと完成してその効果を発揮したのが木渡りの最終日だった。

しかし今日は修行の内容がよく分からない初日からの三位だ。

こいつはもしや出来る奴だったのかと思ってしまったが・・・


小屋に帰ると何やらベリベリと怪しい音がしてきた。

「叙里、何してるの。」

「これは迷彩草鞋だ。」

叙里は自慢げに言ったが、櫂には何だかさっぱりわからない。

「あ~叙里またズルしたわね。」

舌足らずな桃の声にやっぱりそうかと思ったが、今度は何を作ったのだろうかと興味もあった。

「ふ~ん、よく出来てるな。」

団丸はベリベリと剥がされた足裏とソックリな色と形の迷彩草鞋を手に取って、眺めまわした。

「これは熱伝導率を極端に下げた特殊な粘土で、これに色を塗って足の裏にくっ付けると、火でもそんなに熱くないんだよ。」


叙里が何を言っているのか分からなかったが、凄いものを作っているのはよく分かった。

でも三度目の火渡り中に迷彩草鞋が剥がれてしまい、ズルがばれて教忍に散々叱られた。

素足でやることになった次の火渡りから、やはり叙里は最下位になった。


火練には火渡りや直火渡り以外にも火潜りや火移りもあるが、とても危険なので正式な戦忍になってから修行するらしい。


本当に火系の修行は最悪だ。


直火渡り最終日の試験では火系村出身の奏が一位で蓮が二位だった。

その光景に火系の村出身者は大いに歓声を上げ、その期待を一身に背負っていたは奏は安堵した様子だったが、何故か櫂は蓮が手を抜いたような気がした。

その日の蓮にはあの教忍頭にも劣らない氣の輝きが全く感じられなかった。

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