《座学》
本格的な木練が始まると同時に座学も始まった。
疲れた体で受ける食後の座学は本当に最悪だ!
特に櫂は文字が見えないので集中が難しい。
座学の初日についウトウトしていたら、
ビシッ!
「痛ぇ~」
何やら白い物体が猛スピードで飛んできた。
教忍群暮が物凄い形相でこちらを睨んでいるようだ。
前に来いと言われるままに教段に昇ると。
「ケツを出せ。」
あっ!きっとこれが噂のケツ板だ!
後悔先に立たずで、櫂が仕方なくケツを出した次の瞬間
バシーン!
大きな板でおもいっきりお尻を叩かれた。
黒組座学は一瞬シーンと静まり返ったが
「痛ぇ~!」
櫂の素っ頓狂な叫び声に、座学小屋は爆笑の渦になった。
さっき飛んできた白い物体は石灰棒というもので、石灰岩を砕いて棒状に固めて乾燥させて作る。
これで大板と呼ばれる表面をツルツルに磨いた大きな板の上に文字や図を書き、修忍達に座学を教える。
そして寝ている修忍がいると時々棒手裏剣のようにも使われる。
この座学は単純に起きてるだけで試練だった。
教忍頭曰く「体と心を調和させる術」を身に着けるために、あえて午後一番の食後に行うらしいが、実際はケツ板の恐怖で眠気を抑える術を身に着ける場なのかもしれない。
座学で一番つらかったのは漢字と仮名の授業と五行論が急に詰め込まれた事だ。
噂では聞いていたが神代字は外の街では全く使われていないので、漢字と仮名は諜報で街に出るときは特に必要になるらしい。
それなら何で初めから漢字や仮名を使わないのかと思ったが、神代文字にはその一つ一つに意味があり、言霊と字霊を混ぜて忍術が発動するからだと後で分かった。
修忍が習う五行論は基礎だけらしいが、それでもチンプンカンプンだ。
例えば、「木は火を生じ、火は土を生じ、土は金を生じ、金は水を生じ、水は木を生ず」という関係を「五行相生」といい。
「水は火に勝ち、火は金に勝ち、金は木に勝ち、木は土に勝ち、土は水に勝つ」という関係を「五行相剋」というらしい。
忍術に関係するのでとても大事らしいが、だったら先にカッコイイ忍術でも教えてくれればいいのに、最初に習うのは忍術の中でも遁術という地味なものだった。
遁術は主に諜報の時に使う補助的な忍術で、特に最初に習う木遁の術は、草木に隠れたり崩してバラ巻き追ってから逃げたり、なんとも情けない術だ。
櫂は戦忍として男らしく戦う術が学びたかったが、遁術は逃げたり、隠れたり、騙したり、文字が見えないのも相まって何とも退屈な授業だった。
叙里は運動は苦手だが座学はとても優秀で、定期的に行われる試験では勇雅、叙里、蓮の三人がいつも一位を争っていた。
また一一歳の春分からは木練と座学だけではなく、白組に代って櫂達黒組が見張り二の塔の監視もやることになった。
黒組は二一班あるので二一日毎に夜明けから翌日の夜明けまで、二の塔に籠って異常がないか不法侵入者がいないか監視する。
監視と言ってもここ数十年侵入者はなく、また三里先には一の塔があるので、二の塔の仕事は殆どない。
むしろ二一日に一度の休日が待ち遠しいくらいだ。
ただし休暇になるかどうかはその時の担当教忍次第だった。
三回目の二の塔監視の時にたまたま教忍頭の幸軌が担当になった。
前回の教忍章允の時の緩さは休暇を通り越して遊びと思える程に楽しかったが、担当が幸軌だとまったく休暇にならず、結局塔の昇り降りや周囲の木渡りで、普通の修行と何も変わらなかった。
もしかしたらむしろ厳しかったかもしれない。
一の塔は一つ上の白組と二つ上の黄組で戦忍に成れなかった修忍四名と戦忍二名が籠って監視しているようだ。
戦忍がいるので見落としは無いと思うが、念のために二の塔も設置されている。