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にん~行雲流水~  作者: 石原に太郎Ver.15y-o
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《春 木練》

あっという間に半年が過ぎ、本格的な木練が始まったのは一一歳の春分だった。


夙川村でも簡単な木渡り修業はやっていたが、修忍里の木練はどれだけ凄いんだろうと、櫂はワクワクしながらその日を待っていた。


厳しい修行なのはとうに覚悟している。

ただ新しい修行が始まると言うことはそれだけ忍者として成長できるという事で、それが嬉しくてしかたなかった。


木練は予想通り木渡りから始まった。

木渡りとは地面に着くことなく木から木へ飛び移りながら進んでいく移動方法で、地面に作られた罠や熊等の大型猛獣が多い地域では特に有効だ。


感覚修行のお蔭で、目が見えなくても生きている物ならその発する氣で、ある程度の形が分かるようになってきたが、本気で集中しないと小さな氣は見落としてしまう。

ましてや枝を飛び移りながら感覚集中をすると、視野が極端に狭くなってしまい、平衡感覚も曖昧になってくる。


きっと勇雅もそうだろうが、要所要所に遠くからでも認識できる位に強い氣を放つ目標があるだけで、木渡りはだいぶ楽になるに違いないが、それが丁度いい場所にあるのかどうか不安を覚えながら初日に臨んだ。


木練に限らず全ての特殊修行では、それぞれの特性を理解するために、各班毎の対抗戦の形式が多い。

櫂達の班では桃が木属性の村出身なので、みんな桃に期待した。


「今から木渡りを始める。」

教忍頭の声に修忍一同緊張に体をこわばらせながらも目を輝かせて耳を傾けた。


「みんな既に各村で木渡りを習得してきたと思う。」

「今日は初日なので班ごとに分かれて里を一周してくるだけだ。スタートはこれとこれとこれ。」

と五本の木を示してから

「ゴールはあそこだ」


櫂は教忍頭が指差しているであろう里周囲の木々をイメージした。

手前の木々は間隔が空きすぎていて木渡りは難しい、奥に行けばいくほど木々が密集しているので、木渡りは容易だがだいぶ遠回りになりそうだ。


「合図と同時にここからスタートして、各班最後の者がゴールした時点での順位を競う。」

「例え一位になった修忍がいても、同じ班に最下位の修忍がいれば、その班が最下位だ。」

「今日は初日なので順位は競わないが明日から最下位の班は厠掃除だ。」

それだけ伝えると教忍頭は修忍達を見渡し


「はじめ!」


突然の合図に各班バラバラにスタートが切られた。

初めから木によじ登り、次々と枝に飛び移る班もあれば、木の位置を確認しながら早駆けで回る班や木々の間隔や枝の太さまで確かめながら歩いて回る班もあった。


「櫂は木の形は分かるんだっけ」

歩きながら桃が聞いてくる。


「感覚修行のおかげで生き物なら大体分かるようになったよ。」

「じゃ木や枝はどうなの。」


「大体分かるよ。」

「えっ木や枝は生き物だったのか!」

団丸の声は突っ込みも馬鹿でかい。


「生きてるよ、はっきりと輪郭が分かるから。」

「興味深い答えですね、では枯れた木や枝はどうですか。」


「ん~難しい。。。」

「難しいとはどういう意味で難しいのですか。」

叙里は櫂の答えに更に興味が増したようだ。


「本当に集中すれば微かに分かるけど、時々分からない枯れ木もあるんだ。」

「ほう、それはどういう枯れ木ですか。」


「櫂、この木はどうかな。」

桃は大きな木を見上げながら叙里の話を遮った。

「これすっごい生命力が有りそうだけど、目印になるかな。」


その言葉に櫂は一瞬ドキッとした。

確かに目標があれば木渡りはだいぶ楽にはなるが、遠回りになるかもしれないので自分からは言いだし難かった。時々桃が放つ直観力には脅かされる。


「う、うん、これはいいね。まずはこの木を目標にしたいけど、でも、少し遠回りになるかな。」

「何を気にしてるんだよ。多少の遠回りは気合で何とかなるよ。」


「そっそうか、やっぱり遠回りになっちゃうんだね。。。」

団丸の馬鹿でかい声で下手に気を使われると余計に落ち込む。


「いや、逆に目標を明確にして直線的に進むほうが、効率がいいかもしれませんね。」


叙里の言葉は気を使わない分だけ真っ直ぐに伝わってくるが、本当に気を使わないので時々凹むときもある。


「そうね、私もそう思うわ。一本目はこれに決定ね。じゃあ次の目印を探しましょう。」

桃は時々すごいが、基本ただの天然だ。


キジ引きで偶然に選ばれた班だが、居心地はとてもいい。

夙川村にいる時は村人全員親切で暖かかったが、何故かいつも孤独感に襲われた。

百合が修忍里に行った後は尚更その感覚は強くなった。


でもここでは孤独は感じない。


霧のように全てを受け入れてくれる存在も居なければ、人の親切さでは夙川村の方が断然に勝る。

しかも修忍里では毎日厳しい修行があり、目が見えなくても特別扱いはされないが、その分余計な心苦しさが殆どない。


里全体の放置感が気持ちいいのは分かるが、この班の居心地の良さは何なんだろう。

時々理由を考えるがまだ結論は出ていない。


もしかしたら結論を出す意味が無いのかもしれない。

あれやこれやと話しながら里の周囲を一周歩いてきた。


偶然だとは思うが丁度いい場所に生命力に溢れた木があり、それを目印にすれば木渡りは何とかなりそうだ。



いよいよ、実際に木渡りをすることになった。

櫂は開始位置として指定された五本の木の中から、一番氣が強い生命力のある木によじ登った。

前方およそ十町先に目印とする木の強い氣が感じられる。

その手前に強弱入り混じった無数の木の氣が連なっている。


意を決して最初の枝に飛び移った。

最初の一枝二枝は緊張したが、感覚訓練の成果で思った以上に枝がはっきりと分かる。

三本四本と普通に枝から枝に飛び移っていった。


もしかしたら目が見えていた当時より上手くなったかもしれないな。

と思いながら五本六本と次々に枝から枝へ飛んでいく。

櫂の網膜には強い氣を放つ枝がより鮮明に映るので、枝の太さや丈夫さを頭で判断する必要がない。


枝から枝へ気持ち良い程の速さでビュンビュンと飛び移っていった。

リズミカルに機械的に木渡りをしていると、一昨日裏山の神社で百合に読んでもらった手紙が気になりだした。


「霧は何で求婚されたのを教えてくれないんだろう。」


「僕が居るから、僕の目が不自由だから、結婚しにくいのかな。」


「手紙の途中の不自然な間はいったい何だったんだろう。」


「貴重な和紙は裏も使うからと百合が持ったままだけど。」


「もしかしたら、何か秘密な内容が書いてあったのかな。」


「百合から取り返して叙里にでも読んでもらおうかな・・・」


おそらく二十本程の枝には飛び移っていただろうか、次の枝に移る途中にバキッと枯れ枝に胸からぶつかり落下した。

ぶつかった瞬間に、はっと我に返り五点着地でゴロゴロと転がった。


「カイ、かい、櫂・・・」


桃、団丸、叙里は心配して駆け寄ってきてくれた。


着地の受け身もしっかり取れたのでかすり傷程度だったが、大事を取って櫂たちの班は小屋に戻ることになり、櫂の木渡り初日はこれで終了した。

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