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にん~行雲流水~  作者: 石原に太郎Ver.15y-o
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《修忍の里 百合》

修忍里に来た当初は百合に会うと、向こうから駆け寄って声を掛けてくれた。

百合は僕が怪我をして目が全く見えなくなった直後に修忍里に来たので、とても心配してくれたようだ。


しかし日が経つにつれ徐々に百合の対応はヨソヨソしくなっいった。

ここでは上下関係はそんなに厳しく無いのだが、違う年の修忍と話すのと同じ村の出身者と話すのには微妙な空気が流れる。


違う年の修忍と話すのが気まずいのは、修行内容を事前に聞いてはいけないし、教えてもいけないと注意を受けていたので分かる。

でも同じ村出身者が気軽に話せない理由が当時には理解できなかった。


そんな修忍里で百合と話すには、面倒くさいけど時と場所を選ばなければならなかったが、百合と話すと修行の辛さや霧に会えない寂しさが紛れるので時々こっそり会っている。


基礎修行が一通り終了した一一歳の春、夕食後の短い自由時間に百合に呼び出された。


櫂は早食いなので少しゆっくり目に食べたつもりだったが、それでも先に来てしまったようだ。

百合が来るまでいつもの切り株に腰かけて待つことにした。


木々に囲まれているこの場所は里からは見えないらしいが、空が開けているようで満月の日は月明りでとても明るく感じる。

鳥居の横には切り株が二つ並んでいて、長時間話すには最高のスポットだ。


奥にある神殿の両脇には龍の石像がありちょっと怖い顔をしているらしいので、いつも奥には入らずに鳥居前の開けたこの空間が櫂と百合の秘密の雑談場所だった。

奥にある噂の石像が気にはなるが、暗いと急に視力が落ちて全く見えなくなるので一人では行くのは難しい。


百合に連れて行ってもらおうと何度かお願いした事はあるが、よほど怖いのか絶対にウンとは言わない。

しばらくしてその百合がやってきた。


「ごめん待った。」

「さっき来たとこだよ。」

百合は隣の切り株に腰かけた。


「・・・百合、今日ね。」


いつもより元気のない声だ。

このパターンはきっと今日はボケから始まるのだろう。


女子は話し出すと長くなるから苦手だが、百合の愚痴やボケを聞くのは嫌ではなかった。


「今日は食事当番だったから皆に美味しい朝ごはんを食べてもらいたくて。」

そこまで言って口ごもってしまった。


そういえば朝の味噌汁には違和感を覚えた。

食事の支度は常忍見習いが交代で行うので毎回微妙に味が違うのだが、確かに今日の味噌汁はちょっと特別だった。


今思えば修忍達の味噌汁を啜る音が途中でパッタリ止んだような気がする。

普段は食事を残さない修忍には珍しく大量の味噌汁が残ってしまったのかもしれない。

きっとそれで落ち込んでいるのだろう。


でも百合はいったい何を入れたのだろう。


それが無性に気になってきた。

百合が黙っているので勇気をもって聞くことにした。

「そういえば今日の味噌汁はユリが作ったの。」


「・・・で、味はどうだった。」

複雑な感情が入り混じっている声だ。


「結構美味しかったよ。」

おもいっきりの笑顔で百合にそう言うと、


「えっ本当に美味しかったの。」

「あっ、え~っと、そうだね、僕は好きな味だよ。」

「そうだよね~。」

百合の嬉しそうな声に気まずい空気を感じた。


「じゃあ特別に櫂の味噌汁には次も裏山のキノコを沢山入れてあげるね。」

失敗した。百合に気を使って遠まわしに受け答えしたのが裏目に出てしまったようだ。


もしかしたら百合はマイタケとマスタケを間違えてしまった可能性がある。

刻んで味噌で煮込んでしまえば味も見た目も分からない。


みんなは百合の当番だと知っていたのでキノコ類は残したのかもしれない。

マスタケも強い毒ではないが食べるとお腹が緩くなる。

この先どうやってこの危機を乗り切ろうか考えていると。


「そうだ!」

何かを思い出した時に百合は大きな目をクルリと回す癖がある。

その時には百合の氣も一緒にグルリと回るから面白い。

きっとここからは愚痴の時間になるのだろう。


「さっき来る途中で教忍の群暮に会ったんだけど、こっちをジロジロ見てくるのよ、奥さんは失踪したっていうし、目線がイヤラシくてなんか嫌だわ。」

「ジロジロどこを見られたの。」

「うなじよ、うなじ、ここをジーッと」

と言いながらうなじに手をやると、


「うわっ、なにこれ」


百合は立ち上がりクルクルと回りながら、襟を叩いている。


「えっ、なになに、何かついてるよ~」


バタバタと襟を叩いたので、そのうちの一つがポーンと櫂の方に飛んできた。

櫂はさっと手で掴み、飛んできたそれを両手で確かめた。


「あっこれはひっつき虫だよ、百合気付かなかったの。」

櫂は小さく笑いながら、一つ一つひっつき虫を取ってあげた。


「えっ何でそんなのが付いてるの。」

「黄組の誰かに着けられたんじゃないの。」


「えっ、何で、私って嫌われてるの。」

悲しそうな声で訴えかける百合に櫂は可笑しくなって声を出して笑ってしまった。


「何が可笑しいの、私が虐めにあってるのよ!」

笑いを必死に抑えて百合に語りかけた。


「百合、今日蓬も取りに行かなかった。」

「行ったよ。さっき山向こうの畑まで、みんな蓬の煮物好きだから、いっぱい取ってきたんだよ。」

「あそこには、ひっつき草いっぱいあるよね。」


百合は本当にせっかちで早とちりだ。


夙川村にいる時も長老の挨拶が休止になったという連絡を急死と勘違いして泣きながら走り出したことがある。

会話をちゃんと聞いていれば問題ないのだが、百合は人の話を部分的に聞いて自分で判断してしまう癖がある。


「櫂は嫌いな教忍とかいないの?」

「うん、修行は辛いけどその分成長できるし、教忍も厳しいけど嫌いじゃないよ。」


「ん~~~櫂は本当に愚痴をこぼさないね。」

「愚痴っても良いことないから。でも百合が言いたいなら聞いててあげるよ。」

そう言いながら櫂は霧との約束を思い出した。


~他人に勝つ必要は無い、自分に勝てばいい、羨む気持ちは捨て、今できることを全力でやる~


修忍里のつらい修行もこの言葉のお蔭で頑張れている。

昨日より今日、今日より明日、毎日そう考えて今を全力で修行をしてきた。

必ず甲種忍者になって苦労を掛けた霧を心から喜ばせたかった。


「また霧のことを考えてるんでしょ。」


覗き込むように顔を近づけてきた百合の瞳がクルンと動いたようだ。

きっと何か別の事を思い出したのだろう。


「あっ、そうだ。今日はお爺ちゃんからの手紙と一緒に霧からのも入ってたよ~。」


その言葉に櫂は少し動揺した。


「じゃあ読んであげるねぇ~。」

その意地悪な口調に櫂が黙っていると、百合は霧を真似しているつもりなのか、少し大人びた風で手紙を読み始めた。


~こちらでは櫂の大好物のふきのとうが一斉に芽をだしました。

~もうすぐ半年が経ちますが、そちらの生活には==慣れましたか。

~村の長老に甘えて、定期報告書と一緒にこの手紙を忍ばせていただきました。

~百合ちゃんからの手紙では以前より物が見えるようになったと書いてありましたが、

~=========どのくらい視力が回復しているのですか。

~もし文字が書ける程度になったなら、

~百合ちゃんに頼んで櫂の書いた手紙も報告書に入れて下さい。

~下手でも雑でも構いません、櫂の文字を読んでみたいです。

~八==時===怪我==から、==・・


~(貴重な和紙を使わせて頂いているので、書き間違えた個所は二重線で消します。)

~(百合ちゃん、もし消した跡が読めても櫂には伝えないでね。)


百合がカッコ書きを黙読する不自然な間ができたが、櫂に気づかれぬよう直ぐに続けた。


~そちらはでは慌ただしい毎日だと思いますが、

~夙川村はいつもと変らずゆっくりと時が流れています。

~櫂が居ないのは寂しいけど優しい人たちに囲まれて幸せな毎日です。

~村では蓮が久しぶりの甲種戦忍になるだろうと言われていますが、

~私は櫂もきっと甲種戦忍になると確信しています。

~戦忍者が争いに巻き込まれる宿命なのは分かっていますが、

~出来ればこの平和な日々がずっと続いてほしいです。

~=櫂==れ以=怪我=====嫌で=。

~これ以上の===は、不安=は耐え===せん。

~櫂==戦忍にな==ほしい==戦==ほしく==りません。

~===================。

~=========。


二度目の不自然な間に櫂は「なにっ」という表情で百合を見た。


「そっそうだよね霧、平和は大事だよね、櫂も、ね、そう思うよね」


取ってつけたような言い訳に、何かを隠しているのかなと思ったが、ここで追及しても仕様がないのでそのまま聞き流すことにした。


~そろそろ遁術修行が始まると思いますが、

~もし術が発動しなくても焦らずに自分の内を見つめてください。

~=====特==子==

~自分を信じて毎日一生懸命に生きればきっと上手くいきます。

~十五歳の春に帰ってきたら沢山話したいことがあります。

~それまでは無理しないで怪我には気を付けてくださいね。

~百合ちゃん代読ありがとう。

~霧


百合が読み終えると、櫂はギュッと口を引締め、うんうんと何度もうなずいた。


「百合、読んでくれてありがとう。」

櫂のあまりにも真剣な表情に、百合は意地悪したくなった。


「そういえばねぇ」

百合はまたあの口調で櫂を下から覗き込んできた。


「お爺ちゃんの手紙に書いてあったんだけどぉ~、西畑上の晴己が霧に結婚願いをしたんだって~。」


櫂は驚いた顔で百合を見つめる。


「それを知った功典と勇生も結婚願いを出すらしいよ~。」

百合は何でそんなに詳しいのだろう。

長老は百合の手紙にそんなことまで書いているのか。


「ねっ霧はモテモテだね~」

櫂は自分でも気付かぬうちに、頬を膨らませていたようだ。


「ふて腐れないの、霧は櫂のお姉さんでしょ。早くあね離れしなさい。」

百合には何でも見透かされているようだ。

情けない自分に涙が出そうになる。


「そういえば明日は教忍章允の結婚式だね。」

少し意地悪しすぎたと思い、百合は無理やり話題を変えた。



修忍里合同結婚式はいつも通り質素に行われた。


修忍里での結婚式は春と決まっており、その年に結婚する全員が一緒に行い里人全員でそれを祝う。

祭り等の祝いの行事は修忍里より夙川村の方が随分と盛大だった気がする。

教忍章允と新婦宜麗は元々恋人同士だったが、桜忍の里ではそのまま結婚できるのは本当に稀なケースだ。


戦忍等になれなかった修忍は一五歳の春に行われる帰りのキジ引きで一八歳から暮らす村が決められる。

宜麗は偶然にキジ引きで修忍里の羽を引き、一五歳の春に一旦生まれ故郷の鴻巣村に戻っていたが、キジ引きの掟により去年の春、三年ぶりにここ修忍里に戻ってきた。


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