第一章 起 《龍と男》
~はるか昔、まだ京に都が遷るずっと前に津島忍者と戦忍を焼き尽くした龍神は、生き残った忍者達に語りかけた、「お前達が二度と戦を起こさないように忍者にも色を付けた。青は赤を監視しろ。赤は黄を、黄は白を、白は黒を、黒は青をお互いに監視して戦が起きないようにしろ。それでも、もし戦が起きたら、またワシが全てを焼き尽くす・・・
「人間よ帰れ」
年老いた龍の堂々とした大きな緑色の瞳には、ボロボロの服を着た薄汚い人間が映っていた。
湿りを帯びた岩肌がむき出しの洞窟内は不思議な静けさに包まれている。
深緑の非常に賢そうな大きな瞳と深黒で卑しさに満ちた小さな瞳にはそれぞれに強靭な意志が宿り、まるで絡み合うように視線が蜷局を巻いている。
ザクッ・・・
その静寂を打ち破り人間がゆっくりと足を踏み出した。
「帰れ!」重低音のよく響く声が洞窟内にこだまする。
・・・・・ ザクッ ザクッ
人間は一瞬立ち止まり、背中に背負った大きな剣を異形の左手で引き抜くと、十間先の黒龍の額に剣先を合わせ、ゆっくりと歩き出した。
迷いのないその歩みに、龍は深緑の眼をカッと見開き口から吹雪を吐き出した。
ガオワァ~~
洞窟内は一気に凍りつき、吹雪に巻き込まれた男も一瞬凍りついたように思われたが、ジュワ~ンと剣先から蒸気が立ち上り、見る見るうちに体の氷も溶けていく。
グワオァーーー
更に凄まじい吹雪が洞窟内に充満し、その冷気で鼻先も見えなくなった。
ジュジュジュー
激しく氷が蒸発する音と共に、剣と人間が一体となり吹雪を切り裂き龍に飛び掛かっていく。
グワオワオワァーーーーー
龍は更に猛烈な吹雪を吐き出したが、
ジュジュジュジュジューーー
剣は吹雪を融かし弾き飛ばし一直線に向かってくる。
グサッ!
大きな剣が龍の上顎から下顎までを貫いた。
男は動きが止まった龍の頭上に飛び乗り、胸元から大きな仮面を取り出すと天井に向けて掲げ、何やら呪文めいた言葉を続けた。語気が徐々に強まり、男の鉢巻の中央部が淡く光り神秘的空間が出現した。
すると仮面の裏側からニョロニョロと蛇のような突起物が伸びだし、獲物を求めるように蠢きだした。
上目使いにそれを見た龍の眼は瞳孔が開きだし、怒りと恐怖が入り交じりながらも、徐々に運命を悟った様な眼色に変わっていった。
ン~~~~ハ~ッ!
うねりながら徐々に鋭さをましたその突起物は、男の呪文に呼応し嬉々として踊っているようだ。
ウンガァ!
掛け声とともに仮面を黒龍の脳天に押し当てると、異形な左手は緑色の血液が沸騰しているかの様に内部から泡立ち、蠢く突起物はズブズブと頭頂から脳内に侵入していった。
ヌグゥ~!
龍の声にならない悲しい雄叫びが洞窟内に響き渡った。
この戦いが実は紙一重だったのを物語るように、男の纏っていた服は鋭い吹雪に切り裂かれ、露出した肌の至る所から黒みがかった血液が流れ落ちている。
鬼気迫る表情で龍の脳天に圧し付けた仮面をグイと踏みつけ、勝ち誇ったように中空を見据える男の浅黒の虹彩はドクドクと鼓動のように伸縮を繰り返している。