9.家族会議
ー タナー・ハーシュ -
俺には小さな息子がいる。
最愛の嫁、サーシャに似た、琥珀色の髪と大きな目をした元気な男の子だ。
生まれたときはそりゃもう嬉しかった。
サーシャとは幼馴染なんだが、俺はずっとサーシャ一筋で猛アタックをかけてた。
全く相手にされてなかったんだが、一緒に冒険をするようになって
ようやく向こうが折れてくれた。
そんなサーシャとの間にできた子供だから嬉しくないわけがない。
あんまり嬉しくて、店の商品全部5割引きで売って大赤字を出し、
サーシャにキレられた時は命の危機を感じたが。
…まあ、その時の客が常連になってくれたから、今となってはいい思い出だ。
ああ、そうだった。息子の話だ。
我が息子ながら、こいつは変なところが多い。
まず、足の指をうねうねと動かす癖がある。
本人隠れてやっているつもりみたいだが、親の目はごまかせんよ。
どうも、思い通りに動かないのが気に入らないらしく、
赤ん坊のくせに歯をくいしばって足指を動かしていた。
最近じゃ手の指みたいにスムーズに動いている。不気味だ。
後、からだがすげー柔らかい。暇さえあれば柔軟体操をやっているおかしな子だ。
それから、上半身と下半身がなんか別の意思でもあるんじゃないかってくらい
お互いが別の方を向いたり、ぎこちなく連動したりしてる。
サーシャとはなんか障碍でもあるのかと心配していたんだが、
なんとか普通に歩けるようになって一安心していたところだ。
だけどちょっとおバカなのかね。
この間なんか上半身をひねったまま、歩こうとして壁に激突していた。
あとは、文字に対して異常な執着を見せることだな。
プリムラに書斎に連れて行ってもらうと起きている間中ずっと文字を眺めてる。
本は貴重だから乳幼児には触らせたくなかったんだが、
どこか知性を感じさせる雰囲気でじっと文字を眺めているのを見てると
本当に読んでいるんじゃないかって思えてくるあたり、俺も親バカなのかね。
黙認してしばらくしたら、本を2冊並べて手と足とで器用に本をめくってやがった。
あいつの目玉左右別に動くんだぜ。信じられるか?
…ちなみに書斎に隠していた官能小説はサーシャが笑顔でこんがり焼いたよ。
あれは学術研究でお前一筋なんだって必死に口説いて許してもらった。
まあ、その日の晩はかなりお楽しみだったんだが。
まあ、いろいろ言ったが、全然泣かないし、そこらのチビどもより聞き分けもいい。
育児ってこんなに楽でいいのかってくらいよくできた子だ。
…だけど今回のこれは話が全く違う。
「ギフテッド」地方なんかじゃ悪魔付きなんて呼ばれて忌避されたりもする、
強化系と放出系どちらも使えるやつの呼び名だ。
幸いにしてシルメリアは差別対象じゃないが、もし国に知られたら、強制的に引き離されて、
兵士としての訓練をさせられちまう。
なんたって肉体を強化しながら魔法をぶっ放せるんだ。
通常兵士じゃ相手にならない、恐ろしい存在になれる。
幸いにして、魔法の適性検査じゃ下半身の魔法適正なんて見たりしないから、
両方を同時に使うことさえしなければ見つかりはしないと思うが。
しかし、なんだって下半身だけ適性が違うんだ?
上半身と下半身あべこべに動くことと関係あるのか?
ロイドが寝静まった後、サーシャと二人でリビングの椅子に座って話をすることにした。
「嫌よ私!あの子と離れ離れになるなんて!それに国に連れてかれたら、生きてもう会えないかも!」
「落ち着けサーシャ。上半身だけの検査ならバレることは絶対にない。」
「だけどもしばれたら…」
「俺たちにできることはあいつに外では2属性の魔法を使わせないようにすることだ。」
中庭なら家と塀とで隠れているから問題ないはず。
「あいつは賢い。訳をきちんと説明すれば、絶対に使わないだろう。」
「その上で、万が一の時に備えてあいつを鍛え上げる。」
「どちらの魔法を使えることにするの?」
「強化系だな…。放出系はサーシャが教えられるが、強化系は誰かから習う必要がある。」
「そ、そうね。それしかないわよね。」
「それから俺が体術と剣術を叩き込む。あいつは体の動かし方がなんか変だから習熟には
時間がかかるだろうが、生き残るすべはすべて教えてやる。」
「この辺りで強化系を覚えるとなると…スチールアームズ道場かしら」
「いや、有名どころは避けよう。杜の魔女に頼もうかと思っている。」
「杜の魔女ってアナタ!あそこで教わった子が再起不能になったって話、知らない訳じゃないんでしょう!?」
「だから誰も寄り付かない。あいつは魔法の行使に関して今後人目を避ける必要があるからな。」
「それに腕は超一流って噂だ。あいつの生存率を少しでも上げてやらないと。」
「そうね。わかったわ。」
「なに、今すぐって話じゃない。魔法の基礎を十分積んだ後の話だ。」
「早速明日から始めることにするわ。」
「頼む」
絶対に守ってみせるぞ、ロイド!
タナー父さんの口調書きやすいです。