8.魔法の事
ーレイジー
ロイド君2歳 ようやくまともに歩けるようになったぜ。
他の赤ん坊に比べて、鍛えているから立つのは早かった。
でも、歩くのがこの時期になったのにはワケがある。
お察しの通り、上半身下半身が連動していないから。
頭と足が連動してないから、歩いている方に頭が向かない時があるんだ。
それに、腕の振りも合わなくって、バランスが良くないから転ぶ転ぶ。
サーシャ母さんに「この子大丈夫かしら」って何度も不安にさせちまった。
だからただ歩くってだけでも「2人2脚」で声を合わせる必要があった。
「アキヒサ!お前どっち向いてんだ!」
「レイジこそ僕に合わせてよ!」
「今行きたいのはそっちの椅子なんだからこっちだろ!?」
「間に洗濯カゴがあるんだからよけなくちゃ!」
「腕、腕!足と同じ方動いてる!」
「足が遅いんだよ!」
「もっかい合わせるぞ!1.2.1.2.…」
「おっけー行けてる行けてる…あ、プリムラのスカートが。」
「アキヒサーー!」
ステーン。
おかげで生傷が絶えません。
まあ、文字通り怪我の功名ってやつで、アキヒサとの息も合わせられるようになってきたぜ。
で、歩けるようになったことで、移動できる範囲が増えた。
ハーシュ邸は少し郊外にあるんだけど、かなり広く、
本宅と道具屋「モナン・サーシャ」は別々になってて、
間に走り回れるくらい大きな中庭があるんだ。
中庭の真ん中らへんには大きな木があって、そこでお昼寝するのがロイド君の日課。
今日用があるのは道具屋の方。サーシャ母さんに連れてきてもらった。
「おかーさん、僕魔法覚えたい。」
「ロイドちゃん、魔法の事なんてどこで覚えたの?」
「ご本読んで、覚えた。」
「え、この子天才!?って文字は?魔法書は大体古代語が多いんだけど。」
「プリムラに教わった。」
「プリムラーー!給料2割アーーップ!」
「ありがとうございます。奥様」
歩くのとは別にこの世界の事の勉強は続けてたぜ。
プリムラに魔法書の翻訳を手伝ってもらったりしている内に
ある重要な事実が分かったんだ。
この世界の魔法に関してなんだけど、
大きく2種類に分かれてんだ。
1.「強化系」
自分の筋力や聴力、回復力を高めたりと、己自身の内側に対して影響力を発揮するタイプ。
戦士系の人がこっちを覚えると格段に継戦能力があがるんだ。
2.「放出系」
自分のイメージを外に射出し、影響を与えるタイプ。
イメージに対するワードを口にして、炎やら水やらを出すことができる。
ちなみにサーシャ母さんはこっちのタイプみたい。
で、ここからが重要なんだけど、この2種類の魔法、自分の魂の形によって
基本的にどちらかしか使えないんだ。
それぞれの魔法体系は完全に別で、教わる流派もそれぞれにあるらしい。
家にあった魔法書も基礎学以外は全部放出系の魔法学書だった。
自分の適性を調べる試験紙は広く世界中の道具屋なんかで売られている。
適性外の事を学んでも無駄になるからな。
「おお、ふるきよき道具屋!」
アキヒサが感嘆の声を上げた。
確かに、レトロなRPGや小説なんかに出てくる「どうぐや!」って感じの道具屋だ。
ちなみに武器は売られていないぞ。
「どこで覚えんだ?そんな言葉?」
店番をしていた、タナー父さんが試験紙を持ってきながらつぶやく。
「俺はまだ早いと思うんだがな。」
「良いじゃない。早めに覚えることでマナに対する順応力が高くなれば、
将来きっと役に立つわよ。」
サーシャ母さんが教育ママみたいなことを話してる。
この世界の魔法はマナを取り込んで使うんだが、取り込みすぎるとマナ酔いを起こして、
動けなくなってしまったり、最悪急性中毒になって死んでしまうこともあるらしい。
だから自分の体をマナに慣れさせながら少しずつ使える範囲を広げていくのが
この世界の魔法修行法なんだとか。
「普通の子は3歳くらいで試すもんだが、魂の形が安定する前に試して、うまくいくかな?」
「売るほどあるんだからケチケチしないの!」
やっぱりタナー父さん完全に尻に敷かれてる。
「じゃあちょっとチクってするわね~」
そう言って指の先を針で刺すサーシャ母さん。
出てきた血を真っ白な試験紙に付ける。
血を吸った試験紙は赤から鮮やかな青に色を変えた。
「あら、綺麗な青!この子も放出系だわ!」
放出系なら私が教えてあげられるわね。と嬉しそうにしている。
そうか。ロイド君は放出系か…。
でも、魂の形が魔法の適性に影響するなら、上半身に居るアキヒサが放出系って事にならないか?
俺自身の魂がある下半身はどうなってるのかスゲー気になる。
「それよりアナタ…プリムラがこんな本を見つけたんだけど?」
「ゲッ!それは書斎に隠してた…。」
「うふふ。私一筋なんて言っておいて、こ~んな本を持ってるなんて、どういうことなのかしら?
うふふ。」
「ち違う、それは学術研究の一環で…。」
「どういった学問なのかしら?」
「きょ極限状態における男女の精神状態っていうテーマで、ハイ。」
「そう…。うふふ。じゃあ、今の場合の男の対応ってテーマで正しいのはどれかしら。」
1.土下座
2.針山の上で土下座
3.水中で五体投地
「すいませんでしたーーー!」
父さん母さんが仲良く話しているスキをついて、
自分の足の指を針で刺し、試験紙に付けてみる。
血を吸った試験紙は綺麗な緑色に変化した。
「そうしたらこの本は要らないわよね?」
「は、ハイモチロンデス!」
「そう。本よ、燃えろ」
「ああ、俺の本が灰になっていく…。ってうん?」
あ、タナー父さんに見つかった。
「お前、それ!強化系!?」
それを見つけたタナー父さんがと血相を変えて叫ぶ。
「嘘!この子ギフテッド!?」
母さんも驚愕の声を上げる。
どうも万人に一人くらいの割合で両方の魔法を使える人間はいることはいるらしい。
二重人格の持ち主なんかにそういった傾向があるみたい。
そういった人間は「ギフテッド」とよばれているんだが、
自分の中にもう一人のナニかを宿すって事で、地方によっては忌避の対象にもなるらしい。
…幸いシルメリア王国では問題はないみたいだが。
それはまた別の問題を孕んでいた。
次回、別視点からの話になります。