過去を生きる 2-3
思い出すことの減っていた母の顔、不思議と鈴の部屋にいると思い出してしまうのは……その部屋の趣味が似ているからだろうか。
あるいは似ているのはそれではない……そう考えていたところで、着替え終えた鈴が寝室から出てきたことで思考が戻る。
「それで、どこに行くんだ」
「えーっと、決めてないや。 どこがいい?」
「どこと言ってもな」
何もない休日は鍛えるぐらいしかしていない。 まさか鈴を連れてトレーニングをしに行くというわけにもいかないだろうと思うと……思い浮かばない。
まだ店も開いていないので、すこしゆっくりしてから朝食を摂り、鈴が好みそうな場所に行くのがいいか。
そう考えていると、鈴が首を横に振る。
「私が楽しいことじゃなくて、蒼がしたいこと……ね」
「……そちらの方がよほど難しいな」
最近は皆そんなことを言うように思う。
楽しむ……ということを遊園地で聞いた言葉から思い出して、少し考える。
「……俺って何が好きなんだ?」
「いや、私に聞かれるのも……。 下着屋さんでも行く?」
「好きそうに見えるのか」
「ごめん、それ以外に蒼の好きなものが思いつかなかった……」
鈴の俺のイメージはどうなっているんだと思うが、利優からも会ったばかりのミミミからもそう思われていたことを思えば……よほど好色に見えるのだろうか。
そんなに目線がおかしいのだろうか……。
「とりあえず、若者が好きそうなところをまわってみるか」
「一日あることだもんね」
カラオケ、ボーリング、ボルタリングと適当に回ってみて、どれも特に筆するべきようなことはなく……というか、カラオケは二人でお茶を飲んだだけで歌うこともなく、ボーリングとボルタリングは鈴がミニスカートだからと断ったので適当に投げて適当に登っただけで終わった。
喫茶店でお茶を飲んだ時にはもう夕方で、気まずそうにする鈴と向かい合ってコーヒーを啜る。
「……ごめんね」
「何がだ?」
「いや……楽しくなかったかなって……」
ああ、そういうことかと頷く。 いつのまにか俺の目的が楽しむことではなく、そういうものがあることを確かめることになっていた。
「鈴は楽しくなかったか?」
「蒼と一緒にいるだけで楽しいよ?」
「歯が浮くようなことを、よく言える」
「口説き落とす気でいるからね」
歪むこともなく真っ直ぐに俺を見ている目を見て、気まずさに目を背けて頰を掻く。
逃げるように会計に行こうとしたところで、鈴は立とうとせずに続ける。
「前にさ、何で好きなのかって聞かれたよね」
「……ああ、ろくでなしだろ」
「それは否定しないよ」
……しないのか。
「何でも自分でしようとするのに何も出来ないし、誠実ぶろうとするのに女の子をそこら中でたらしてるし、一人で戦うって言っておいて私の能力を頼りに怪我をしまくるし」
言いたい放題だが否定出来ない。
「でも、優しくて頑張り屋で、人のことばかりな貴方が心配で。 守りたいって、思った」
彼女の言葉に目を抑える。 酷く痛むのは、罪悪感が目の奥を指すからだ。
鈴の手を握り締める。 それは、最低の行いなのかもしれないと思いながら、続ける。
「……命に代えても、俺はお前を守るよ」
嘘ではない。 目に映る俺の眼と向かい合いながら頷く。
「……死なないでって言ってるのに」
「それ以外に好意を示す方法が分からない」
それって、と口にする鈴を後ろに適当に会計を済ませる。
外はすでに暗くなっていて、目の悪い鈴だと小さな段差でも危ないだろう。
彼女の手を握ったところで気がつく。
「……鈴、もしかしてわざと引き止めてたのか?」
「あっ、気がついた?」
「別にいいけどな」
「えへへ、役得だよ」
彼女の手を握って外を歩く、どうにもいつもと感覚が違うのは……その理由は分かっていた。
「鈴、銃を操る能力がなくなったらしい」
以前から能力の弱体化が進んでいたが、利優とキスをしたからか、あるいは鈴から真実を聞いたからか……完全に固有の能力が失われたらしい。
汎用的な弱い能力ならば使えるが、大きく戦力が落ちたことは間違いない。
だと言うのに鈴は思い切り笑みを浮かべて、強く手を握る。
「おめでとう! 蒼!」
「……どうも。 間違いなく戦力が落ちたから、何とかする必要があるな。 角さんにでも頼ればいいか」
固有の能力は強い思いによって左右される。 母を殺していないのならば、銃や自分への憎しみは薄れることも当然で、利優とキスしたことや鈴とデートをしたことがダメ押しになったのか、欠片を感じることも難しいぐらいだ。
「……ぐすっ……本当に、おめでとう」
「外で抱きつくな。……利優にも言うと、大騒ぎされそうだな」
「それだけ嬉しいことだからね!」
「まだまだやることがあるのに、困ったものだけどな」
そう言うと鈴がクスクスと笑う。 皮肉の一つでも言おうかとしたときに、小さい人影が遠くに見えた。
「あっ、先輩! それに鈴ちゃん! 酷いですよ、ボクだけ置いて遊びに行っちゃうなんて」
「利優、そんな面白いところに行ったわけじゃないぞ」
「んー、じゃあどこですか?」
利優の不満そうな膨れた頰を鈴が面白そうにむにむにと弄りまわす。 俺も触ろうとしたところ利優の手に弾かれる。
「朝はカラオケに行って、昼に飯食ってボーリングとボルタリングして買い物してから喫茶店で一服しただけだな」
「フルでエンジョイしてるじゃないですか!」
「あと、私の部屋でトランプもするかな」
「丸一日ずっとですよそれ! おはようからおやすみまで先輩です!」
「えへへー、まぁ実際に起こされたしね」
「ぐぬぬ、ボクもほとんどされたことないのに……」
「利優は起こさなくても起きるだろ」
利優はたしかに、と唸る。
「あっ、じゃあボク先輩を起こします! 先輩が鈴ちゃんを起こしたらいいです! 明日の朝、何時に起きますか?」
「……じゃあ3時半で」
「3時は夜です」
「……じゃあ、俺が利優を起こそうか?」
「んぅ、先輩が襲おうとするのでダメです」
襲うか。 と言おうと思ったが、思い留まっただけで似たようなことは何度もしているので否定も出来ない。
鈴の少し前を歩き始めたのは、目の悪い彼女を気遣ってのことだと思うと、やはり優しい子なんだと思った。
結局、何が変わったという訳でもなく、ただ事実を知っただけだ。
俺は母を殺していなかった。
なのに二人を守ろうと思えるのは、自分の罪を贖うために利用しているのではなく、二人のことを好いているからだろう。
自信を持って言えるほどのことでもないけれど、ただ事実を思えることだけで充分だった。
「先輩、どうかしましたか?」
利優が不思議そうにこちらを見て、首を傾げる。
「仏頂面をしていない先輩なんて珍しいですね。 ……そんなに楽しかったんですか?」
「そりゃ勿論ばっりばりにエンジョイしてきたよ! まさか蒼があんな笑顔を見せるなんて……!」
「嘘をつくな、嘘を」
笑っている利優と鈴を見て苦笑する。
ただ知っただけだった。 今が幸せであるという事実を。
くぅ〜w疲れました! これにて完結です!




