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LIU:2016発目の弾丸は君がために  作者: ウサギ様@書籍化&コミカライズ
第三章:セクシーブックハンター外伝 すごいよ!!ミミミさん
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過去を生きる 2-1

 利優のことを想えば、唇の感触を思い出して妙な声が出てしまう。 恐らくあちらの部屋で寝ているのだろう。


 本当にあれらは白昼夢ではなかったのだろうか。 いつも彼女とキスをする妄想などをしていたせいで判別がつかない。

 あまりにも都合がいい状況だった。


 いや、むしろ「利優」は実在するのだろうか?

 あれほどの可愛い存在がこの世にいると考えるのは現実的ではない。 高確率で彼女は実在せず、俺の妄想の産物のように思える。

 問題はどこからどこまでが現実であるかだ。 利優と結婚したのは妄想だろう。 性交渉をしたのも妄想だと思われる。 キスをしたのは間違いなく妄想だ。 あちらの部屋にいるのはどうだろうか、確かめなければ分からないが、確かめたところでそれすらも俺の妄想の可能性は高い。


 どうすれば現実と妄想の区別がつくのだろうか。 そんなことばかり考えていると、ピンポンと呼び鈴が鳴った。


 夜中なのにと不審に思いながら玄関に向かって歩き、扉を開ける。

 少し目線を落とせば、華奢な身体をした少女……鈴が珍しく眠たげな目をせずに立っていた。


「……あ、良かった。 元気そうで」

「おかげでな。 悪いな、また負担を掛けた」

「好きでやってることだから……」

「あと、幾らマンション内とは言え、女子供が夜に一人で出歩くな」

「蒼のいたところじゃなくて、ここは日本だから大丈夫だよ。 ……利優ちゃん、来てるの?」


 鈴の目が置いてある小さな靴に向けられて、首を傾げながら尋ねられる。

 何故か分からないがギクリとした感覚が走り、一瞬誤魔化そうとして、誤魔化そうとする方がおかしいと思い直して頷く。


「……ああ、料理を作ってくれていた。 そのままベッドで寝たが、今は能力で鍵を閉めているから、電話をしないと起こせないだろうが」

「いや、いいよ。 今日は利優ちゃんじゃなくて、蒼に用事があって。 今更だけど、利優ちゃんに用事があるときも蒼の部屋に来ちゃうね、えへへ」


 はにかむように笑った鈴を中に招き入れようとして、首を横に振られる。


「……少し、散歩しながら話したいな。 夜中だけど、蒼と一緒ならいいよね?」


 丁寧で柔らかい話し方はいつもと変わらないのに、どこか緊張した様子が見て取れて、好きだと初めて言われたときよりも真っ直ぐに俺を見つめていた。


 可愛らしいその容姿とは裏腹に、必死さが伝わってきて……危ないからと首を横には振れず、鍵と財布をポケットに入れてから靴を履いた。


 夜の風は季節の割に涼しく、けれども水を飲まなくても済む程度には湿気た空気を感じる。


 廊下を歩き、おそらく鈴がここに来るために使ったエレベーターがそのまま残っていて、直ぐに入って一階のボタンを押した。

 鈴の身体は、年不相応なほど小柄な利優ほどではないが、案外小柄だ。高校に行った時のことを思い出して他の同年代と比べれば、利優のせいで感覚が狂っていたのだと分かった。


 都会の見慣れた夜の姿は、あまり情緒などは感じられない。 月明かりよりも大きな光度の照明が立ち並び、月の光に溜息が吐けるはずもなかった。 隣の少女はそんな光景にすら左右されているのか、少し緊張が和らいでいることが見て取れた。


 言葉のないまま、けれど気まずさも感じずにゆっくりと歩く。

 夜中に歩くことが珍しくもない俺とは違い、夜になればすぐに寝る鈴は少しもの珍しそうに景色を眺めている。


「……昼間とは、やっぱり雰囲気変わるね」

「まあ、暗いな」

「暗いとあんまり見えないや」


 彼女の手を取り、少し自分の方に寄せる。


「蒼がそうやって甘やかすから、諦められないんだよ?」

「悪い。 だが、無碍にも出来ないだろ」

「……勝手にしたことだから、気にしなくていいのに」


 年相応よりも大人びて見える。 見た目はむしろ幼さが残るほどなのに、彼女の落ち着いた雰囲気はその印象を変えるぐらいのものだった。 好意的に感じているのもあるのか、隣にいるだけで落ち着くが、度の弱い眼鏡の奥の目は……その目、眼球だけは好きになれそうになかった。


「蒼って、案外流されやすいよね」

「否定はしないが……」

「ここで私が結婚届けを取り出して、頼み続けたら普通に判子押してくれそうだし」

「俺はまだ17だから、鈴と違って結婚は出来ないな」

「取って置いて蒼の誕生日の日に提出しにいくよ」

「未成年は親の同意書が必要だろ。 俺はいないから問題ないが、鈴鳴さんが頷くことはない」


 鈴は目をパチリパチリとまばたきさせて、少しだけ笑う。


「お父さんはダメって言うけど、お母さんはゆるいから大丈夫だよ。 ……真面目に考えてくれるんだね」

「……本気でしろと言われたら、断れないだけの恩義がある」

「……好きだから、って、言ってくれないんだね」


 気まずさに目を背けると、鈴は小さく笑みを浮かべる。 その笑い方があまりにも儚げで、消えてしまわないようにと引き寄せるように手を握った。


「……二股?」

「……否定は出来ない」


 利優とキスをして浮かれたすぐ後に、鈴と手を繋いで歩いている。 暗い中、彼女を放ったらかしてしまえば危ないので仕方ないが、刺されても文句が言えない気がしてしまう。


 鈴への友愛やら恩義やらが強すぎるせいで判別は出来ないが、俺の異性への惚れやすさを思えば容姿も良く性格も良く好いてくれている少女には恋愛感情が幾分かあって自然だろう。 恩義に隠れているせいで自覚は出来ないが。


 二股と尋ねられれば、肯定する気はないが、否定も出来ない。


「ちょっと、嬉しいかな」

「悪い男に騙されるぞ」

「もう騙されてるよ。 とっくの昔から」

「器量も良いのだから、もっとまともな奴のところに行けばいいのに」

「……そう思うなら、まともな人になってよ」

「親殺しをした時点で……どうしようもない」


 鈴が黙り混んで、立ち止まる。 どうしたのかと思って彼女を見たら、ごめんねと謝った。


「どうした。 何があろうと、俺には謝る必要はないが……」

「夜にここまで来たの、蒼と話したかったからなの。 ここに私がいたら、蒼は置いて帰れないかなって」

「そりゃそうだが……。 どんな話でも、途中で打ち切ることはないぞ」


 結婚しろと迫られても、真面目に検討はするつもりだ。 押し切られるかもしれないが。


 夜風に吹かれた鈴の髪が流れる。 風が止んで、吹いて、また止んで、それから夏の夜らしい蒸し暑さが戻ってきて、鈴の喉が揺れて動く。


「……クライくん。 一緒に捕まえた、蒼と戦った人……覚えてるよね」


 何故真面目な話だと言うのにあいつの名前が、と不思議に思いながら頷く。 大した繋がりもないはずで、また話題に上がるとは思っていなかった。


「私は能力で嘘が分かるから、そういう役目で尋問の場にいたんだ。 それで、ちょっとあったの」

「何かされたのか?」


 鈴は首を横に振る。


「……蒼と、一緒の組織にいたんだよね。 あの人」

「そうみたいだな。 あちらではあったこともないが」

「クライくんがあの能力を得たの──」


 鈴はそこまで言ってから、ふらりと倒れ込むように俺に抱きつく。 それを抱き抱えながら、鈴を見るけれど、彼女は顔を上げることなく、隠すようにしながら続ける。


「母親がいたって。 それで、何者かと争いになって母親を助けようと銃を手にして、撃った。 その弾が母親に当たり……それが原因で母親が亡くなった……そうです」


 どこかで聞いた話。 どころか、見た記憶が、手の感触が思い出させられる。

 そのまま、俺がやったことと……何一つ変わらない。


「その後、組織に回収されて、銃を操る能力を得て……同じ能力の師が出来た。 先輩の話ではなく、クライくんの……過去の話」


 同様の人生を歩んでいた。 偶然だとは……あまりに思い難い。 だとしたら……ならば、俺があの時に撃った弾丸は──!


「銃を操る能力者が、元々いたんだったら、銃弾の行く先を歪めることは簡単だよね。

……銃を子供だった蒼の近くに置いて、撃つように仕向けて、撃った銃弾を操って……蒼のお母さんに当てる。

目的は……銃を操る能力者の生産。

イデアル・ジーン、能力の素養を持った子供の前で劇を演じ、劇を演じさせて……銃への強い憎しみを抱かせることで、その能力に目覚めさせる」


 足元が崩れていくような感覚。 信じていたものが砕かれたような、あまりにも信じ難い事実。 目眩がして倒れ込みそうになり、鈴に支えられ、思い切りは倒れ込まずに済み、ゆっくりと倒れ込んだ。


 嘘だと、思いたい。 それこそ、俺の思いなど、人格など、人生など、あるいは俺自身が誰かの都合が良いように設計された、作り物だったような。

 いや、その通りなのだろう。 俺は、水元 蒼は……全て、紛い物によって作られた人間であった。


「……蒼は悪くなかった」


 鈴に抱き締められた感触すら、感じられなかった。

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