ブックハンター登場 終
藤堂が運転する車がやってくるのを待ちながら、タイニーアイランドから遠ざかるように歩く。 ホテルの荷物は後で取りに行ってもらえばいい。
「……まったく、二人して水遊びなんてするから」
「ミミミ……お前覚えてろよ。 僕だけじゃなくて、水元の怒りも買っているからな」
若干小物じみてることを言う彼の言葉に頷くと、ミミミは幾つかの11桁の数字を口にする。
聞き覚えのあるその数字を聞き、頷こうとした頭が止まってしまう。 何故こいつが知っているのだと思うが、シドに渡していた以上、ミミミが知っていてもおかしくない、
本を持って逃げる前に、その数字を覚えていたのだろう。
「水元さ、覗き込んでたよね? その数字、困るよね?」
覗き込んでいたとは、彼女の下着のことだろう。不可抗力とは言え、見てしまっていた。
「いや、どう見てもわざとだっただろ」
決してわざとではないがそうである以上は言い訳にしかならず、その数字……電話番号……それも利優の番号に掛けられてバラされれば……幻滅されてしまう。 その上、利優は昼間にミミミの声を聞いているのだ、ただの迷惑電話だとは思われない可能性は高い。
利優がいないからと、調子に乗っていたせいで……いや、決してわざとではないが、そのせいでこんな目に遭ってしまった。
「ミミミ……それは……」
「ミミミ? ん、年上に呼び捨て?」
「……ミミミさん。 その、勘弁してもらえないか? 嫌われてしまうかもしれない」
「んー、別に脅しているわけでもないんだけどなー。 あっ、ちょっと喉乾いたなー」
「買ってくる」
札は濡れているが、小銭は大丈夫なはずだ。 「炭酸な」というミミミの声を背に走り出そうとした時に首の後ろの服を掴まれる。
「なんだ、シド」
「おい、プライドないのか!? さっき酷い目に遭わされたところだろ!」
「離してくれ。 すぐにアドレナリンが切れて動けなくなる」
「そのレベルの状態でパシられるなよ!」
シドを引きずりながら急いで自販機に行き、適当に炭酸飲料を買って戻ってミミミに手渡す。
ご苦労と労わられ、ジュースを飲んでいるミミミの前に立つ。
「これ、もう水元に渡しておくね」
本を受け取り、中身を検める。 読めない言語で書かれているせいで理解出来ないが、表紙の様式が間違いなく暦史書で、男が追ってきたことも思うと偽物ということもないだろう。
ミミミとシドに礼を言う。 なんだかんだと言いながらも助かったな。 俺一人だと殺さないと収拾がつかない状況になっていただろう。
「助かった。 ……ありがとう」
偉そうにしているミミミに頭を下げると、彼女は俺の肩を叩いて口を開く。
「その真っ黒な服装はモテないからやめた方がいいと思うよ」
「……こういうのしか持ってない」
「服のセンスやばいな」
なんだろうか、一応アドバイスなのだろうか。 服は目立たずに着れればいいと思っていたが……。 利優も服装はあまり気にしていないようだし、鈴ぐらいだ、知り合いで小洒落ているのは。
高校の方だと流石に数人いるが。
「いつか気が変わるかもしれないから、連絡先を教えてくれないか」
「んー、ナンパ目的に聞かれても困るしなー。 シドのでいいか」
「助かる」
番号を聞き、覚えようとしているとシドに携帯を奪われて電話番号を登録してもらった。
「まぁ、多分掛けることはないと思うが」
「ん、気が向いたらでいいよ。 あんまり面倒な依頼は受けたくないしさ」
しばらく話していると藤堂が迎えについて、濡れている俺とシドを見て露骨に嫌そうな表情を見せた。 どうせ組織の車なのだからいいだろうが。 そう思っても口には出さず、無言の圧力に負けて、後部座席にシドと座り、ミミミが助手席に座った。
露骨に不機嫌そうな表情をした藤堂に暦史書を渡してから、シドにホテルに置いたままの荷物の郵送先や、依頼金と経費の振込先を再確認する。
ついでにシドの破れた服の代金も聞いておき、それも覚えておく。
左腕の傷から血が垂れそうになると、藤堂が不快そうにルームミラーを見ながら「そこの鞄に包帯が入っている」と俺に伝える。
右手で取り出してから、とりあえず止血だけはした方がいいと思い、消毒やらはせずに包帯を巻き付けて車に血が付かないようにだけしておく。
「寝ていてもいいからね。 水元の声を聞くよりかは幾分かマシだから」
「じゃあ寝はしないが黙っておく」
相変わらず嫌われている。 まぁ、昔から鈴や利優の面倒を見ていたりした分だけ、ぽっと出の俺があいつらに迷惑を掛けているのが気に食わないのだろう。
裏切ってきたという信頼出来ない出自も大きいだろうが。
シドがこそこそと俺に話しかける。
「なんでこんなに険悪なんだ? なんかしたのか」
「……後でいいか?」
仲が険悪な理由など聞こえるところで話すものでもないだろう。 彼女の仕事が俺の後始末というのも不愉快なのだろう。
まぁ、感情のまま接してくるが、嫌いだからと仕事をボイコットはしないのでまだマシだ。
今寝てしまえば疲労のせいで容易には目が覚めないことが分かっているので無理矢理にでも起きておく。
ミミミは助手席で寝始め、シドは俺たちの様子を気だるそうに見て、目を閉じようとするが、エアコンで濡れた身体が冷えたらしく少し寒そうにしている。
藤堂がエアコンを切って、口を開く。
「よくまた、そんな変な怪我をしたね。 それ、酷いことになってるけど擦り傷?」
「……ああ」
「バイクで転げ回ったような傷だね。 水元なら受け身なりなんなりで大丈夫だったんじゃないの?」
「早く止まりたかったからな回る時間もなく、体勢を整えるのも面倒だった。 だから腕で止まったらこうなった」
「そりゃそうなるよ。 本当に最悪だよ、お前は。 塀無や鈴鳴が怪我した水元を見る度にどう思っていることか」
それだけ言って、彼女は黙る。
利優と鈴のためか……。 まぁ、鈴の能力頼りに不必要な怪我をしたのは良くないか。
頷いておくと、いつの間にか目を覚ましたのかミミミが俺を見て笑う。
「やーい、怒られてやんのー」
「うるさいな。 ……今日は助かった」
「うん。 知ってる。 まぁ早々会うことはないだろうけど、元気でしなよ。 パシ元」
パシ元ってなんだ。
しばらくしてミミミとシドを家まで届けたあと、藤堂は組織の入り口の一つになっているビルの駐車場に車を止める。 おそらく、深夜だが本を渡しに行くのだろう。
「寮の方に行くのだるいからさ、こっから帰って」
「ああ。 お疲れ様です」
ここからは結構歩く必要があるか、疲れた身体を引きずって歩き、自分の部屋に戻ると、鈴がソファの上で寝ていた。 鈴の部屋まで運ぼうかと思ったが濡れた服で抱き上げるわけにもいかず、冷たいシャワーを浴び、傷口を雑に洗ってから、新しい服を着て、腕に包帯を巻き付ける。
鈴のいる部屋に戻ると明かりがついていて、眠そうな鈴が俺を見て慌てて立ち上がった。
「怪我してるの!? すぐに治すから! 横になって!」
「……今更だが、なんでここにいたんだ」
「お腹空かして帰ってくるかも、って思って」
「……今日は帰らないと言ってただろ」
寝室のベッドにまで押され、横に倒されて鈴の手が俺の身体に触れる。
能力により直される感覚は慣れるものでもないが、今は疲れが優ってしまったのか、あるいは触れていた手に安心感を覚えてしまったのか、そのまま眠ってしまった。
泥のようになる身体の中、触れられている感触と熱だけが、妙に体の中に残った。




