ブックハンター登場 4-5
ニックの中の人……胡散臭い眼帯の男の腕が動き始める。 このままミミミに見つけさせて逃げられるよりも投げられたとしても動き出した方がいいと判断したのだろう。
シドを掴んでいた手が俺に迫り、男の肘の関節を逆に弾き、逆の腕で握り引いて受け止める。
無理な止め方のせいで幾らかの痛みがあるが、それは無視して男から離れる。
ミミミへと向かおうとした男の顔に肘を押し当てて鼻を潰しながら脚を掛けて転ばせようとするが、単純な膂力差が物を言ったのか、あるいは疲れが先に出たのが俺だったのか、反対に弾き飛ばされて身体が男から離れる。
男の直線的な移動角度を読み、吹き飛ばされて回転する身体を、折れて使い道のなくなった左手を地面に掠らせて回転を遅らせ、ナイフを男が来るだろう場所に投げた。
それは闇に紛れてまともに見えないはずだろうが、男の「眼」にとっては闇夜は昼と大きな違いはないのか、走る片手間で弾き飛ばされる。
本を取り替えされれば、それこそ殺し合いでもしなければ奪うことは不可能。
左肘を地面に掠らせて減速、右手に持ち直した拳銃を発砲させ、ナイフの柄に命中し、再びナイフは男へと向かう。
能力により本を視認し、男がナイフを弾いている間に俺も本へと駆け、ほぼ男と同時に辿り着き、本を蹴り飛ばしてシドに渡す。
「受け取れ!」
「ちょっ! っと! 取れた! 僕すごくないか!?」
「いいから走れ!」
男に腕が掴まれ、俺がその力を元に男を投げ飛ばそうとした瞬間……妙な浮遊感と、力がぐにゃぐにゃと曲がりながらからぶる感覚に襲われる。
「──それ、は……俺の」
俺の技。 相手が動けばどんな動きであろうとその力を利用して投げ飛ばす、投げ技としか形容出来ないような、無形の奥義。
真似出来るはずがと思ったが、拙さや至らなさは力によってこじ付けさせて無理矢理にだが再現された。
吹き飛んだ身体はシドにぶつかり。 シドが本を握り込んだまま吹き飛び、何かの柵から下に落ちそうになる。
「馬鹿!」
ミミミはシドに向かって叫ぶ。 柵の下は、水場だった。 シドが落ちること自体は大した問題ではないが、本が濡れてしまうことはならない。
男が走り寄ってきて、上げた脚の上に乗り、男がそれを飛ばすように蹴り上げるのと同時に俺もその脚を蹴って跳躍する。 少し遠くにあった柵とシドを飛び越えて水の中に飛び込み、柵に片手を引っ掛けて耐えているシドの下にくる。
壁を使ってよじ登りながらシドのふらついた脚を押し上げさせる。
あとから追い付いた男が柵の上に登ってシドの手を握って引き上げようとした時、少し上に水玉の模様が見えた。
彼女はスカートをはためかせたまま両手を真っ直ぐに突き出し、シドを引き上げようとした男の背を押した。 柵の上という不安定な足場で、不意の攻撃に対してバランスが取れるはずもなく、男は柵から転落して水柱となる。
シドから本を奪い取るようにして手に取ったミミミを見て、思わず呟く。
「鬼か、こいつ」
「えっ、可愛いって? こんな時に口説くのやめてよ」
「言ってねえよ!」
背後の男は体の方だけ身につけている着ぐるみが重りになっているのか、バシャバシャともがきながら沈みかけていた。
「おい、今のうちに逃げるぞ!」
「いや、この状態でどうやって逃げるんだよ」
「よじ登れ、俺ごと」
「無理だろ!」
シドはそう言いながら登ろうとし、ミミミもシドの腕を持って引き上げようとし、そうこうしている間に俺の足が掴まれる。
「うおっ、きた! ハーフニックがきた!」
「急げ!」
「いや、離せよ! 一人なら上がれるから! お前はそいつの相手したらいいだろ!」
「俺は泳げないぞ!」
「何水ん中飛び込んでるんだよ!」
そうこう言い合っている内に両足が男に掴まれる。 このままだと引きずり込まれる……そう思っていると、ミミミが柵の隙間から脚を出して、水玉模様の下着が露わになる。
「なあ、嘘だよな? 僕達、相棒だよな。 裏切ったりは……」
「最高の相棒だよ。 裏切るなんてあるわけないじゃん」
ミミミはそう言いながら愛らしく口角を上げて、縁を掴んでいるシドの手を踏み、グリグリと脚を動かす。
「なっ!?」
瞬間、浮遊感が身を包む。
「ボクは二人を信じてるから、ちゃんと戻ってくるって……。 疑うことが裏切り、そう言いたかったんだよね」
彼女はスカートを翻し、足元に置いていた本を拾って去っていく。
彼女以外の男三人は揃って水に沈んだ。
あいつ、依頼終わったら絶対に泣かす。 「じゃあな愚民どもが!」という罵倒と共に去っていったミミミの足音を聞きながら誓う。
水底に沈んでいると、上にシドとニックの着ぐるみが見える。 シドは普通に息を吸い込めていたのだろう。 ニックの方は……おそらく着ぐるみの中に空気が残っていて浮けているのだろうが、沈むのも時間の問題だろう。
もがいているニックからは大量の血が流れていて、先の動きや水のせいで塞がった傷が開いたらしい。 そろそろ、危なそうだ。
水の下から見様見真似で手足を動かして水面に上がり、息を吸いながら壁に手を当てる。 登るのは少し難しそうである。
「俺が持ち上げてお前を浮かせるから、登ってから俺を引きあげろ」
「分かった」
裏切られたことによる連帯感か、息のあった動きでシドを押し上げ、シドが息を切らせながら柵をよじ登り、柵の向こう側に行ってから、そこから手を伸ばそうとし、気がついたように彼が言う。
「……あれ、あいつ動いていないぞ」
「出血が多いからな。 水で冷えて、息が上手く出来ずに力尽きたんだろう」
「それって死ぬだろ!」
「……危険だ」
俺の言葉を聞いて柵を登ろうとしたシドを見て、仕方なく着ぐるみの手を引っ張る。 息もしていて、ほとんど溺れているだけだが意図を察してか動く様子はない。
ニックを掴んだあと左手を握らさせてから、シドへと手を伸ばし、ある程度引き上げられ、水から出た場所が増えて重くなったところで柵の下の辺りに手が触れる。
シドにもういいと伝え、腕力で無理矢理登って、片足を地面に付けて、勢いよくニックを引き上げる。 途中まできたところでニックも柵を掴み、それを登って息を吐き出す。
拳を構えたニックを見て、もう追いかける方が優先という判断が出来ないほど弱っているのだと察する。
「……逃げるぞ」
動けるなら、死にはしないだろう。 出血は能力でどうにでも出来るだろうし、溺死でもなければ死ぬことはない。
シドを右腕で抱えるようにして持ち上げて、全力で地を蹴って走る。 ニックも追いかけてきているが、水を吸った着ぐるみが異様に重いこともあってなのか、初期よりも遥かに遅く、少しずつ離れていった。
タイニーアイランドの敷地の柵は使えない左手だとシドを抱えたままでは登れないと思い、シドには俺の身体を掴んでもらい、右手で柵をよじ登る。
降りたところで、シドが貸していた俺の携帯電話を取り出し、俺に投げ渡す。 水に浸かったが、問題なく動くようだ。
それを使って連絡しようとしたとき、後ろから足音が聞こえ、振り返る。
フラフラとしたニックが柵の向こう側に見え、仕方ないので拳銃でふくらはぎ辺りを撃ってトドメを刺す。
「これでもう動けないだろう」
「……お前酷いな」
狙いやすい腹を狙わなかったのだから責められる理由はないだろう。
携帯電話の扱いに手間取っているとシドに引ったくられ、あとボタンを押せば終わりの状態で渡される。 こいつすごい。
連絡を取り、俺達自身や周辺物を回収しにきてもらうように頼み、電話を切ったところでミミミが一人だけ元気な様子で顔を出した。
「ナイスチームプレーだったね!」
本気で怒りそうになったのは久しぶりだった。




