ブックハンター登場 4-4
邪魔だと思っていた布はスカートで、その奥に彼女の脚が見えないということは……ここはスカートの中で、視界の上にある布は下着である。
人生でこんな間近で下着を見たことがあっただろうか、それにこれは不可抗力なので怒られることもないのではないか。
目線を上げようとした瞬間。 彼女の脚が上がり、靴の底が見える。 そのまま靴が鼻に当たり、踏み付けられて後頭部が床にぶつかり、下着を見ていた視界がチカチカと狂う。
そのまた無言で頭を数度蹴られ、腹を踏まれる。
「……いや、不可抗力だった」
横腹を蹴られながら身体を起こし、膝を揺らしているニックを見ながら立とうとする。
「……あいつ、やるな」
「いや、誤魔化されねえからな? あっちは戦っての負傷だけど、お前はアホな負傷だからな」
そうは言うが、当然あちらからのダメージの方が大きい。 左手は骨折、右手も酷い打撲で、全身に石片が突き刺さっていて、背中は一面打撲していることは間違いない。 内臓へのダメージはないのが救いか。
どうしても水玉模様が目に浮かび、脳に何か問題が出たのかもしれない。
鼻を踏まれたせいで出た鼻血を濡れた服の裾で拭いながら、後ろからプラスチックのバットで殴られながら立つ。
「めちゃくちゃ痛い」
一応言葉で伝えるが、バットが止まる様子はない。
「……ん? あ、これか」
シドが何か見つけたように言い。 本棚から取り出し……黒い本を俺に見せる。
あまりの軽さに一瞬戸惑い、高速で動き出したニックを抑えながら叫ぶ。
「それを持って逃げろ!」
「いや、扉が瓦礫で埋まってるから無理だろ」
「攀じ登れ。 そこから全力で敷地外に出て、逃げながら俺の携帯に「藤堂」って登録されてる電話を掛けて向かえにきてもらってくれ」
シドに携帯を投げ渡す。 一度水に浸かったが、防水仕様なので多分大丈夫だろう。
下着を思い出しそうになりながらだと、どうにも集中しきれずに片手になっているのもありニックの攻撃を捌ききれない。
シドに向かおうとしたニックの脚を引っ掛けて転かし、背中に刺さったままのナイフを踏みつける。
それを物ともせずにニックは手足を俺に当てようと暴れまわるが、数歩下がってそれらを回避する。
あれも限界なのだろう。 勿論のこと、まだミミミやシドを追ったり、壁を破壊するぐらいの力はあるだろうが、初めに比べて勢いや力強さが減っていた。
二人が攀じ登っているのを横目に見ながらニックの攻撃を避け、拳で殴って時間を稼ぐ。
やはり元来の耐久力に差があり、能力は無効化させながら殴っているというのに俺の拳の方が先にダメになりそうだ。 そのことに気が付かれたのか、一瞬、俺が手を緩めた瞬間に飛び跳ねてミミミ達の元に行こうとし、俺はニックに飛びついてそれを阻止しようとするが、俺ごと跳んで、二人がいる二階の廊下に移動してしまう。
「ちょっ、水元!」
ニックの拳が本を持っているシドへと迫り、俺はその拳を全力で横から蹴って外させる。
シドのすぐ横の壁が破壊されながら下に落ちていく。 こいつら相手にも手加減は無しか。
ニックの背に刺さっているナイフを乱雑に引き抜き、多少でも出血を気にしてくれることを期待しながらニックの身体を投げ飛ばして、壊れた壁から外に放り出す。
二階なので着地されてはダメージにはならないと判断し、共に飛び降りて空中で体勢を変えられないようにしながら落ち、ニックを地面に叩きつけた。
通常なら死ぬような威力の攻撃だが、それでもまだ、なお立ち上がる。
荒れた息を整え、ニックはフラつきながらも俺へと向かってくる。 あと幾らか攻撃を加えれば倒せるだろうという経験を上回る……倒れない確信が脳裏を支配して、俺の身体を一歩下がらせた。
逃げるべきである。 これ以上の戦闘は割に合わず、無駄に怪我を増やすだけだ。 鈴の能力による治療もある一定までは使い放題だが、使って良い量を越えればしばらく使えなくなる。 おそらく、これ以上の怪我はその閾値を越えるだろう。
それ以上に、不気味な着ぐるみとこれ以上戦うのは避けたいという欲求が強い。 二人が敷地の外に出られるのはいつだ? ほぼ中心からのここからだと……まだ難しいか。
戦うしかない。 逃げるだけの時間はまだ稼げておらず、嫌だと駄々をこねようとやるしか道はなかった。
拳銃を取り出し、ニックに向ける。
「下手に避けてくれるなよ」
生死に関わる可能性の高い頭から胴体は避ける。 手先は指を飛ばし兼ねないので、一応やめておく。脚……ふとももは太い動脈に当てたら危ないか。
……面倒だな。 適当でいいか。
──対心狙撃銃
異能を打ち消す弾丸を銃口から吐き出させてニックの脚を狙うが、当然のように回避される。 流石にそこまで弱っていないらしい。
大聖堂から下がるように移動して、追ってくるニックから離れる。
逃げながら通常の弾丸を撃つことで牽制する。 このままやり過ごせばいいと思いながら相手にするが、相手の考えが読めない。
やけっぱちになっているとも、頭に血が上っているとも思えない。 ここまでの戦いの中で、ある種の信頼を彼に置いていた。
このまま俺の相手にして、あの二人を逃すことはあり得ない。
だが相手は一人で、二人を追わないとなると……。ニックが大聖堂を壊しながら動いていたのを思い出す。 何の考えもなく俺を攻撃していたのだと思っていたが……本当に攻撃をするためだけだったのか?
例えば、扉の前に瓦礫が重なって通れなかった先程のように……通れる道を制限していたとすれば──。
出れなくなっている、あるいはここに来るように誘導されているか。
遠くに二人の足音が聞こえ、ニックが振り返る。
ニックへと発砲するが、背後で有っても見られているために回避される。 これ以上は二人にも当たる可能性があるためしまい直して、素手でニックに向かう。 近くに先程の水辺があるので、上手くそこに誘導して叩き落としてやれば、着ぐるみなのもあって水を吸って動き難くなるだろう。
二人の近くまできたニックの腕を掴み、そのまま動きを止める。 ニックにとっても俺の投げ技は幾分か警戒に値するのか、投げられないように雑な動きを控え、地に根を張るような足取りに切り替わる。
「ッ! 早くいけ!」
何故かミミミに後頭部をバットで殴られ、走っていこうとしたシドの服の裾がニックに掴まれる。
「何やってんだシド!」
「とりあえずパス!」
シドは咄嗟の判断で本をミミミへと放り、ミミミはそれを受け取ろうとして、手を伸ばし──ニックの頭が本へとぶつかり本がミミミの手に渡らずに飛んでいく。
思わずニックの男を見ると彼の頭にはあるべきニックの頭がなく、長髪に眼帯の男がいた。
「ッ……まさか、中に人がいたなんて!」
「いや、そうじゃないだろ! 早く取りに行けよ!」
左手は使えないし、右手はニックを抑えているのでこれ以上は何も出来ない。 ニックはシドの服を掴んでいて、その上俺に抑えられているので動けない。 シドは手足をバタバタとしているが、ダメそうだ。
ミミミは本の方へと走るが、暗い中で真っ黒の本は見つけにくいのか、少し困った様子だった。




