ブックハンター登場 4-2
着ぐるみの脚が破けたことで、移動の速度は俺が若干上回っている。 追い付かれたことで簡単には俺を無視出来なくなっているだろうニックと相対しながら、二人に言う。
「お前らは先に中で探せ! 俺はこいつの相手をする!」
「でも水元!」
「いいから行け!」
「その格好だとすごくシュールだよ! 相手もアレだし!」
若干のショックを覚えた瞬間にニックが俺へと拳を振るい、先ほどと同じように投げようとしたが、突然ニックの動きが止まり、勢いを利用することが出来ずに投げられない。
力の差は如何ともしがたく、相手の力を利用出来なければ簡単に返されるのは目に見えていた。
ニックは拳を大振りから細かい物に切り替えて、それに合わせるように脚の動きも切り替わる。 ベタ足から軽く跳ねるような足使い。 着ぐるみでは信じられないようなフットワークで、それも能力あってのものだろう。
簡単には投げさせてもらえなくなったが、ある程度警戒させたということでもある。 軽微なものかもしれないが、避ける程度にはダメージになったのだと分かれば手応えもある。
こちらも着ぐるみの手の中で拳を握って構え、振るわれた拳を躱しながら後ろに退がる。 いや、意図的に退がらされているのは分かっているが、存外に動きに隙が少なく、見たこともない格闘技だが、熟達した動きだ。
あるいは我流の可能性すら感じられるが、その技もそこらの正規のものには劣っていないだろう。 そして、コンクリートを破壊する威力や速さもあり、一撃直撃すれば終わりだろう。
徐々に追い詰められ、大聖堂の壁に背が着く。 一歩、前に踏み出して、拳を躱しながら、握った拳を振るう。 単純なカウンター、それに加えて、不慣れながらも能力を発動させる。
対心。
瞬間的にニックの腹部の能力を打ち消して、異様な硬さを失わしてから殴り付ける。 会心の一撃、着ぐるみの鎧があろうと俺の腕力で油断していたところを殴れば、そういった油断が脳裏に浮かんでいたと気が付いたのは、目の前に彼の手が見えた時だった。
仰け反りながら弾け飛ぶ。 朦朧とする意識の中で大聖堂の壁で受け身を取り、その壁を蹴って移動し、地上に下りた瞬間に追撃が来る。
何とか凌ぎながら、思考を巡らせる。
──舐めすぎていた。 能力頼りの人間だろうと思って能力を無効化したところを殴れば倒せると思ったが、実際のところは……この着ぐるみ、能力なしで強い。
しかし、痛み分けというにはダメージは俺の方が大きいがあちらにとっても無視出来ない痛みだろう。 ゴリラ程度なら、膝をついて内臓の痛みに悶えるぐらいだ。
こちらは額から血が出て、受け身を取りきれなかった背中から全身への痛みと疲労、それに吐きそうなほどの内臓へのダメージ。
少し頭が冷えたのは利点だろう。
実のところ、能力とは寝ている状況が一番良い、出力にせよ、精度にせよ。
続いて半分寝ているぐらいリラックスしている時、ぐったりダラダラしている時と……基本的に集中状態とは反対の場合に扱えるものだ。 集中状態が極度に現実を見ているとすれば、寝ている状態は反対に能力の世界のみを見ている。
痛みは意識を現実へと引き戻し、強制的に集中させる。 つまり、能力を扱う状態ではなくしていくのだ。
格闘技自体が能力との食い合わせが悪く、ダメージを食らったら尚更だ。 もちろんそれ相応の訓練はしているが……簡単にこの現実への集中を解いて能力を発動しやすい状態持っていくのは手間だ。
現状でも少しは使えるが、無駄に消耗するので使わない方がいいだろう。
近接戦闘と異能力の相性は非常に悪く、ある程度慣れている俺であっても難しい。 敵意も害意も悪意も、恐怖も勇気も現実への集中も、能力を扱うには邪魔になる。
反対に能力の方に集中すれば、現実が疎かになってしまう。
振られた拳を蹴り上げて、ぶつかった衝撃で下に跳ねた脚で地面を蹴ってニックの横を抜ける。
何でこんなところにここまで強い奴がいる。 どうせ分かっていたのだろうから、先に教えてくれていたら良かっただろう。
誰が決めたのかは分からないが、性格の悪いやり口だ。 確かにこれなら、一人でこいつを倒して奪うよりも、俺がこいつを抑えている間に他の二人で取りにいく方が幾分もやりやすい。
少しだけ距離を開けたところで、半歩だけ片足を下げて全身を脱力させる。 打撃は不得意だが、まともにダメージを与えるにはアンチイデアルが必須であることを思えば、最もそれが効率的だ。
脱力。 力むことは押す筋肉のみではなく、引く筋肉にまで力が入ってしまうため、大きく打撃の威力を減衰させてしまう。
力を入れるのは、当たる一瞬のみでいい。
集中するな、集中をすれば能力が弱まる。 集中しろ、全力でやらねばこちらがやられる。
呼吸を整え、男の身体がゆっくりとくることを視認する。 意識を抜かして身体が動き、意識が遅れて拳を振るっていることに気が付き、能力を発動させる。
異能力の無効化を含んだ、全力の拳。 電柱ぐらいは折り曲げることの出来るそれがニックの腹部へと突き刺さり、だが、尚止まることなく進んでくる。
俺を掴もうとした手を躱し、後ろに下がろうとするが、ニックはまるで弱った様子がないようなほどの動きで俺に追いつき、俺の腕を掴みあげる。
能力の問題だけではなく、中身が非常に打たれ強い。 単純な能力なしの戦闘能力では、師匠以上のものかもしれない。
掴まれた腕を着ぐるみの隙間を利用して中に引っ込めて、着ぐるみの中でナイフを操って着ぐるみの腕を切り落とすことで拘束を抜け、それと同時に腹部を殴られて俺の身体が吹き飛んでいく。
空中でナイフから拳銃に持ち替え、ナイフで腕を切り落としたことで出来た穴から腕を出して、能力により消音をしながら発砲する。
数発当たったが着ぐるみを貫いただけで、中身には大した被害が行くこともなく弾は止まった。
俺は空中で落下に抵抗する方法もなく、アトラクションの水場に落ちる。
落ちた衝撃で肺から息が漏れ出る。 反射的に吸おうとした口を生身の方の手で抑え、身体が浮き上がるのを待とうとし……ドンドン沈んでいることに気がつく。
息を吐いてしまったから浮力が減ったのか……。 それに俺、今は体脂肪率何%だ。
ナイフを操って着ぐるみを引き裂こうとするが、水の中では上手くいかない。 そのまま浮かび上がろうにも……よく考えたら水場に入ったのなんて、小学校低学年のプール以来だ。
義務教育の重要性に今になって気が付きながら、水底を蹴って端にまで向かってそこから壁をよじ登って水面に出る。
「ッッハァ!! っ、あいつは!?」
死ぬかと思いながら耳を澄ませるが足音はなく、俺を放ってミミミ達へと向かったらしい。水面から這い出ながら柵を登り、ナイフで着ぐるみを解体して脱ぎ、濡れた身体のまま大聖堂の入り口へと走る。




