ブックハンター登場 4-1
「いや、雨の日が侵入しやすいって当たり前だし、本当にそうならあっちも相応の対応をするわけじゃん」
ぐうの音も出なかった。 どうするべきかとミミミに問えば、トントンと頭に指をやって、ニヤリと笑みを浮かべる。
「頭を使え、水元」
カエルの着ぐるみに身を包み、タヌキと得体の知れない着ぐるみの二人を見る。
こいつら頭おかしいんじゃないだろうか?
「木を隠すなら森の中、着ぐるみになってしまえば紛れられるわけだ!」
「いや、夜中に着ぐるみが出歩くことはないだろ」
「客の方はそこまで気にしないでしょ? そしたら多少不自然な動きをしても大丈夫。 それに……水元の話が本当なら、出てくる職員はそう多くないはずだからね」
ミミミがそう言い、着ぐるみの中から手が出てきて本を取り出した。
「ほら、あっちもよく知ってるわけだから、本持ってたら警戒するでしょ?」
「そりゃそうかもしれないが……。 あと、シドのタヌキの着ぐるみは分かるが、お前のそれはなんだ。 一体なんの着ぐるみだ」
「太陽系だよ」
「太陽系の着ぐるみってなんだ。 太陽系は着ぐるみになり得るのか?」
「なってんじゃん」
なっているけれども。 なっていたらしていいわけではないだろう。 世の中にはやってはいけないけどまかり通ってしまっているものがある、太陽系着ぐるみもその一つである。
ミミミはフラフラと動きながら、木星の辺りを振り回してシドを殴った。
「というか、水元はよく着ぐるみなんて持ってたね」
「ああ、組織の備品にあった」
「どんな組織だよ」
「ほら、着ぐるみをずっと着てる不思議な奴って時々いるだろ」
「いねえよそんなやつ。 あと、ミミミ、なんで僕を殴った」
「頭突きだよ。 実は太陽ではなくて木星に頭が入る仕組みになっている」
妙な体勢の着ぐるみだ……。というか、どうしてそんなものを作ったのだろう。
「そのずっと着てる不思議な奴のフリをして、潜入することが時々あってな」
「待て、そういう奴度々いるのか? それで不審に思われない程度にいるのか?」
着ぐるみの暑さに耐えきれずにカエルの頭を外して息を吐き出す。 どうせあちらが観測して来ないとマトモに動かないんだ。
ミミミの提案した作戦は、非常に力任せのものだった。 俺にとっても相手の本を守る人物にとっても、本の存在を知らしめることは望ましくない。
それこそ、存在を周知されてしまう方が奪われるのよりも避けるべきであるぐらいだ。
相手方で本の存在を知っているのはあまり多くないと思われ、こちらが本を狙っていると思われれば、その連中が出張って来るだけで、他の一般の警備員がくることがなくなる。
あとはそいつらを倒すなり出し抜くなりしたらいいだけだ。
「それにしても、なんで隠す場所がタイニーアイランドなんだろうね」
「貴重な本を安置しようとすれば、電力や設備が必要になるから、個人や施設毎隠しながらで出来る程度の場所だと、電力の供給から探ればすぐにバレることになる」
「ふーん、隠すにはある程度の規模が必要ってことね」
「ある程度限られた中で、この施設は色々と都合が良かったんだろう。 別の理由もあるかもしれないが、何にせよ案外おかしな話でもない」
まあ、そこに発電所まであるような規模だとまた別だが、今説明することでもないだろう。
妙な格好のまま相手に見つかるのを待ち、この格好ってすごく戦いにくいのではないのかと気がつく。
実際不審者だとバレさえしたらいいわけで、全員が着る意味もあまり意味もないので俺が着る必要はないだろう。
とりあえず脱ごうとしたときに、視られる感覚が肌を刺す。 反射的に身構え能力の出所を探り──。
「ん?」
「えっ?」
壁一枚向こうに──。 瞬間、地を蹴ってミミミへと駆ける。 壁の向こう側の何者かが拳を握り締め、何の捻りもなく壁へと振るう。
コンクリート製と思われる壁は容易に貫かれ、男の凶悪な拳がミミミの頭部に命中し、彼女の頭を吹き飛ばす。
「──! ミ……!!」
「っあっぶな! 太陽に頭があったら死んでた」
あまりにも運がない! すぐそこにいたとか、どんな確率だ。
気が抜ける言葉に安心しながら、カエルの着ぐるみのまま彼女の元に向かい、適当に掴んでシドの方に投げ飛ばす。
「ちょっと! 変なところ触らないでよ!」
「今そう言ってる場合じゃないだろ! いいからそいつと向かえ!」
「ボクのくるぶし!」
思ったよりも変なところだった。 腕の辺りを掴んだつもりなのに何故足……シドとミミミ、特にミミミがものすごくよたよたと走る。 あれ、やっぱり歩きにくいんだろう。 脱げばいいのに。
こちらは着ぐるみを脱ぐ暇がなく、相手が出てくるのを待つ。
俺の腕力だとコンクリートの壁を貫くことは出来ず、下手に寄ればそのまま殴られる。 拳銃で撃っても良いが、着ぐるみの中から撃つと技量や能力に関係なくどこに飛ぶか分からない。
何度か壁が殴られ、敵の姿が露わになる。
「……ん?」
「……!?」
何故着ぐるみ。 いや、俺もだけど。
タイニーアイランドの人気マスコットである、ニック・マウス。 ミミミの装備していた耳はそれと同じものだったのを記憶している。
微妙な気まずさが互いの間に流れる。 意図せず時間稼ぎになったと思っていると、ニックの身体が跳ねた。
闇夜、三頭身の身体が俺の身体を飛びこそうとし、長年の経験、あるいは勘が働いたのか意識より早く手を伸ばしてニックの脚を掴み、捻り上げながら地面に叩きつける。
彼自身が飛んでいた威力もあり、常人なら一瞬で意識を奪うだろう一撃だが、着ぐるみがクッションになったのか、ただ相手が特別に丈夫なのかは分からないが大したダメージにはなっていそうにない。
叩きつけた勢いで俺の身体を浮かし、軽く捻って一回転をしながら踵落としをするが、着ぐるみ二つ分の奥に異様な硬さを感じる。
横野と同じ、自身の肉体を強化出来る異能力。
踵落としをした脚を掴まれ、ニックが立ち上がりながら俺を振り回し地面に叩きつけようとし、俺は手で衝撃を受け止めながら叩きつけられた勢いにより脚を捻って振り解く。
数歩後ろに下がった瞬間、ニックが拳を振るいながらこちらに突っ込み、それを反らしながら腕を絡ませ、突っ込んできた勢いを下へとずらして地面に叩きつけるが、気にした様子すらなく拳が振るわれ、腕で防ぎながら後ろに跳ね飛んで勢いを殺す。
左腕が十分に動かない現状だと、少し分が悪いか……?
ふざけた話だが打撃は着ぐるみに阻まれる。
投げ技もマットがあるようなもので勢いが大きく減衰する
組み技や関節技も着ぐるみだと分かりにくい上に膂力で大きく負けているので技量だけでどうにかなるものでもないだろう。
おかしいとは思うけれど、着ぐるみが俺の攻め手を奪っていた。
どうしたものかと思っていると、ニックが振り返って駆け出す。 まさか、二人を追いに行くつもりか。
少し遅れて走っていくニックを追い掛ける。
こうも急いで行くのは、他に仲間が少ないか、それともいないからか。
俺自身、足の速さでは能力なしでは誰にも負けない自信はあったのだが、ニックは異常な速さで走っていき後ろ姿が遠くなっていく。
それでも食らいついて走ろうとし、不意に足が軽くなったと思って下を見たら、着ぐるみの足の付け根を突き破って脚が出ていた。
走りやすくなったが、ニックに追いついたときには既に大聖堂の前で、着ぐるみを脱いでいるミミミ達の姿があった。
「ニック!? それにお前それ……」
「カエルの下半身に人の上半身……まさか、伝説の生き物、カエタウロス!?」
後ろからニックに組み付き、抵抗するより早くに持ち上げて身体を海老反りにして投げつける。
幾ら力が強くとも、体重は変わっていないのだから投げることは難しくない。 もっとも、弱りもしないが。




