ブックハンター登場 3-3
部屋に戻り、一息吐いたところで時間を見る。 まだ8時だ。
携帯電話を取り出すと幾らかのメールが来ていて、たどたどしく操作しながらそれを開く。
どうやら俺があちらの寮に戻れず、食べなかった分は鈴と食べたらしく、その様子……というか鈴の顔が大きく写真で送られてきていた。
そのあとは本当にどうでもいい取り留めのないことばかりで、暇つぶしにメールをしてきたらしい。
利優に言われなくとも食事はするし、寝ることも出来る。
「なあ水元、さっきの依頼のことだけど。 やっぱり頼まれても引き受けないかな。
自主制作の本は探すのが面倒にもほどがあるし、見つかる可能性も低い。 それに見つけたとしても、そんな辛気臭い顔をされるのは堪ったもんじゃない」
「……辛気臭いのは元々そういう顔だからだ」
やれやれとわざとらしくミミミは言い、部屋から出て行った。 おそらく自分の部屋に戻ったのだろう。
「とりあえず、窓から外の様子でも見るか」
「ああ、夜中の人通りとかは見た方がいいな」
シドと共に窓からタイニーアイランドの様子を見る。 タイニーアイランド内ホテルは施設内と外への両方の出入り口があり、夜間は施設内に行くことが出来ないようになっている。
職員しか入らない閑散とした状況で、多くの人が行き交うことが出来る広く見晴らしのいい道は、人の大きさのものが動いていれば、見えにくい格好をしていても目立ちそうだ。
「……これは夜に侵入するのは難しいな。 人がいればあまりに目立つ」
「大聖堂は中心だもんな」
鉄壁の要塞のようにすら感じる。 だだっ広いというだけだが、その分高いホテルは施設の屋外全体を通している監視カメラのようだ。
無理矢理突破してもいいが、それはあまりいい選択ではないだろう。 激しい雨天時になら、まだ目立たなさそうだが。
そんなことを考えていれば、肌に針を刺されたような悪寒が全身を巡り、強張りそうになる身体を無理矢理押さえつけて、自然体に振る舞う。
これは……能力による観測……? 異能により視られている感覚に気持ちの悪さを覚えながら、その出所を探るがあまりに広域を観測しているのか、俺の弱い出力では範囲が足りずに中心が分からない。
異様な緊張感の中、口を開いてシドに告げる。
「……喉が渇いたな」
「ん、ああ、冷蔵庫に飲み物入ってたぞ」
能力者ではないシドは感じられないので気にした様子もなく口を開く。 俺は冷蔵庫に向かって飲み物を取り出して飲んだあと、まだ見られていることを確認しながら、シドの横に行き再び夜景を見る。
シドが侵入のことを言っているところを見られてはならないと思い、別の……普通の学生らしいことを話題に話そうと思うが、上手く思いつかない。 学生経験など、小学校の低学年と、最近潜入した高校ぐらいしか知らないのだから仕方ないだろう。
「……っと、ミミミとは、交際しているのか?」
なんとか絞り出した言葉は妙なものだったが、それだけあって気が引けたのか普通に答えられる。
「そんなわけないだろ。 誰があいつと。 突然どうしたんだよ」
「ああ、俺は交際経験がないから、人から聞いておいた方がいいと思ってな」
適当なことを口走りながら、窓にカーテンをしてから椅子に座る。 まだ見られている。 おそらく、範囲は広いが声までは分からない程度の観測だろう。
「僕に聞くな」
「まぁ、交際の予定とかはないが」
利優と交際したい……というか結婚したいが、好かれていても恋愛感情や云々ではないからな。
思いつかずに適当に振った言葉で落ち込んでしまう。
少しして能力による観測が終わって溜息を吐き出した。
「今まで、能力……超能力のようなもので監視されていた」
「超能力ってまぁ知ってるけど、そんなことも出来るんだな」
「『観測』はかなりよくある能力だ。 ある程度の場所で学んだ能力者なら誰でも使える」
「……水元も?」
「ああ、その能力者の観測範囲より数段劣るようだがな。 こちらもその観測を観測して所在を探ったが、遠すぎて見つからなかった。 相手のはおそらく範囲を円形にしていて、俺が直線で長く細くしても見つけられないぐらいだったな」
「……その観測を観測したのを観測されたりしないのか?」
「それは能力の練度の差があるから問題ない」
能力の探り合いは出力を決める遺伝子とは無関係の、人間の技術、干渉深度によるものだ。 過大評価ではなく、その分野で俺が出し抜かれることはまずあり得ないだろう。
「相手側のは観測といっても、おそらく音や匂いを見ることが出来るほどの精度もなかったしな」
「よく分からないけど……それは風呂を覗くとかは出来るのか?」
「出来るといえば出来るが、出来ないな。 人体はまず能力では見にくい。 それに観測して「見る」と言っても視覚で見ているのとは違うというか……。 入ってきた情報に主観的な価値を認めにくいとでも言うべきか」
「意味が分からないぞ」
「興味が持てないような状況……つまり、同性の風呂を白黒にしてモザイクを掛けて靄がかかったような。 そんな感じになる」
「役に立たないんだな。 ……というか、具体的だな。 水元……やったことあるだろ」
首を横に振るが、一切信じられなかった。
「服の下を観測するのも同じだな。 案外使い道がない」
「やったことあるだろ水元」
「いや、ない」
溜息を吐き出しながら、これからどうやって侵入するかを考える。 おそらく見張りの警備員の一人に能力者がいるのだろう。
「……ここまで強い能力者がいるとは思っていなかったな」
誤算だった。 少なくとも園内にいる状況だと、まともに話すことも出来なさそうだ。
おそらく……観測に特化した能力者だろうから、実戦闘はそこまで強くないだろう。 経験上の物なのであまりアテにも出来ないが。
「とりあえず、俺が合図を出したら、見られていると思って話してくれ。 そうだな……「シドッシー」とお前のことを呼んだらだな。 友人はあだ名で呼ぶこともあるんだろ。 自然だ」
「言うほど自然か? 真顔でシドッシーは不自然だろ」
シドに突っ込まれてから、少し考えるが代案も思い浮かばなかったのでそれでいくことにする。
「……雨でも降らせるか。 そうすれば隠れやすくなる」
「この時期に雨が降るのを待つのか?」
「人工的に雨を降らせるのはそう難しくはない。 まぁ、それをするのは目立つから下手にやればバレるが」
時間が経ってミミミとシドを雇うのが難しくなれば、やはり一人ですることになるが、それでも自然の雨天時を待つ方がいいだろうか。
「面倒だな、色々」
「俺に回されるのは面倒な任務しかないから、慣れているけどな。
お前らが頼まれたのは何日間だ? それを前提に作戦を決めたいが」
「日数で依頼されたわけではないから無期限だな」
それなら割と融通も効くか。 俺の表情を見て、シドが表情を歪める。
「依頼はそうだけど、そんな何日も連れ回されると困るからな?」
「……そうか、学生だったな」
少し前のことを思い出す。 俺にとっては面倒が多く好きではなかったが、利優は楽しんでいた。 数年で環境が変わるとも思えないので、彼女はもう学校には通えないだろう。
「どうかしたか?」
「いや、羨ましいと思ってな」
シドが妙な表情をして、頰を掻く。 微妙な空気が流れ始め、俺は誤魔化すように携帯電話を手に取る。
とりあえず利優にメールを返信しよう。




