ブックハンター登場 2-4
迷子がいることは気が付いたが、下手に目立つのは避けたい。 それに、放っておけば誰か助けるだろうと思い目を逸らし、利優に送るメールの文章を確かめる。
しばらくしても迷子が近くを歩き回っている姿が見え、徐々に首や足が動くのが早くなっている親か何かを探し回っているらしいが、何度も列を行ったり来たりとしているが見当たらないようである。
ああ、列から出たらまた何十分も並び直すからか。 立ち止まり泣きそうになった子供を見ていると、遂に人が動いたらしく人影が見える。
「ん? あれ、シドか?」
「シドッシーだね。 あれはあれであれな奴だから」
「ナンパか?」
「お前があれぐらいの子をそういった目で見る奴というのは分かったよ」
少し話しているようだが、子供が泣き止む様子はなく、今にも泣き出しそうでシドはあたふたと困っている。
「仕方ないね……」
そう言いながら不満気にミミミが列から離れて、迷子の子の方に向かっていく。 はぐれても面倒だと思い着いていき、少し離れたところで様子を伺う。
ミミミに押し出されたシドが隣にきて、ため息を吐きだした。
「……なんか、僕って顔怖いか?」
「子供からしたら知らない男なんてだいたい怖いものだろ」
「そういうものか……」
ミミミが軽く話しをしているのを聞いて、パンフレットを開いて迷子センターを探す。
「とりあえず迷子センターに連れて行けばいいのか?」
「……まぁそうだろうな。 係員みたいなのがいたとしたらそれでもいいが」
ミミミを見るた、やっと子供が落ち着いたらしい。
「ん、で、名前は?」
「……」
「黙ってても分からないよガール。 ボクは超能力者じゃないから……。 いや、超能力者かもしれないけど、そういう方面じゃないから」
「……? かな、です」
「苗字……上の名前は?」
「神林……です」
神林……? 神林、多少珍しい苗字だが、あの神林とは関係ないだろう。 神林はゴリラだが、この神林はゴリラではなく、普通の娘だ。
むしろ、背の割に抜けた感じや天然ぽい感じは真逆で天使のようだ。
「誰と来たの? お母さん?」
「ううん、お兄ちゃん」
「兄か……シドみたいにナンパをしてはぐれたのを見逃したりしたのかな?」
「ううん、お兄ちゃんは近寄るだけで逃げられるから、そういうの、出来ない」
ああ、完全にゴリラだ。 嫌いというわけではないが、今会うのはまずい。 下手をすれば巻き込むことになるし、利優にあることないこと言われそうで恐ろしい。
突然離れるように指示するのも不自然だが、会うわけにはいかない。 運の悪さに溜息を吐きながら、ここは一旦離れることにする。
「シド。 少しトイレに行く。 先に迷子センターに届けてくれ、あとで落ち合おう」
「えっ、まぁいいけど。 ……子供苦手なのか?」
「苦手じゃないが……。 まぁ、少しあって」
適当に言ってから三人とは別の方に歩き、適当なところをぶらぶらと歩く。 人が多いからか、どうにも安心出来ない。 神林に見つからないように警戒しながら立ち止まり、パンフレットに目を落とす。
何箇所か回ったが、本を隠せそうな場所はなかった。
本一冊を隠すのはそう難しいことではないと考えられることは多いが、実際のところ一冊の本をちゃんと隠そうと思うのは非常に難しい。
適当な場所に置けばすぐに劣化する。 紙製品なのだから当たり前だ。
劣化の要因になり得るのは虫害、湿気、光、埃、それに酸素による酸化。 酸化はまだしも、他の四つは対策する必要があるが……結構な規模の部屋がいる。
適当にそこらに穴を開けて蓋をして、などという方法ではすぐに朽ちてしまうので、隠すことの出来る場所は限られる。
今まで回った施設は、建物の大きさと内部の大きさに差異はなかったので隠し部屋があることはなさそうだ。 地下室という可能性もあるが、それなら後で不自然な電気配線でも探せばすぐに見つかるはずだ。
まぁ、怪しいのは、やはり中心にある大聖堂だろうか。 単純に広く、作りとしても向いている。
価値の分かる人間など少ないだろうし、おそらくそこまで分かりにくいように隠してはいないだろう。
あとで回ったときに念入りに調べた方がいいか。 一応神林がいないかを確認してから、たまたま近くを通ったのでケバブサンドを買って食べる。 利優の手料理ほどじゃないけれど美味い。 昼食前だが、適当に腹に詰め終わる。
……なんか気が抜けているな。 銃を操る能力を失ったこともあるのだろうが、肌に電気が走るような緊張感がない。
今買い食いした物も、今日の運動量を考えればカロリーの取りすぎだ。 そもそも味を気にしたり、匂いにつられて買い食いするなど俺らしくない。
いや、味を気にしないなんて、いつの俺だ。 それは組織にいたころだろう。 最近はちゃんと味わっていることが多い。
……よく分からなくなってきた。 無理に楽しもうとしたせいか、自分がどういう奴であるかが不安定になる。
そもそも、俺が母の死以前好きな物って何があっただろう、よく思い出せない。 そういう風になるように訓練したのだから当然だが、気持ち悪さを感じる。
きっと、今頃まともな人間ぶろうとするのが間違っているのだろう。
何千人もいるのだから、一人ぐらい仏頂面していても大丈夫だろう。
「お、いた。 水元、迷子届けたと思ったらお前が迷子になってどうするんだよ」
「……悪いな」
「なんか怒ってるのか?」
「いや、特に。 ……次に向かうのは大聖堂だ」
「……よく分からんけど気を抜けよ?」
ああ、頭の中がグチャグチャとしていて纏まらない。
楽しむ方がいいのか、真剣に挑めばいいのか、どうやったら楽しめるのか、気持ち悪くなる。 誰かを殺すとか、何かを壊すなら単純でいいのに。
人と協力をするのは難しいというのをつくづく実感し、その欠点もいずれは矯正する必要があるだろう。
ミミミとシドは俺の言葉通りに大聖堂に向かっているが、何処か白けたような様子だ。
つまらなさそうな様子で中に入り、華美な装飾のされた聖堂内を見て回る。
奥のステンドグラスを見てミミミが立ち止まった。
「ロリ元、お前、本とか読む?」
「ロリ元? ……必要であれば」
「漫画とかは?」
「読まないな」
「なんか休みの日に何やってるのって聞かれたら困りそうなやつだね」
実際聞かれても訓練しているとしか答えられない。
「どうでもよくないか?」
「無趣味はモテないらしいぞ」
女から嫌われたりはあまりしていないから別にいいのではないだろうか。 鈴にはよく好きと言われている。
「こいつ、勝ち誇りやがった……」
「シド、どんまい」
「うるせえ!」
適当に能力で聖堂の造りを確認しながら歩き、本の匂いに立ち止まる。
「……いや、モテてはいないな。 ……多少真面目にしろよ」
「仕事中に彼女に電話とかメールしまくってる奴が言うのか」
「悪い。 ……いや、彼女ではないけどな、一方的に好いてるだけで」
「そうなのか。 ところでどんな子なんだ。 水元の好きな女子」
「……可愛らしい奴だよ」
「ボクのことかな」
「優しいな」
「ボクのことだ……」
「よく笑う」
「やっぱりボクが……ミミミったら、罪な女……!」
「あと可愛い」
「ごめんね水元、気持ちは嬉しいけど、ボクには妻と娘と義理の父と親戚がいるんだ……!」
「いや、お前とは別人だ」
本の匂いを辿り、聖堂の中を歩くと一つの扉に辿り着く。 壁越しに能力で奥の様子を探ると本棚と本があるらしいことは分かる。 能力の範囲では測りきれないが、建物の外観と照らし合わせれば、かなりの大きさであることが分かる。
ここにあると決まったわけではないが扉に手をかけ、鍵がかかっていることを確認してからその場を離れる。
「……ここの可能性が高いな」
「随分、分かりやすいとこにあるんだね」
「狙う奴もそう多くはないだろう、それに出入り口が限られているし、建築材もしっかりとしているから、なかなか落としにくい」
「ん、水元的には警備とかあったら難しい感じなの?」
「いや、例えば時間を掛けて少しずつ壁に穴を開けて、似たもので塞いで、としていけばいい。 強固なところをわざわざ見張るやつはいないからな」
「出入り口を別に作っていくってことね」
「俺には出来ないが、地面を掘って侵入して盗むようなやつもいたな」
「何そのパワー系」
とりあえず目星はついた。 結構部屋も大きそうだから、慎重に忍び込んだ方が良さそうだ。




