ブックハンター登場 2-3
東京タイニーアイランド。 デート目的で訪れる男女が多いと聞くが、確かに視界にはだいたいカップルが写っていて、羨ましい。
若干の妬ましさを感じるが、実際に利優と来たとして……会話が持つ気がしない。
「とりあえず全アトラクション廻るとして、水元、耳付きカチューシャは装備しないと意味がないぞ」
「……いや、これを俺が付けるのか?」
「耳付きカチューシャは装備しないと意味がないぞ」
「聞けよ」
仕方なくニックというキャラの耳を装備する。
似合わないとシドに笑われてから、ミミミに引きずられて一つ目のアトラクションに乗る。
海賊のアトラクションらしく、そこの話に出てくる盗賊のアジトの洞窟を再現しているとのことだ。 酷く暗いが、足場は悪くなく、転けたとしても怪我をしないようになっていた。
「……よく出来ているな」
人気というのが理解できる。 列に並んでいるけれど、暗さのおかげか、洞窟を模した涼しさのおかげかあまり人混みという感覚ではない。
「……結構待つのな。 よし、シド、何か食べ物を買ってこい」
「自分でいけ」
「……買って来ようか?」
「列の途中で合流はマナー違反だぞ」
「いや、渡したら出口で待っておく」
若干、冷めたような目で見られる。 いや、期待はずれを見る目か。
「楽しむ気がないと面白いもんも面白くならないよ」
よく分からずにミミミを見返すと、ミミミは周りを見渡してから続けた。
「いいか、聞けよ水元。 ……ここに並んでいるほとんどは海賊シグヴァルディのことを知らない」
「……ッ!? なっ、ここはその海賊のアトラクションだろ、そんなことが……」
見渡せばだいたいの人はワクワクとした表情をしていて、心底楽しそうな顔をしている。 興味がない、見たこともないものの模倣を楽しみに来たなどと、信じられるはずもない。
俺の言葉を聞いて、ミミミはあくまでも理知的な態度を崩すことなく続ける。
「日本ではタイニー系列のアニメはDVDを借りたり、テレビの有料チャンネルを見るのが基本になるからね。 リアルタイムで見たりはほとんど出来ないから、興味がある人が疎らに見るぐらいだ」
「だが、それでもそういった人間が遊びにくるんじゃ……」
「30000000人」
「は……?」
「3千万人、この系列のアトラクション施設の、年間での延べ人数だよ。 日本国民の4分の1超。 10年だとなんと3億人。 1000年だと300億人。 1億年だとなんかたくさん」
「千年前にタイニーはねえよ。 計算を途中て諦めるな」
ぽりぽりと頰を掻いてから、ミミミは列が進んだのについてあるいてから俺の方を見直す。
「まぁ、系列じゃなくてここだけなら年間は1800万人ぐらいだし、何回も来る人もそこそこいるけどね。 とはいっても、なんだかんだで日本人の10人に1人はくるレベルなんだけど」
「それでも凄まじいな」
「それで、ここの元になってるアニメは少し怖いところも多くて、タイニーの中だと名前は知ってても実際に見たって人は少ないよ。 でも、アトラクションとしては絶対に名前が挙がるし……」
何が言いたいのかと言うと、とミミミはやっと順番がきた船のような乗り物に乗り込みながら、ニッと笑みを作る。
「元を知ってるから楽しいとか、アトラクションの出来がいいから楽しいとかじゃなくてさ、楽しくなるつもりだから楽しいんだよ。
水元みたいに楽しむつもりがないと楽しくないんだよ」
続いて乗り込み、テンションの高い職員のアナウンスと共に船が動き始める。 洞窟の中で怪しげな作業をしている海賊の声や品もなく笑う彼等の声が響く。 賊らしさは若干足りないが、スピーカーが夥しいほど設置されているのか、実際にそこにいると錯覚させられるほどだ。
足元から感じられる揺れも、その光景の真実味を帯びさせる。 船は根城の洞窟を少しの揺れをさせながら進む。 何処を見回しても没入した世界に崩れはなく、騒ぐ人の声だけが、遠くに聞こえる。
すごいな。 そう口にしようとしたとき、洞窟の出口が見える。 抜ければそこには……海が広がっていた。 真っ黒な波は若干の星明かりに照らされて、揺れて飛んだ雫ばかりがキラキラと目に入る。
上を見上げれば、星空が広がっていた。 プラネタリウムのような作りなのは直ぐに分かった。 けれど、そんなことはどうだってよく、昔の組織で見た星空を思い出した。
「綺麗だね」
ミミミが言う。
「そうだな」
「ああ」
「こういうときは「君の方が綺麗だよ」って言うんだぜボーイ」
「ジャンル違わないか……?」
「真面目かよお前」
しばらく揺られながら星空を見ていると、星空に光の線が走ったのと共に轟音が鳴り響く。 雷の演出らしく、敵かと思って武器を取り出しそうになった。
船が大波に揺られて身体が揺さぶられ、波飛沫……いや、何かの霧のようなものが顔にかかりそうになったのを手で防ぐ。 強い風も加わり、現実味すら感じられる嵐が船を襲った。
「うわっ」
「ちょっ、ミミミ暴れるな!」
「いや、バランス崩して!」
「ちゃんと握ってないからだろ!」
「……お前ら静かにしろよ」
多少呆れながら二人を見ていると、ただでさえ足場が悪いのにシドとふざけていたせいでバランスを崩し、彼女の頭が俺の顎に辺り、頭の中が揺さぶられる。
目眩と波で気持ち悪くなっているうちにアトラクションが終了していた。
「酔ったのか? 情けないやつだな」
「……」
どの口で言っている。 そう言いたくなるが、それはそれで情けないので押し黙る。 海賊の施設から出た後、ミミミがトコトコと別のところに歩いていき、手に飲み物を三つ持って帰ってくる。
「これ、奢りな。 感謝してよ」
「ああ、ありがとう」
「水元の奢りな」
「俺のかよ」
氷の量が多く冷たいのが心地よい、少しゆっくり出来るかと思っていたら、既に二人とも別のアトラクションに向かっていた。
あいつら、本来の目的を覚えているのだろうか。
「いえーい!」
「あ、お嬢さん。 僕の連れが迷惑を掛けて申し訳ない。 もしよろしければお詫びに……」
「ふんっ!」
「ごふっ……」
……普通に楽しんでいるようにしか見えない。 一応、俺だけはそれらしい本がないか気にしておくか。
あと、利優に電話……は先程のことがあるのでやめておくとして、メールを打つか。 出来たらベンチでゆっくりとしながら文を推敲したいけれど、アトラクションの待ち時間にでもいいか。
次のアトラクションの待ち時間に先程のアトラクションのことを綴って送信すると、直ぐに返信がきた。
『この前、鈴ちゃんと一緒に行ったので知ってます』
……いや、別に嫉妬やヤキモチではないけど若干腑に落ちない。 俺は他の女の子と来るだけで浮気扱いなのに、利優は二人きりで遊ぶのか……。 女同士だけど、利優は鈴に結婚しようと言われたら頷きそうな雰囲気だし……。
いや、交際もしていないのでそもそも浮気と言えるはずもないか。
携帯が続いて鳴り、利優と鈴が城の前で自分で写真を撮ったらしい画像が送られてきた。
『今度は三人で行きましょうね』
嬉しい。 素直に嬉しいけれど、利優が俺と鈴をたらしたいだけなのではないだろうか。
「……あのさ、一日で全部回るの無理じゃない?」
「……ホテルは取ってないから日帰りだな。 夏休みだし、周辺には空きがなかったからな」
「えっ、園内のホテルで豪華にシャンパンタワーするんじゃないの?」
「何処の予定だ。 ……制服を着ていたが、未成年じゃないのか?」
俺も飲めなくはないが、未成年な以上はあまり褒められた行為ではないし、学生と共に飲酒をするわけにもいかない。
「ピッチピチの女子高生だから未成年だよ? 嬉しい?」
「そう言えば、水元は何歳なんだ? そんなに年も変わらないように見えるけど」
「17歳だな」
「同い年か、一個下か。 学校とか行ってるのか? 何年?」
「いや、仕事以外では行っていないな。 一応、普通に通っていたら二年だ」
二人とも一応歳上か。 あまり年齢で敬うといったことはしたことがないけれど、日本の学校では多いらしいのでそういうフリをした方がいいだろうか。
「はーん、じゃあボクのが歳上だから敬語なー。 ミミミさんとお呼び」
「3をこれ以上重ねるのか」
「水元、冗談つまらないな」
シドに辛辣に言い放たれ、気まずさを覚えていると列の横に子供が通り過ぎたのを見る。 利優と同じくらいの背丈……小学生の低学年ぐらいだろうか。
「どうかしたのか?」
「ん、ああ……。 あれぐらいの子が一人でウロウロとしているのが妙で」
「で、ナンパしようと?」
「違う。 というか、何故ミミミは俺をそういった性格だと思っているんだ」
「待ち受けがロリだから?」
これが利優であり、同年代だと言えば、間違いなく扱いが悪化すると思われるので無視して小学生ほどの少女を見る。 ……やっぱり、この子迷子だ。




