ブックハンター登場 2-2
ミミミ・シドとの話し合いの結果、こうなった。
「まとめると、ボクは高校に通いながら二歳になる娘を育てる苦労してる系シングルマザーのミミミ」
「ああ」
「お前はそれでいいのか、本当にその設定でいいのか」
「なんだよ、シドぴー……嫉妬?」
ミミミはシングルマザーではあるが恋多き女という設定で、シドはそのミミミに片想い中の男子学生、俺は二歳の娘を我が物にするためにミミミと結婚しようとするヤンキーということになった。
「もうすぐ着くぞ、シドぴー」
「待て水元、一番酷い設定はお前だぞ? 最悪捕まるぞ」
「大丈夫だ。 警察よりも強い」
「頼りになるね。 あとでフアを殴らせてみようか」
「あいつに何の恨みがあるんだよ。 いや、止めはしないが、顔面を重点的にお願いします」
殴らねえよ。 目的の駅に着いたので新幹線から降り、人が流れていく方向についていく。 はしゃいでいる人間が多く、これからタイニーランドに行く人達であることが容易に見て取れる。
流れに逆らうことなく駅から出てタイニーランドに向かう。 もう迂闊な発言は出来ず、若干の緊張感を覚えながら歩く。 顔は楽しそうに出来ているか、腕の振りは、歩き方は。
大丈夫だ。 どちらの組織でも潜入任務も遂行してきた。 いつものように。 そう考えてから気がつく。
そういえば、純粋に楽しそうにする訓練はしたことがなかった。 それを必要とする任務もない。
「水元、笑わなくていい。 不自然だぞ」
「……何を。 笑うところなんだろう。 遊園地は」
小声で言うミミミに言葉を返す。 誰もが楽しそうにしている場所で、いつも通りの仏頂面だと浮いてしまうだろう。
「笑うところじゃなくて、楽しむところなんだよ」
それは一緒のことだろうと思いながら、タイニーランドの前にくる。
東京タイニーアイランドの正面ゲートの前に行き、三人分のチケットを購入して中に入る。
一瞬、ミミミとシドがいることを忘れて立ち止まってしまう。
ここからまっすぐ中央にそびえる大聖堂を中心に、ゲートの中と外であまりに違う景色。 ヨーロッパの街並みを真似ているが、道行く人の数はその比ではなく、まさに一つのゲートを隔てた異世界のように感じる。
「……ここが、タイニーランド……か」
漏れ出た言葉はあまりに凡庸なものだった。 以前、テレビの特集で見た光景が重なる。
そのとき、母が約束してくれた。 いつか連れて行ってあげると。
特集の時に比べ、あまりに変わってしまっているけれど……確かにここは、憧れたことのある場所だった。
「ここ、見たことがあるな」
「デジャブか」
「いや、テレビで見たことがあった。 昔のことだけどな」
行かなくていい。 俺はその時にそう行った、強がりではなく、キャラクター物の場所なのに、そのキャラクターのグッズも持ってなければアニメも見たことがなく、興味を持つのは難しかった。 必死になってテレビにかじりついていたのは、ただ、楽しそうにしている人が……どこにカメラが向いてもいたから。
誰もが愉快そうに歩いている。 話している。 なんとなく思う。
「……利優にも、この光景見してやりたかったな」
そんなことを口にしたら、隣にいるシドがすごい目で俺を見てきた。
「おいおい、何立ち止まってんだよ童貞ボーイズ! そうやって女の子の前で尻込みするからいつまで経っても彼女が出来ないんだぜ?」
「うるせえ!」
「……」
身に覚えがある。 昨日も尻込みせずに押し倒せば……と考えていたら一人で走り去っていくミミミの背中が見えた。
「追うぞ水元! あいつは目を離していたらなんかよく分からないことをしてよく分からないことに巻き込まれるぞ!」
「よく分からないんだが」
「よく分からないんだよ!」
「あははー捕まえてごらーん」
「な、意味わからんだろ?」
そう行ってミミミを追い掛けるシドだが、案外二人共足が速い。
とりあえず離されない程度に走りながら、地図を横目で見る。 あれは頭がおかしいように見えて案外強かである。 何かしら意味があると思いながら地図を見て、発見する。
「……売店か。 シド、俺は先回りをする。 お前はそのまま追い掛けて挟み撃ちにする」
「案外ノリノリだな……」
道幅はひろいが人も多い。その場合、身体が大きい俺よりもミミミの方が動きやすいだろうが、それでも走ることなら負けはしない。 あえて道を外れて人の少ない方にいき、速度を上げる。
驚いた表情で俺を見るミミミを追い抜かす。 シドも追いつけてはいないものの順調に近づいていて、捕まることも難しくはなさそうだ。
そう思っていると、ミミミが俺の後ろを指差した。
「あっ、美少女がパンチラしてる!」
振り返ろうとした瞬間に頭に衝撃が走る。 看板にぶつかったらしく、一瞬視界がチカチカと定まらなくなりながら走る。
「……うわ、マジで引っかかった。 引くわ」
「騙しやがったな!」
若干の恨みを込めた目を向ける。 俺の頭の心配を少しはしてくれたのか少し立ち止まっており、これならシドが捕まえてくれるはずだ……と思っているが、シドが来る様子はない。
何をしていると思って後ろを見ると道端にシドが倒れていた。
「……引くわ」
「……違う。水元が思い切り頭をぶつけたから、心配して見ていたら転けただけだ」
「……俺も、シドが転けたから心配になってだな……」
「時空が歪んでんじゃねえか」
再び逃げ出そうとしたミミミを捕まえて、息を吐き出す。
「……売店に行くなら普通に歩けよ」
「いやさ、ボクらの人生って短いのにこんなゆっくりと歩いていいものなのかな」
「僕はいいと思うが」
「だからシドはモテないんだよ。 なぁ水元」
俺に同意を求められても困る。 そもそもシドのことは童貞で緊縛好きなこと以外はほとんど知らないのだ。
軽く息を切らしている二人と共に売店に入り、見回す。
ぬいぐるみなどのファンシーなものを中心に様々な小物や可愛らしいものが溢れている。 土産物に良さそうで、利優や鈴に買って帰ろうかと思ったが……。
「今買ったら手が塞がるだろ」
「いや、郵送あるから大丈夫大丈夫。 それに後にきて、ニッキーマウスの耳カチューシャを新幹線で付けるという無様を、ボクは晒したくない!」
「付けなければいいんじゃないか……?」
とりあえず、利優が喜びそうなものを買うか。 菓子は好きなはずなので、適当に何種類か買うことにする。 小物のようなものはどれが好きなのか分からない。 昨日聞いていたら良かったか。
「なぁ水元、ボクほとんど金持ってきてないんだけど」
「あ、僕も持ってないからよろしく頼むな」
「……とりあえず、これだけあったら充分だろ。 俺は外で電話するが、絶対に騒ぐなよ。 絶対だからな」
金を渡し、念押ししてから携帯電話取り出し、人気の少ないところにまでいって利優に電話を掛ける。 今の時間なら仕事もないから鈴といるはずだ。
呼び出し音が何度かなってから、ぷつりという音と共に利優の声が聞こえる。
『はーい、もしもし、先輩が大好きな利優ですよー。 お仕事中なのに掛けてきちゃって、甘えんぼさんですね』
「…………」
『無視はちょっと寂しいです。 どうしたんですか?』
「ああ、任務でタイニーアイランドに来ているんだが……」
『……任務でタイニーランド?』
「詳しくは言えないが……」
不審そうな利優の声に釈明しようかと思ったが、任務な以上はぺらぺらと口に出すことは出来ない、詳しく理由も言えないのに遊んでいるわけではないと必死に言えば反対に信用がなくなると思って言わずに済ませる。
「それで、せっかく来たから土産物を買っていこうと思うんだが。 好きなキャラクターとかはいるか?」
『んー、ボクはタイニーのキャラはそんなに知らないですから……。 先輩がちゃんと帰ってくることがお土産でいいです。
あ、鈴ちゃんは海賊の奴が好きだったはずです』
「ああ、分かった、じゃあなーー」
「見て見てー! ニックの耳っ!」
電話を切ろうとしたとき、後ろからミミミの声が聞こえる。 慌てて電話を切り、ミミミの方を向けば買って来たらしいファンシーなネズミの丸い耳を付けたミミミと黒い眼帯を付けたシドが立っていた。
「どうかしたのか?」
「いや、多分大丈夫だ」
もしかしたらミミミの声が聞こえたかもしれないが、まさか利優も俺に話しかけているとは思わないだろう。
土産物をささっと買おうと携帯をポケットに突っ込んだ瞬間、それが震える。
冷や汗と共に画面を見ると『塀無 利優』と表示されている。 やっぱり何かしら欲しくなったとかだろう。 そうに違いない。
『あ、もしもし、先輩。 女の子の声が聞こえた気がするんですけど……』
「……他の客の声が入ったんだろ」
「水元、まだ電話してるのー? 早くしないとビッグウェーブに乗り遅れるぜー」
『……』
「……」
下手に誤魔化そうとした分だけ気まずい。 絶対変な誤解をされているような気がする。
『水元、って、聞こえました』
「任務で同行してる人だ」
『……じゃあなんで嘘を吐いたんですか』
問い詰めるような言葉に言葉を詰まらされながら、手で二人を制して、ゆっくりと二人から離れる。 嫌な汗がダラダラと流れ、何故かミミミとシドも着いてくる。
『とつぜん切りましたし』
「……少し急いでいたからだ」
『そもそも任務でタイニーランドって、訳が分かりませんし』
「いや、本当に任務なんだ。 信じてくれ」
言えば言うほど信憑性が失われる気がする。
電話越しの利優の声が心なしか低くなっていて、明らかに疑われてしまっていた。
『……この前、突然、別れ話みたいなのして来ましたよね』
「それは……悪かった。 そっちの方が利優のためかと思って」
『……それで今回は女の子と二人きりでタイニーランドですか。 あー、そうですか』
「い、いや、二人きりじゃない。 その助手らしい男も一緒だ。 三人で、変なことではない。 なぁシド」
助けを求めながらシドに携帯を向けて話しかけるが、シドは手で口元を押さえながらうずくまり、声を隠して笑っている。
『……聞こえませんけど』
「シドッ! てめえふざけんな」
意地でも声を出させてやろうと思い近づくと、ミミミが立ち塞がり、鼻を摘みながら声を出す。
「おう、俺も一緒だぜ!」
ミミミは鼻声でそう言った後に、親指をグッと立てて俺に笑いかける。 助かった、そう思っていたら、携帯から利優の低くなっていく声が聞こえる。
『……鼻声ですけど、さっきの女の子の声ですよね』
「い、いや、それは、その、違うんだ」
『何がですか』
「ほら、本当に浮気だったら、わざわざ電話するはずがないだろ?」
『……タイニーランドにきたって報告することで、存分に思い出を持ち帰るためかもしれません』
どうしてそういう発想になるんだ。 どう言い訳をしようかと迷ったいたら、利優の鼻をすする音が聞こえた。
『……もう、いいです』
「いや、本当にーー!」
ぷつりと、電話が途切れた。
「なぁシド、こういう修羅場って本当にあるんだね」
「男女の機微って難しいな」
のんびりと話している二人はあとでコンクリートに背負い投げをすると決め、急いで電話を掛け直す。
『……掛け直すのが遅いです』
「いや、すぐに掛け直したんだが」
なら始めから切るなよとは思ったが言わず、なんとか信じてもらえるように言葉を紡ぐ。
「今回の任務、本当にタイニーアイランドであったことを示すようなものを利優にも見せていいか尋ねてくる」
『……タイニーランドが任務なのが事実でも、任務中心に無関係の女の子を連れてる可能性もあります』
「本当に信じてくれ。 ……俺が好きなのは利優だけなんだ」
もう情に賭けるしかない。 そもそも、離れようと思っているので勘違いされていてもダメじゃないはずなんだが……利優が泣きそうなのは嫌だった。
「水元が浮気男の常套句みたいなのを言い始めたな」
「シドはあんな男に捕まっちゃダメだからね」
「なんで僕がだよ」
好き勝手言われている中、とりあえず感触があったのでこの方向で誤解を晴らそうとする。
「俺は利優以外を見たりしないからな。 ずっと君のことが好きだ」
『ん、んぅ……それは、知ってますけど……』
「そうやって心配しているのも可愛いけど、笑っている利優の方が好きだな」
『し、仕方ないですね。 信じたわけじゃないですけど……。 仕事なら、仕方ないですし』
「ありがとう、好きだ」
『し、知ってますっ!』
ぷつりと電話が途切れ、とりあえず許してもらえたと息を吐き出す、冷や汗が出まくったのか、単純に暑いからか服が濡れて気持ち悪い。
「利優ちゃんチョロいな……」
「うん。 水元の声しか聞こえてないけど数え役満の状態から、好きと言うだけで許されてたね」
知らない間に利優がチョロいやつ扱いされている。
あとでコンクリートに背負い投げしよう。 今は、機嫌取りに土産物でも買うか。




