激闘! 球技大会!1-3
先輩って、頬を掻く仕草が多いですよね。
以前利優に言われた言葉を思い出す。 意識はしていなかったが、事実そうなのだろう。
そう考えながら、また頬を掻いている。
べたりと、不快な血がまだ頬に垂れている気がしてならない。
引き金を引くのと似た動作で頬を掻いている。
血液が染み付いた頬ごと、銃で吹き飛ばしてしまいたいのだろうか。
暗い部屋で、ブレスレットの形に変化させている拳銃を触り、それを元の拳銃の形に戻していく。
震える手で拳銃を握り、引き金に手を掛ける。 銃弾は入っていない引き金を引こうとするが、指が固まって引くことが出来ずに立ち竦む。
寒さで酷くかじかむように指の先端から感覚が失われてガタガタと情けなく震えてしまう。
情けない。 情けない。 どうしようもなく、醜い。
そのまま拳銃を握って部屋から出て、隣の部屋の扉に手を掛ける。
無用心に鍵も掛けていない部屋に入って、寝息を立てている利優の前に立つ。 指先の震えは止まっていた。
「今日、一緒に寝てあげましょうか?」俺は利優の言葉に首を横に振った。
だから、これはただの卑怯でしかない。 寝ている利優の小さな白い手を触り、もう片方の手に握っていた拳銃の引き金を引く。
俺はまだ戦える。 まだ、きっと戦うことは出来る。
寝ている利優の隣。 少女の呼吸する小さな寝息、部屋の中の薄く甘い匂い、一人の部屋よりもほんのすこしだけ暖かい室温に、薄暗い照明の光、何より気を許せる人が近くにいるということ。
その安心感に浸るのは、どれほど間違っているのか。
分かってはいても、あと少しだけここにいたい。
◆◆◆◆◆
「テニスの練習をしよう」
クラスの中心人物である中島が、俺にそう声を掛けた。
どうやらこの昼休みと午後の体育の授業に二年はテニスコートを借りて練習をすることが許されているらしく、球技大会でテニスに参加することになっている人達で集まって練習をしようということらしい。
俺と利優もテニスの練習をしなければならないということで、中島に半ば強制的に誘われたわけだ。
利優の作った弁当を腹の中に入れたあと、横野に連れられてテニスコートに向かう。 横野はテニスコートに付いてすぐに教室に戻っていった。 面倒見のいいやつだ。
「利優は制服のままだが、練習出来るのか?」
「ん、下にズボン履いてるので出来なくはないですけど……。 そもそも運動苦手なので、そんなに練習する必要もないかと」
まぁ、男女で別れていたとしても、利優の体力ではいくら練習しても一回戦勝ちも出来ないことは間違いないだろう。
「蒼くんって、ルール知ってるんですか?」
「あれだろ? ラケットでボールを叩く」
「原始人並みの洞察力の鋭さですね」
利優は時々、言うことが凄く酷い。
まぁ練習をしている姿を見ていたらだいたい分かるか、と眺めていると中島が声を掛けてきた。
「二人は練習しないのか?」
「あ、ボクはまだ体操服が届いてないので……」
適当な理由でごまかしている利優の横で、中島から学校の備品であるテニスラケットを渡される。
「水元、君はするよね? 制服が汚れるぐらい気にしないだろう?」
「まぁ、そんなに気にはしないけど」
利優の方を見ると、親指を立てて俺に向けている。
「ガンバですよ、先輩」
「ルール分からない……」
だいたいは分かるだろうと中島に押し切られて、テニスコートに立たされる。
初めは中島が打つらしく、サーブと言われる物が俺側のコートに入り込み、隣のコートの見様見真似で打ち返す。
「おお! 水元は経験者なのか?」
「っと、いや、初めてだ」
案外簡単に打ち返すことが出来ているが、それは中島が俺の近くに打ってきてくれているからだろう。
テニスの経験者なのか、他の人に比べて明らかに滑らかなフォームをしているので、参考にはなりそうだ。
もちろん、球技大会で本気を出す予定はないが。
中島のフォームを真似ながらラリーを続ける。 五月に制服のまま動き続けるのは暑く、とりあえず終わらせようと際どいところに打ち込んで、アウトだったのか中島はそれを見送った。
「……最後こそ外していたが、本当に初めてやったのだとしたら物凄いな。 これなら、もしかしたら打倒神林も不可能ではないかも……」
「神林?」
「おう、1組の化け物だ」
中島はボールを手で弄りながら、顔をコートの外に向ける。 視線の先にいるのは、かなり筋肉質の男だ。
「テニス部のエース、神林。 余裕で全国大会にも出場するような猛者だ」
打倒出来るわけないだろ。
そう思ったのが顔に出ていたのか、中島はそれを否定する。
「いや、多分本気出すことはないはず。
神林が本気で打ったら、ラケットで受け止めても身体ごと吹き飛ばされるし」
「それはおかしい」
つまらない冗談にため息を吐いてから練習を続ける。
フォームはこんなものでいいとして、腕の振り方の調整、角度の付け方と振る速度、左右への打ち分け……回転などは一朝一夕で身につくわけもないので、とりあえず打ち返せたらいいか。 前後に揺さぶるのや、緩急も球技大会では必要ないだろう。
ボールに近寄り、打つ。 また近寄って打つ。
軽く汗を掻いたところで他の人に備品のラケットとコートを譲り、利優の元に戻る。
「様になってましたよ」
「そうか?」
「ん、あと……」
利優は俺に小声で尋ねた。
「能力は使っていませんよね?」
俺の能力は銃を操る力だが、それだけというわけではない。 俺に限らず、能力者全員に当てはまることではあるが、能力者は空間を把握することが出来る。
端的に言えば、視覚などよりも正確且つ速く知覚することが可能な第六感がある。
球技において、それはかなりのアドバンテージになり得るが、俺は首を横に振った。
「それは卑怯だろう」
「んぅ、すみません、変なこと聞いて」
「いや、別にいいが」
まぁ、俺程度の能力者であれば、その第六感を使っても大して強くはならないだろう。
精々相手がボールを打った瞬間に飛んでくる場所と時間が正確に分かる程度だ。
銃火器の感知ならば、もっと深く理解出来るのだが、残念なことにテニスに銃火器は使われない。
利優に飲み物を渡されてそれに口を付ける。
「利優も一応練習した方がいいんじゃないか」
「先輩がボクのパンチラが見たいというのは分かっていますが、今日は制服なんで……」
そのスカートの丈で見えるはずがない。 というか、さっき下に履いてると言ったばかりだ。
「いや、ボクの場合先輩と違って常時見っぱなしなんで、ズルいかなって」
「それでも打ち返せないから問題ないだろ。 少しは練習した方が」
「先輩は真面目ですね……。 でも、勘弁してください。
他の人の見学ってことで」
今日のところは仕方ないか。
……いや、そもそも学生が本業ではないのでそんなに頑張ってやる必要もないか。
利優と共に見学をする。 とりあえず、その神林というテニスが上手い奴の真似をしたらいいか。
そう思って眺めているが、神林が軽く打ったボールでさえ他の人が受けようとするとラケットごと吹き飛ばされて終わる。
テニスなんてやったことがないので、そういうものなのかもしれないが……少しおかしくないか。
「先輩、これ……多分、あのマッチョの人……」
利優はそれ以上言うことはなかったが、確かに間違いない。
2年1組の神林は……能力者だ。




