ブックハンター登場1-1
本の回収ぐらい一人で出来る。 そうは思ったが、断って失敗してしまった時は目も当てられない。
一冊の本を探すのならば人手もあった方が楽だ。 人と協力するのは苦手だが、その練習と思ってしたらいいだろう。 何せ、今までとは違ってこれからの任務は協力することが増えるはずだ。
そう思いながら、協力者の指定した住所まで来たのだが……。
「学校?」
もう一度住所を見て、地図と見比べる。 間違いはなく、高校に呼び出されたらしい。
学校の職員だろうか。 流石に学生が本を収集するプロである「ブックハンター」の凄腕ということはないだろう。
道礼高校。 夏休み中なのか、部活動に精を出している生徒以外では人は少ないらしく、俺も私服ではあるがそれほど目立たず浸入することが出来るだろう。
俺も年齢としても不自然ではないので、そのまま正門から中に入る。
資料に目を通すと美海実という名前の人物らしく、名前からして女性であるように思われる。
話をすることは通しているので、グラウンドで生徒を指導している女性教員ではないだろう。 時間がありそうで、目立たない位置にいる女性。
間違ってもあの屋上に仁王立ちで立っている女の子ではないだろう。 下着が見えそうだが……遠すぎて見えない。
とりあえず、こんな人の多いところではないことはあり得ないと判断して、校舎の裏に行くことにする。
すれ違った女子生徒達がコソコソと話をしていたので、情報を集めたいと思い少し歩く速度を落とす。
「また出たらしいよ、女子更衣室に忍び込んだ変態」
「えっ、きもいね」
「授業中になくなったから、外の人だって、鍵とかちゃんとかけないとねー」
「うわ、早く捕まってくれないかな」
あまり関係のない話だと思いながら、校舎の周りを歩いていると、体育館の横で黒い服を着た中年の男が鼻息を荒くしながら、壁の下部にある窓に張り付いていた。
うわさ話を聞いてから、二分経っていない。
流石に早すぎるというか、おそらく不審者だが、不審者にしては不審者しすぎているために不審者という確信が持てない。 不審者であったとしたらもう少し不審者じゃないフリをするだろう。
もしかしたら体育館の下部にある窓から体育系の部活動をしているところを見るのが趣味な教員の可能性もある。
その場合、逆に俺が不審者であるように思われるだろう。
いや、しかし、放置していいものなのだろうか。 協力者であるブックハンターもこの学校の関係者なのだし、協力的であることを示すことには使えるだろう。
ゆっくりと中年の男に近寄り、声を掛ける。
「……おい」
男はピクリと肩を震わし、俺の方に顔を向ける。
目が合うのと同時に、ダッ、と音が鳴る。 男は見た目に似合わない速さで地を蹴って移動するが、俺の方がよほど脚が速い。
走って追いすがるが、追いつかない。 コーナーの動きが男の方が優れており、この学校を知り尽くしていることが手に取れる。
地の利こそ相手にあるが、単純な脚力では遥かに俺が優れており、時期に追いつくだろうと思えば、おっさんは太った身体を跳ねさせて一階の窓の縁に脚を掛けてまた飛び跳ね、窓から二階の校舎に浸入する。
太っているのにすごい運動神経……。 感嘆の息が漏れ出るが、それどころではないので、俺も跳ねて二階の窓の縁を掴み入る。
ちょうど男が扉を開けて逃げたところで、急いで追いかける。 廊下を駆けていく男を追う、一階に降りたところで、女性の悲鳴らしい声が聞こえて脚を止めてそちらに目を向ける。
どうやら人気のある男子が歩いていて黄色い悲鳴をあげられただけのようだ。 イケメン死ね。
そんなことを思っているうちに男は廊下を駆けていて、何処かの部屋の中に入ったので俺もそこに走る。
入ると共に感じた慣れない制汗剤の匂いに顔を顰める。 いくつものロッカーが並んでおり、女性らしい匂いがする。
女子更衣室か。 外に出て追いかけようと思ったが、窓が開いていない、鍵もかかっている。 もしかして、ロッカーの中に隠れたのか?
いや、全然ロッカーの中を見たくもないが、もしかしたら隠れているかもしれないので、手に近いところのロッカーに手を掛けて、開ける。
「……」
「……」
「……お先しています」
「……ああ」
別の男だった。 制服を着ている様子から男子生徒らしく、ブラジャーを頭の上に乗せながら、当たり前の状況のように俺に言う。
これはどうしたらいいのか。 迷っていると廊下から足音が聞こえる。
見つかる→学校関係者ではない男が女子更衣室に忍び込んでいる→捕まる。
そのパターンが脳裏に浮かび、急いで隣のロッカーに手を掛ける。
「……」
「……」
「……お先しています」
「……ああ」
さっきのおっさんである。 だが、ここで揉めたとしても、おっさんと男子生徒と共々俺もお縄である。 閉じていくロッカーを目にしながら隣のロッカーを開けて中に入る。
扉が開き、胸の大きな女生徒が更衣室の中に入ってくるのをロッカーの隙間から見る。 ……着替えだろうか。
反対側のロッカーを開けた女生徒を見て、息を吐く。 とりあえず、三人で静かにしていればバレることはないだろう。
このまま見ても良いものか、利優に悪い気がしてどうにも目を逸らそうとするが、しかし胸が大きいのだ。
悪い利優。 心の中で謝ると、女生徒は何かを持って廊下に出て行った。 残念なような、そうでないような。
とりあえずロッカーから外に出る。 おっさんと男子生徒も出てきており、二人と目が合って微妙に気まずい。
「……いや、僕は覗きをしようとしていたわけではないからな。 二人とも……ここの人じゃないな、見たことがない。
最近噂になっている盗難事件の犯人か」
男子生徒がブラジャーを頭に被りながら謂れもない疑惑を俺に掛ける。
「いや、俺はここに用が合ってきたら、覗きをしていた男を見つけたから追い掛けただけだ。 むしろ、頭にそんなものを被っているお前が犯人だろう。 どうせ繰り返し似たようなことをしているんだろう」
「してねーし! 三回しかしてねーし!」
「やはり盗難犯か、突き出してやる」
「違う! というか、学校に忍びこんでるお前らの方が怪しいだろ」
ぎゃーぎゃーと騒いでいたら、また足音が聞こえる。 おっさんが俺と男子生徒の肩をたたき、頷きながら言う。
「……まぁ、お仲間同士仲良くしよう」
「……」
一緒にされたくはなかったが、それどころではなかったので窓から三人で脱出する。
「抜け出したのはいいけど、鍵が開いてるからバレるんじゃ……」
男子生徒の言葉もその通りなので、窓ガラスに手を当てて二人からは見えないようにしてから、能力を発動する。
イデアルジーンにより、窓の鍵を閉め、適用外の物を無理矢理動かすことへの疲労でぐったりとしながら既に逃げている二人の後を追った。
暫く走り、校舎裏で三人の男が息を切らせながら座り込む。
「なんとかなったな」
と、おっさん。 微妙にリーダー面しているのが腹立つ。
「そうだな」
とりあえず同意するが、この男はどう考えても不審者だろう。
「……僕もこの学校の生徒だから、見過ごすわけにはいかないな」
「……下着を被りながら言う言葉か?」
「……いや、これはこの男が盗んだ物を取り返しただけだ」
「そうだろう?」眼鏡の男子生徒は目をキリとさせながら俺に同意を求める。
……盗難犯の男子生徒と不審者の男。 どちらの方が社会的な信用があるかを考えーー。
「盗難犯を捕まえた勇気ある男だな。 賞賛を送りたい」
「よし、じゃあこの不審者を取っ捕まえて……」
「く、くそ!」
逃げようとした男の手を掴み。ひねり上げて地面に押し倒し、後頭部を殴り付けて黙らせる。
あとはこの男子生徒に任せるのが一番だろう。 そう思っていると、俺の上に影が生まれ、何事かと顔を上げる。
俺の上にスカートをはためかせている少女がプラスチックのバットを持っていてーー。
「ばこーん!」
勢いよく俺の頭に振り落とした。 ピンクの水玉だった。 そう思いながら、勢いに負けて地面に倒れる。
「大丈夫か志度! ボクが助けにきたからな!」
少女はそう言いながら太った男に走り寄る。
「いや、どう見てもこっちだろ! それと僕をなんで間違える! 類似点の方が少ないよ!」
「あっ、そっちがシドくんか。 緊縛物が好きそうな方がシドくんかと思ったんだ。 ごめん」
「僕をどういう風に見ているのかを確かめたいんだけど」
「緊縛好き」
「好きだよ!」
「……え、引くわ……」
そんな会話を聞き、なんとか立ち上がろうとしたところ、少女がそれに気がつき、俺の方に近寄り、手に持っているバットを振り上げる。
「ちぇすとぉ!」
ピンク色はずるい。 避けたら見えなくなる、避けられない。 俺はその感想を抱きながら気を失った。




