いつも抱える心 3-3
人を遠くに感じる、距離が離れているのはもちろんのこと、一番人を遠いと思うのは、近くにいるのに理解出来ないことだろうか。 知りたくても知りたくても理解出来ない。 手で触れられるほどに近くても、やはり遠い。
それを思いながら、私は実家に帰るため電車に揺られる。
◇◆◇◆◇◆◇
新設された新しい班、異端者管理班の顔合わせよりも早く、任務が下りた。
いや、正確にはまだ人が集まりきっていないので、それが出来たわけではないが。
今はまだ異能処理班扱いか。 整合性の取れていない任務だけれど、肥大化しているこの組織であれば、下手を打たなければバレる心配はない。 バレたところで大した問題にもならないだろう。
東京タイニーランドという遊戯施設に置いてある本の窃盗である。 異世界の史実について書かれた本など、どれほど信用がおけるか分からないが、任務なので頷いておくしかない。
まず行うことは装備の手入れである。 一番重要である拳銃を手にし、能力を発動して直そうとするが、能力が発動しない。いや、若干の手応えはあるが、今迄よりも遥かに弱く……それこそ能力と呼べるほどの性能ではない。
銃を操る能力の喪失。 それは……利優の望むものであり、同時に俺の薄情さを伝えるものでもあった。
……利優はもう安全だ。 部署は変わり、俺は機密性の高い部署に行くので仕事を一緒にすることもなくなるだろう。 仕事のない時間も合わない。
それに、何より……俺をはもう銃を操る能力を失った。
理由を見つけようと、するが……そんな都合の良いもの、あるはずがない。
「せんぱーい、ご飯でーすよっ!」
利優の声に肩が震え、思わず背中に拳銃を隠す。 利優は手には何も持っておらず、利優の部屋に行けということらしい。
利優は俺が咄嗟に銃を隠したことを不審に思ったのか、不思議そうに俺の後ろを覗き込もうとし、俺はそれを隠す。
「何してたんですか?」
「たいしたことではない」
「たいしたことじゃないなら教えてくださいよ」
利優はぴょんぴょんと俺の背中を見ようとするが、利優に遅れを取るほど間抜けでもない。
「……えっちなやつです?」
「違う」
「なら見せれるはずですっ!」
「利優の中だと隠すものはエロいのだけなのか。 色ボケが」
「ち、違いますよっ! 先輩がえっちだから、隠すとしたらえっちなものだろうって! えっちなのは先輩ですっ!」
利優が必死で反論する中、隠していた銃をポケットに突っ込み、代わりに取り出した携帯を操作……とは言っても待ち受け画面を立ち上げるだけして、そこに置く。
「どうせ、えっちなものを……」
そう半目で言いながら俺の後ろを覗き込み、顔を真っ赤にして離れる。
「な、なななんでっ、僕を待ち受け写真にしてるんですかっ!」
「待ち受け画面の変更の仕方を習った」
「そういう話じゃないですっ! いつこんな写真を撮って……!」
「それは許可を得たはずだ」
「こんなことすると思ってなかったんですっ!」
利優が手に取って何かしら操作しようとしたので、携帯を取り上げてポケットに突っ込み直す。
「消されたら困る」
「恥ずかしいですっ!」
顔を赤くした利優は俺の方に手を伸ばし、携帯を奪おうとするが身体能力の差は歴然であり、俺に触れることすら出来ずに手が空振る。
手を俺に向け、小さく口を開く。
「……そのスマホのロックを掛けますよ。 ボクの能力なら、電子機器であろうと、全ての「鍵」を操ることが出来るのは知ってますよね? めちゃくちゃな番号でロック機能使いますよ」
「暗証番号がなくとも電話には出れるし、待ち受け画面は見れるだろう。 問題ない」
「問題ありまくりですよ!」
「するならしたらいい。 俺はそれでも困らないからな」
それだけ言い切ると、利優は不満そうに俺の顔を睨む。 勝ちを確信し、利優の作った料理を食べに行こうとしーー。
「……先輩のこと、嫌いになりますよ?」
「すまなかった」
すぐに頭を下げて両手で携帯電話を利優に手渡す。
「よろしい」
利優は俺の携帯を触り、操作していく。 利優に教わることもあるだろう、同じ機種にしていたせいもあり、ほとんど詰まることなく俺よりも手早く操っている。
「……なあ利優」
「なんです? 待ち受けは猫ちゃんにしておきますね。 データはボクの携帯から送るので」
「写真は消さないでくれよ?」
「流石にそれはしませんが…………大量にある盗撮っぽいのは消しますね」
「いや、それは盗撮ではなく、許可を得るのを保留にしていただけで……」
無情にも利優の手で消えていく写真……。 少し落ち込むが、生贄に捧げた時点である程度の覚悟はしていた。 それに、普段見ているのは難しい電子媒体ではなく現像しておいた写真なので、大して問題ではない。
その現像した写真は利優には開けられないように、鍵のついていないただひたすら固い締まりの箱に入れているので見つかる心配はない。
「……先輩」
「なんだ」
「ボクのことが大好きなのは分かるんですけど、盗撮はダメです。 犯罪です」
「いや、俺が撮ったのは顔などだから罪に問われることはない」
そもそも犯罪ばかりしているのに、軽犯罪など今更といった感覚である。
「……とりあえず止めてください」
「……知っていると思うが、俺は利優のことを好いている」
「知ってますよ」
「これからしばらく離れることになる」
「相談なしで先輩が勝手に決めましたからね」
「……写真くらい、いいだろう」
「ダメです。 甘やかしたら反省しません」
カメラ目線の写真の少なさを補いたかったが、最近なんとなく利優が厳しい。
「勝手に写真撮るのも、勝手に何でも決めるのも、ダメです」
「それしか手がなかったのだが……」
「それでも、話をしてください。 遠くにいるみたいに感じて、寂しいです」
それだけ言って、利優は後ろを向いて歩く。 少し頰が見え、赤く染まっていた。
「鈴ちゃんは、趣味が悪いです」
「利優もこの前、俺のことを好きだとーー」
「うるさいです。 気の迷いです」
「昨日も三人で結婚しようとーー」
「鈴ちゃんをボクのものにするために先輩を利用しようとしただけです」
利優が先々とマンションの廊下を歩き、俺はそれについていく。
彼女の部屋に辿りつき、バタバタと足音を立てながら利優は部屋に上がっていく。
続いて部屋に上がると料理の匂いが鼻腔に入り込む。
「ボク、先輩のことなんて好きじゃないですからっ!」
「俺は利優のことが好きだけどな」
席に着いて、手の込んでいる料理を見る。
ぼうっと立ち尽くしている利優を見ると、顔を赤くして目を潤ませている。
「先輩のそういうとこ、卑怯です」
ぼそり、不満げに呟いた彼女を見て、一応伝えておくべきかと口を開く。
「……傷は完治していないが、新しい任務に就く。 今回は早ければ一日二日で終わるものだが、その後は異能処理班の部署から離れるな。
より機密性の高い部署に異動することになるから、まぁ色々と不都合が出る」
「えっ、あの……それは、どういう……」
「しばらくは会わないことになるな。 料理もありがたいが、もういい」
「あの、なんで…………」
利優は困惑したように俺を見て、縋るように瞬きをした。 閉じるごとに潤ませられるそれは、同情を誘うようだった。
「単純に、時間が合わないから世話を焼かなくていい」
「でも、先輩、ボクがいないとぜんぜんダメで……ご飯とか、食べれないじゃないですか」
「今日日、料理が出来なくてもそこらで買って食えるだろう」
「そうじも……」
「元々寝るだけの場所だ。 それぐらいは手間にはならない」
「洗濯とか……」
「クリーニングに纏めて出せばいい」
狼狽えている利優の横で料理を腹に入れてから、立ち上がる。
「ボクがいないと、夜も寝れないぐらいじゃないですか……」
彼女を見る。 縋るような、媚びるような目をしていて、同情を誘う。 あるいは狙ってそれをしているのだろう。
以前の俺を見ているようだ。
「今まで、世話を焼いてくれてありがとう。 安全な場所に配属されるだろうから、俺はいらないだろう」
「いるとか、いらないじゃなくて……!」
「鈴と仲良くするには邪魔だろ」
「そういう問題でもなくて、先輩が、ダメじゃないですか……! ボクがいないと、ぜんぜんダメで、ダメダメでっ!」
繰り返しダメと言う利優の前に、ポケットから取り出したそれを置く。
「俺はもう、大丈夫だ」
壊れた拳銃を見て、利優は心底ホッとしたような、絶望したような、それをぐちゃぐちゃに綯交ぜした表情を俺に向ける。
一緒にいる理由はもうない。 これ以上一緒にいても、悪戯に利優の邪魔をするだけだろう。
外に出た。 夏のぬるい風が不快でしかたない。




