いつも抱える心 2-3
「先輩。 映画のチケットを三枚いただいたので、鈴ちゃんと見に行きませんか?」
病室で有栖川から渡された異端書の翻訳本を読んでいると、毎日通ってくれている利優が言う。
嬉しそうにチケットを三枚を俺に見せる。 一応入院しているのだが。
「……映画か、チケットって本当にもらうことがあるんだな。 誰からもらったんだ?」
「鈴ちゃんです」
「マッチポンプじゃねえか」
出歩くのは止められている(入院中なのだから当たり前だが)が、利優が持ってきてくれている私服があるので抜け出すことは難しくない。 そもそも、毎日利優が帰るときには送っているのだから今更である。
「ところで、先輩って二時間ジッとしていられます?」
「俺をなんだと思っているんだ」
「まぁ、先輩も映画ぐらい見れますよね」
「ああ、実際に見たことはないが、多くの人が平気で見れているので、俺にも出来るはずだ」
半目で利優に見られる。
「それで先輩、ボクが見たい映画と鈴ちゃんが見たい映画が違うんです」
「別に見ればいいんじゃないか?」
「鈴ちゃんが見たいのはは「31日の就業日」というマスクとチェーンソウを装備したジャクソンが月に31日働かされるホラー映画です」
「面白いのか、それ」
「ボクが見たいのは「君の縄。」という映画で、女の子が好きな男の子を縛って監禁するという純愛ラブストーリーです。 どっちが見たいですか?」
「……その二つから選ばないとダメなのか?」
どうしよう、毛ほども興味が湧かない。 元々物語のような物に触れる機会がなかったのもあるけれど、選択がおかしい気がする。
「先輩が見たい映画があるならそれでもいいですよ?」
「それはないが……」
どうしようかと迷う。 どちらにも興味がないけれど……縄の方が不穏である。 映画に影響されて監禁されたら困る。
「……31日の就業日の方で」
「このワーカーホリックさんめ」
「いや、縄の方が嫌なだけだ」
「……確かに、先輩のハーレムみたいな状況で純愛を見るのも気まずいですよね」
「人を縄で縛るのを純愛とは認めない。 それで、鈴はどうするんだ」
「メールをしてから、マンションの方に向かえに行きます!」
まだ昼前だが、起きているのだろうか。 とりあえず着替えようと思い服を取り出すと、利優はそそくさと外に出る。
適当に着替え、書き置きを残してから財布と異端書、それにビニール袋を手に持って、外に出る。
「先輩、その本持って行くんですか? ボクの鞄に入れます?」
「いや、燃やしてからいく」
「え、燃やすんですか?」
「ああ、丸暗記出来たからな。 あまり動けない状態だから、燃やしてなくした方が安全だ」
外に出て、路地裏に入ってから紙片を千切りそれを能力により無理矢理動かそうとし、副作用で発生させた熱で火が点く。
「……イグニ・インペリウム」
能力で炎を捻じ曲げようとするが、上手くいかないので諦めて普通に火を移し、手の上で燃やす。
「熱くないんですか? 能力で持ち上げて起きましょうか?」
「頼む」
利優に任して、火が本を焼き尽くすのを見届ける。
完全に燃え尽きて白くなったのを確認してから、灰をビニール袋に入れて、きつく縛ってからポケットに突っ込む。
「……復元出来る能力者とかいたら不安だな」
「考えすぎじゃないですか? 能力の理屈だとそれは出来ないと思いますけど……」
「一応、何箇所にか分けて捨てるか」
「先輩って心配性すぎてノイローゼになりそうですよね」
マンションの方に二人で歩く。 ……この前、俺のことが好きみたいなことを言っていたけれど、あれからあまり変わった様子はない。
利優の方を見ていると、視線に気がついたのか不思議そうに俺を見てにこりと微笑む。
「どうしたんですか? 見惚れちゃいましたか?」
「……いや、思ったよりも変わらないと思ってな」
交際出来たわけでもないのだから、当たり前だろうか。
可能ならば、早く結婚をするなりして、離れにくい状態にしたいけれど、俺の年齢が一つ足りない。
利優も鈴に気を遣っているのだろうかと思ったが、どちらかと言えば 、利優は鈴とより仲良くしようとしているように見える。
先ほど利優は「ハーレム」などと言ったが、むしろ利優が二人に手を出しているような感じである。
「何がですか? えへへ」
「こうやっているのが」
「そうですか? 先輩は、なんていうか、丸くなったかんじがしますし、鈴ちゃんとはまた一緒にお風呂に入るようになりましたし、変わってますよ」
「……その話、もう少しよく聞かせてくれないか」
「ん、お風呂ですか?」
「ああ」
「……先輩。 最近、なんか……えっちです」
「いや、俺のせいで喧嘩とかしていないか心配になっただけで、別に利優や鈴の風呂の様子が知りたいわけではない」
呆れたようなため息。 利優は少し顔を赤らめながら困ったように首を横に振る。
「語るに落ちてますよ。 ……鈴ちゃんのおっぱい柔らかくて幸せです」
「いや、それが聞きたいわけじゃない」
「……先輩って、女の子大好きなのに、鈴ちゃんにはそういう風に見ませんよね」
不満そうに利優が口を尖らせる。
「まったく、天使である鈴ちゃんに興味を持たないなんて、先輩はどうかしてます。ボクが先輩なら、100回はちゅーしてますね」
「鈴には借りが大きすぎる。 恩人をそういう風に見るのは不義理だろうと」
「鈴ちゃんはそれで喜ぶからいいんです!」
そういう問題だろうか。
まぁ、確かに可愛らしいとは思うけれど……。 利優にそう言われると、なんとなく落ち込んでしまう。
そうしている間にマンションに着き、見た覚えのある巨体が立っていた。
「あれ? 神林くんです」
そう言えば、連絡とかしていなかったな。
軽く手を挙げると、神林は顔を思い切り歪ませて大股で俺の方に歩く。 利優は逃げるように俺の後ろに隠れて裾を掴む。
「久しぶり」
「久しぶりじゃねえ! 突然いなくなりやがって! ……あ、それ怪我か?」
「骨折とか色々と。 まぁ動きにくいが、問題はないな」
「……その怪我のせいで連絡出来なかったのか?」
「ああ、バタバタと忙しくしていたり、暇をしていたりしてな」
「暇してるんじゃねえか」
神林は眉間に皺を寄せる。 その仕草に利優が少し怯える。
「神林、お前顔が怖いんだから気をつけろよ」
「あ、いえ、すみません。 怒っているのかと思って……」
「いや、普通に怒ってるけどよ。 ……とりあえず、話聞かせろよ」
「いや、今から鈴と三人で映画を観に行くから」
「ぶっ殺してえ」
利優の誘いで神林も参加することになり、四人で映画を観に行くことになった。




