いつも抱える心 2-2
トンネルの中にあるの思えば些か不自然な、けれど不自然とは思えないほどよく出来た和室に座り、少女……有栖川を見る。
「……なんというか、まあ、思っていたが。 俺みたいなのと護衛もなしに会うというのは、肝が座っているというか」
「貴方に襲われたときのことを考えて人を用意したら、この和室は満員電車のようになってしまいますよ?」
有栖川は「見たことないんですけどね」と付け足してわざとらしく、くすくすと笑う。
交友を深めるという意味で話をいくつかしたが、有栖川一つ歳が下らしい。 利優の幼さや鈴の落ち着きのなさを思い出せば、こちらの方がよほど大人らしい振る舞いだ。
……とはいえ、いくつか世間話も交えながら話せばその印象も拭われる。
「……世間知らずだな」
そう感じる。 珍しい言い回しを幾度か聞いて、それが有名な物語からの流用であることに気がついた。
教養のある人にであれば、よく通る言葉なのかもしれないが、俺も彼女も共に未成年で、学生である方が多いぐらいの年齢だ。
普通は通じない言葉であるし、少なくとも俺には分からないものであるが、それにあまり気が付いている様子がない。 言ってしまえば「会話下手」であるように思う。
「そうでしょうか? あまり自分では分からないのですが……」
「……俺が言うと、言い訳じみているが、割と誤解されやすい質だと思うぞ」
「あまり、ここから離れる機会も少ないので、苦手なのかもしれませんね。 水元さんさえ良ければ、お話をしにきてくださいませんか?」
「勘弁してくれ」
わざとらしい笑い方にも慣れ、彼女の人格について表面ばかりの理解を得る。 悪い奴ではないが、打算があり、その打算を隠そうとはあまりしていない。
打算があるといっても人に迷惑を掛けるような類ではなく、決して悪いことではないが、隠そうとしていないそれは人によっては不快に見えるだろう。
「冗談だけではありませんよ?」
「あー、いや、利優が拗ねそうだからな」
「塀無さんがですか?」
「……最近、よく一緒に過ごすんだが……他の人と話すと不機嫌になるんだ」
「可愛らしい人ですね」
それは否定しないけれど、有栖川からしたらいいイメージはないのではないだろうか。 それは俺も同じだが、気にした様子はなく、測りかねている。 器が大きいと思えばいいのか。
「まぁ、欲しい物が有ったりしたら、買ってくるぐらいならするが」
「特にありませんね。 必要なものは用意していただけますから……」
「そうか。 ここから離れられないのなら、色々と入り用があるかと思ったが」
「私これでも、甘やかされているんですよ?」
そうは見えないと思った。 そもそも、年がら年中こんな場所にしかいられないのに甘やかされるも何もないだろう。
有栖川自身が楽しそうなので何も言うことはないが。
談笑を続ける、というよりかは本題に入るまでのとっかかりを探しながら会話を続け、それが口にされる。
「それで、これからのことなのですが」
「ああ、本の整理、探索と能力の訓練だったか。 正直な話、どれもあまり向いていない気がするが」
「……神の遺伝子を受け継ぎ、歴史を記録することに使命感を覚えた人間が書く書物【暦史書】。 それは全てが実際の人物や組織などを記した真実です」
唐突に語り始めた有栖川に面食らっていると、そのまま彼女は続ける。
「真実は継承し続けなければなりませんが、時にはそれが世界の混乱を引き起こすことになり得る。
だからこそ、管理し、機密保持をする暦史書管理機構があるのです。 そこまでは貴方も知っていると思います」
彼女の言葉に頷くと、彼女は声をひそめるようにしながら語る。
「……言ってしまえば、この星の記憶を記した書物を纏めてそう呼んでいるわけですが……。 コロンシリーズと同じように「名詞」+「:」+「年代」といったパターンの題名の本が見つかっているのです」
「……? 暦史書は元からジャンルは取り留めないものだろ?
同じ形式の本であれば、それは暦史書じゃないのか」
「言語も人称も形式も話も長さも、すべてにおいて千差万別のコロンシリーズですが、定義を述べるとすれば、ノンフィクションのこの地球上にあった話。 星の記憶とでも呼べるものです」
有栖川の言いたいことが分からない。 当然、似た形式の題名の本で、フィクションの話ぐらいあるだろうが、それを気にする必要があるとは思いにくい。
「……何が言いたいんだ? フィクションの作り物語なんだったら放置でいいし、普通の暦史書ならわざわざ取り上げる必要もないだろ?」
有栖川はふざける様子もなく、大真面目に言い切った。
「作り物語でもなく、この星の記憶でもない。 そんな本があるんです」
「いや、どちらかだろ。 それ以外には、嘘混じりの暦史書もあるだろうが」
「違います。 この星の記憶以外を記述したコロンシリーズのことです」
真面目に言っているとは思えない言葉だ。
「SFの暦史書があるとでも言うのか?」
「いえ、どちらかと言えばファンタジーですね。 いわゆる異世界の話だと思っていただけたら」
「……作り物語だろう」
同じようなパターンのフィクションぐらいあるだろう。 そう思って有栖川を見ると、彼女は首を横に振る。
「情報伝達が難しい時代から、世界各所、別の言語で同じ世界を示した本が書かれる」
「……ありえないか」
その情報自体が嘘の可能性があるが、この場では情報を正しいものとして話さなければ、会話になりはしないだろう。
「異世界の暦史書を、異端書と呼びます」
「異端か。 まぁ、名前の由来が分かるが……その本の管理を頼みたいということか?」
「はい、その通りです。 正確には……私の知り合いである方が新たに作る暦史書管理部異端書管理班に所属してもらいたいのです」
「異端書管理班……か」
「急な話でしたか?」
首を横に振り、淹れられた茶に手を伸ばす。
「そうでもないな。 利優をある程度守ってもらえる立場であり、代わりに仕事を受けるのならば、そういった息のかかった部署になるのも当然だろう。 ……有栖川の部下ではなく、それに新設というのは、少し気になるところだが」
「ああ、私には権利がありませんから」
「権利がない?」
「日本支部のコロンシリーズを管理しているアーカイブ。 これを守るにあたって、関わる部下はいない方が良い。
何故ならば、連絡の度にここに来られたら、部下が本を狙っていた場合には隙になりますから。 中に入れないにせよ、話は情報を与えることになるので、部下を持つ権利がないのです」
納得出来るが、納得のいかない話だ。
「俺は出入りしているが」
「貴方と塀無さんがしようとしたら、始めから対応方法がありませんから」
「まぁ、利優の能力は……防備に優れた施設であるほどな」
「むしろ、話をした方がいいわけです。
強力な力を持っていて、尚且つ御しやすい人材……お話をするのに越したことはありませんよね」
「その言い方は嫌われるぞ」
ため息を吐き出して、茶を飲み干す。
「いつからだ? その異端書管理班の新設は」
「人の目処ころはおおまかに立っていますが、大きな組織なのでどうにも遅くなってしまいますね。 一ヶ月後ぐらいでしょうか。 貴方の怪我が治る頃ですね」
「……完治なら二ヶ月より、もう少しかかるな」
「そんなにかかるのですか?」
「全身骨折まみれだぞ」
「……なんでここに来ているんですか」
「任務が終われば来いと」
「いえ、休んでいてくださいよ……」
「……病院は暇だから抜け出してきた」
「……普通の人ってそういものなのですか?」
「さあ、よく分からないが」
病院に戻れと言われたので、上司の命令に逆らうわけにもいかないために戻ることにした。
最後に呼び止められ、手に本を渡される。
「異端書の一つの翻訳された写本です。 ……他の方には絶対に見られないように。 必ず返すように……と言いたいですが、難しいようなら燃やしてください」
「分かった、読んでおけばいいんだな」
有栖川は頷く。
異端書か。 眉唾だが、読むように言われたので、読むしかないか。




