いつも抱える心 2-1
利優には破滅的な欲求があるのだろう。
能力の暴発というのは、基本的にはあり得ない。
何故ならば、能力というものは操作が難しいものだからだ。
俺が銃しかまともに操れないように「能力」という専門があるのは操作をすることが難しく、緻密かつ正確な干渉によって成り立つため、専門外ではまともに物を動かせれない。
無意識で扱っていた神林にしても、動かさないはすぐに覚えられて、それ以外は出来ていないことからそのことが分かるだろう。
例えるならば、何も考えていない中で料理をするのは難しいが、慣れがあれば出来るし、ルーチンワークにすればなんとなくて出来るものだが、意図的にしないようにしたら、勝手に身体が料理を作ろうと動くことはない。
なんとなく「これをしようかな」や「発動しろ」という考えだけでは能力は発動せず、きちんとしたやり方を踏襲したことで発動する。 そのため、暴発や暴走はあり得ない。
つまり利優はわざと能力を発動し、家の鍵を閉めて動けないようにしたわけだ。
自身では気が付いていないようだが、今、閉じ込められているのは利優の望みだ。
思い出すのは、利優の実家に行った時の庭だった。 大量の、十や二十ではきかないほどのペットの墓。
利優の母の言っていた「弱っていた動物を拾ってくる」というのは間違いではないのだろうが、それだけではなかったのだろう。
利優の頰に手を伸ばす。
「利優も……少し歪んでいる」
能力が生み出されるほど、錠に対する思いがある。 弱っていた動物を飼って死なしてしまう。 能力の暴走で錠が開かない。
「……気に入った物を閉じ込めて、逃さないようにしたい」
俺の言葉に、利優は絶望したような目を向ける。
「だって……先輩、放っておいたら、死んじゃうじゃないですか」
「……死なない」
「勝手に自分で死ぬより、ボクが一緒にいてあげた方が、いいじゃないですか」
俺が押し黙ると、利優がグスグスと涙を流しながら俺の服を掴む。
「ボクと一緒でも、死にたがって。 だから鈴ちゃんに任せようと思ったけど、手放すのが惜しくて……」
利優の独白の中、触りもしていない棚が開く。 棚から小物を押しのけて出てきたのか、物を撒き散らしながら首輪が出てくる。
「利優……」
「なら、いいじゃないですか!
先輩がボクのために死んでもいいなら、ボクのしたいことを先輩にしても!」
目に見えないほどの速度で首輪が迫る。 それに錠がついていることから、利優の能力で動いていることを察する。
手でそれを受け止めようとするが、軽く手が弾かれて、首にへばりつく。
「先輩が、悪いんです。死にたがってなければ、ボクに優しくなければ、鈴ちゃんに好かれていなければ……こんなこと、しなかったんです」
首輪が無理矢理取り付けられ、外そうとするが、腕力では外れることはない。 アンチイデアルによってはぎとろうとするが能力があまりに強力で、能力が弱る様子すら見せない。 一切の抵抗が許されないまま、首輪が動き、壁に張り付いて俺の動きを制限する。
「いいですよね? だって、先輩、ボクのこと大好きですもんね」
圧倒的に強い。 利優の能力はそれこそ……この扱い方に特化している能力だ。
能力の干渉深度……器用さこそ低いけれど、単純であるから器用な操作は必要としておらず、圧倒的な出力でこちらの小手先の技は通じない。
「なんで、抵抗するんです? 先輩はボクのこと大好きなのに、ボクのすることは嫌がるんですか?」
「これは、違うだろ」
「違いませんよ。 何も、違いません。 先輩がボクを攫ったのと、何が違うんですか。 欲しいものを欲しいって、無理矢理にでも自分のものにしたいって、思って当然なんです!」
抵抗を諦めて、大粒の涙を目元に溜めている利優を見る。
髪の毛は振り乱したように崩れていて、似合わないほど大きな声を出した口は唇が震えていて、怯えたように俺を見ている。
俺が怒ると思っているのだろうか。 そんなに怯えるのならば、しなければいいのに。
「先輩は自分勝手に死にたがってます」
「……悪い」
「先輩は、お母さんのこと、ばかり」
「……悪い」
「ボクのことは攫うのに、ボクが監禁しようとしたら逃げようとする」
「……悪い」
「好き好き言う癖に、こっちが好きって言ったら逃げる」
「……悪い」
「鈴ちゃんにも中途半端な態度で傷付けてます」
「……負い目もあるから」
「言い訳ばかり」
「……悪い」
「いいですよね。 ずっとここにいてくれても」
「……いや、それは流石に。 飯とか、トイレとか」
「ボクがしてあげます」
「……それは流石に」
「じゃあ、ボクじゃなくて鈴ちゃんの方に行ってください」
「……その二択はおかしいだろ」
熱に浮かされたような、ふわふわとした地に足が着かない不思議な感覚がする。 追い詰められて、ひどく狼狽している利優がかわいい。
「利優」
「なんですか?」
「……俺のこと、好きなのか?」
「……違います」
遠くにいるような、身体が遠いような、ふわふわとした妙な感覚。 いや、反対だろうか。 やっとまともに思考出来ているのか。
利優が俺のために、必死になって取り乱しているのが、あまりに幸せに感じる。
「悪い、利優が俺のために泣いているのが、すごく、嬉しい」
「……悪趣味です」
「かわいい」
「……下衆です」
「……悪い」
首は動かないが、頭を出来る限り下げて謝る。
利優が立って、俺の方に歩いてくるのを感じる。
「……ボク、鈴ちゃんに謝らないと、だめなんです」
利優が俺の頰に手を当てる。 涙で充血していて、筋肉の使いすぎで唇が震えている。 必死に泣くのを我慢しているからか、表情も歪んでいる。
それが、あまりに愛おしい。
「……貴方のこと、好きになってしまったんです」
そのまま泣き崩れて、俺の脚を掴んで、縋るように泣く。
ずっと泣き続けていて、それが嬉しいと感じてしまう。
「先輩は、なんで、そんなに嬉しそうなんですかぁ……。 うぅ……」
「……利優も俺が利優のために必死になってたら、嬉しいんだろ」
「先輩のばかぁ……。 ボクは喜ぶけど、先輩にされたら、嫌なんです」
「ワガママか」
「わがままは、先輩です。 ……かっこ悪いのに、かっこつけで、かっこいいと思われないと、付き合わないとか」
「……利優には幸せになって、ほしくて」
「なら、鈴ちゃんと結婚したら、喜んでました」
「……悪い」
「……どうしたらいいのか、分からないです」
首に取り付けられた首輪を握る。 アンチイデアルを使いながら剥がそうと力を入れるが、取れそうにはない。
「絶対に外しませんよ」
「……いや、外す流れじゃなかったのか」
「絶対に死なないこと。 鈴ちゃんにはもっと優しくすること。 ボクに尽くしすぎないこと。 でも、優しくしてくれること。 約束してください」
「ああ」
「あと、夜はちゃんと寝ること。 ご飯もちゃんと食べること。辛いことがあったら、言わなくてもいいからボクと一緒にいること」
「分かったから、これを外してくれ」
「ボクと鈴ちゃん以外にえっちな目を向けないこと。 それにあとは……」
「そろそろ取れよ」
「……分かりました」
渋々と行った様子で、利優は首輪を外す。 棚の奥にあったことから衝動的な行動だったのだろうが、こんなものを用意していたことが少し恐ろしい。
疑うような目を俺に向けている利優の頭を撫でる。
「大丈夫だ。 ……今は少し、死にたくない」
満ち足りた気分だ。




