考える必要がないこと、人はそれを幸福と呼ぶ 2-2
堅苦しく、楽しい空気でない、笑うことも出来ないような雰囲気は慣れていないこともあり、嫌な感覚だ。
責められているのは私ではないとしても、それを見るのも酷く辛い気持ちになる。
「名前は?
「覚えていない。 クライと呼ばれている」
「本当です」
仕事は単純だ。 目の前の人を能力で見て、様子を観察する。 心音や汗、微妙な筋肉の動き、瞳孔、その他色々と状態を確認することで、嘘かどうかを見分ける。
「何をしたか、一つずつ確かめていく。 まず、どこの組織に所属している」
「ただの雇われだ」
「嘘ですね」
「どこに所属している」
「……分からない」
「本当です」
隣に座っている白兼さんが顔を顰めながら私に目を向ける。
雇われでもなく、所属している場所も分からないなど、マトモではない。
「……まぁいい」
私自体をそれほど信用していないのか、子供だと侮られているらしく、それほど問われることもなく私から目を逸らす。
捕縛した人が目の前にいる状態で、一枚岩ではない弱みを見せることを避けたのだろう。
「分からないとはどういうことだ?」
「……以前助けられて連れて来られたが、分からない。 名前を聞いたこともない。 会ったことがある人も数人だ、名前も知らない」
「本当です」
白兼さんが私を見るけれど、正直そんな疑うような目で見られても困る。 その事実が信用しにくいのは私も同じだ。
確かに、名前も知らない組織に所属しているなんてことがあるとは思いにくいけれど……蒼もそうであったことを知っている。
「じゃあなんだ、名前も知らない人の指示で動いていた、と」
男は頷く。
「本当です」
「……その力の扱いはどこで学んだ?」
「幼い頃から、その組織で躾けられた」
「……本当です」
全然嘘を吐かない人だ。 好意的に見ることは難しいけれど、嫌な感じはしない。
敵意を向けられていないからか、それとも純粋なように見えることからか。
「鈴鳴はこいつをどう思う?」
突然白兼さんに尋ねられたことを驚きながら、頰を掻いて考える。
「……うーん、こういった場に対する訓練は行っていないようなので、信じていいとは思います。
ただ、大それたことは知らないでしょうし、嘘を教えられている可能性もあるので、あまり期待出来ないという感じですね」
「……角の報告だと、無視して逃げたらしいからな。
だが「嘘を教えられている」というのは嘘だと見抜けば「何を隠したいのか」が分かるだろう」
面倒だし、蒼にも会いたい。 また別のところにいくだろうし、一緒にいれる時間は少ないのだ。
利優ちゃんを狙って蒼を撃ったこの人には、少なからず嫌な感情を抱いている。 けれど、どうしても目にチラつく。
彼を見ていると、髪色も目も肌も顔付きも年齢も……何もかも違うのに、蒼を幻視する。
「……分からない場所に、いたんですよね?」
「ああ」
「鈴鳴」
思わず尋ねた私に、白兼さんが止めるように名前を呼ぶ。
似ている人だ。 すごく似ている。 人種も何もかも違うけれど、似ている。 目が、別のところを見ているような、生きている世界が違うと思わせるーー。
「……蒼を、知っていますか? 水元蒼を」
「何故水元の話がーー」
「知っている。 実際に見たのはこの前が初めてだが、師に幾度となく比べられていた。 名前は知らなかったが、おそらく同じだろう」
納得のいく答え。 頷くと、白兼さんが私を見た。
「何故分かった?」
「利優ちゃんを狙っていたことが共通していますし、所属していたところのことを知らないというのも同じですね。
あと、同じ銃を操る能力者ですから」
「……得体が知れないな。 その組織は」
「そうですね。 蒼くんの師匠も銃の能力者らしいので、同じ銃の能力者が三人もですか。 規模がよほど大きいのでしょうか。 それとも、銃の能力者を集めているのか……」
銃の能力者を集めている。 というのは戦闘能力の高さを考えたら納得出来る。
そう思ったけれど、蒼の能力は保護されてから目覚めたはずなので、わざと集めたのではなく、たまたまだろう。 よほど大きい組織なのだろう。
そう思っていると、彼、クライさんが口を開く。
「規模は分からないが……。 特別に銃を操る能力者を集めているわけではないとは思う」
嘘ではない。 私は能力でそれを悟るとともに、蒼の目に似た暗い目が、より深い者に変わる。
「……俺が能力に目覚めたのは、連れて来られてからだ」
少し、違和を覚える。 蒼くんのパターンは珍しいはずだ。 元々そうならあるだろうけれど、後から目覚めるのはおかしい。
能力がない状態でどこかに派遣されることはないだろうし、それがなければ能力に目覚める機会は少なそうだ。
違和をなくそうと考えているうちに白兼さんが質問を繰り返していく。 それに嘘をつかずに答えていく様子から、その組織に対して忠誠を誓っていない、どうでもよく思われていることが見て取れた。
「じゃあ、その二人について聞きたいんだが」
「よく知らないな。 女の方はガキみたいな姿で、白めの金髪に青い眼。 よく分からない能力だが、瞬間移動や、空中に立ったり、金属を操ったりと、色々しているところを見たな。 男の方はよく分からないが、黒い靄を出して、物を消したり……」
「……何も知らないんだな」
呆れたように白兼が言う。
「水元も本当によく知らなかったのか」
「本当だって、言いましたよ、私」
「鈴鳴は……随分とあいつを贔屓していたからな」
「……まぁ、でも、そんなことはしませんよ」
軽く頭を下げられ、すぐに上げてもらう。 大人の人に頭を下げられたらどうにも焦ってしまう。
「……悪い」
「いえ、その、大丈夫です」
気まずい。 そろそろ帰れるかと思ったけれど、気になることもあるので白兼さんに尋ねる。
「……この人、これからどうなるんですか?」
「まぁ色々面倒ではあるんだが、見張りを付けて過ごさせるしかないな」
ああ、悪いことにはならないのか。 少し安心した自分がいることに驚きを覚える。
「なんだ、殺さないのか」
彼のその口振りが、あまりに不快だった。
「……生きた方がいいですよ」
「自分から死のうとは思っていない」
「……あの人みたいなことを、言わないでください」
嫌いなはずなのに、好きな人と被って見えて嫌だ。
「……家族とか、いないんですか? 好きな人とか」
いたら、死にたいなんて言わないと思ったから、尋ねる
「恋人がいるように見えるか?」
彼は、クライはその後、信じられないことを口に出した。
「家族は、いない。 母がいたが、俺が撃ち殺した」
目が開く。 聞いたことがある話。
似た眼に、同じく死にたがり。 一緒の能力で、所属していた組織も、師匠も同じ。
繋がった。 目の前に見える、大嫌いな彼と。 私の大好きなあの人が……繋がる。




