魔女と不良と時々ゴリラ 3-4
気絶させたガムの身体を受け止め、辺りを見回す。
当たり前だが、利優は無事、指示役がいなくなったためか目配せにより行動の指針を定めている奴が何人か。 それにスピッツ=ノクスヴィアがこちらを見定めるように見ていた。
見定めるようにという視線がおかしなものに感じる。 実力ぐらいは分かりきっているだろう。
「……無様だな」
冷めきった目に、理解する。 見定められたのは俺ではなく、ガムだ。 なんとなく彼女をリーダーとして見ており、指示をしていることもありそれが正しいのかもしれないが、毛色が違う。
狼狽える様子がなく、まるで必要がないかのような振る舞い。
「それを返してくれるか。 こっちとしては必要な人材だ」
「……また襲われるだろう。 返すと思うか」
「思うな」
スピッツの言葉の後に頭上から石が降りガムを抱えながら回避、地が爆ぜる音。 人影が俺に迫る。 新手の能力者……速いが、この程度ならーー。
迫る物の顔を見て、動きが一瞬、止まる。 瞬間、視界が黒い靄に覆われる。
「悪いな。 蒼」
「ーーーーッッッ!!」
能力の発動により迫る物質を観測する。 それが一瞬のラグを生み……致命的な欠陥になる。 その上、足元がぬかるみ滑る。 避けられなくとも拳を逸らそうと拳銃を動かし、その拳銃が別の力に引っ張られる。
逸らすつもりだった顔面へと迫る拳を拳銃で受け止め、拳銃がへし曲がる。 力付くで吹き飛ばされた身体は電柱にへとぶち当たり、鈍い音と共に止まる。
強く握っていた右手の指が数本折れ、拳銃はこの場では直すことも出来ないほどに潰れきっている。 肺に骨でも刺さったのか、口から血が吐き出される。
「五人がかり、油断して、足手まといを持たせて……やっと一撃」
スピッツ=ノクスヴィアが空に立っている。 足元には黒い靄があり、それを足場にしているように見えるが……何の能力だ。
浅い呼吸を繰り返しながら、立ち上がる。
「やっと……一撃……!!」
スピッツ=ノクスヴィアは子供じみた笑みを浮かべ、狂喜する。
見つめる先はそれではなく、後悔するように拳を握る人間。 人形遣い。
「なぁ、蒼。 ……失望したか?」
「……勘付いては、いたさ」
夜中に走り回っている人物で、操られていた人形もボクシングの構えをしていた。 むしろ、今の今まで見逃していたのは……。
「ただ、そうは思いたくなかった」
「悪いな」
転校の初日、話しかけてきたのは、初めから俺たちのことを知っていて、ある程度、俺たちの行動を操作するためだったのだろうか。 今まで……仮初めとは言え、友人として過ごしていたのも。
「俺は……お前のことを友人だと思っていた。 初めからか」
「ああ、初めからだ。 転校してきたときから、その顔を知っていた。 見ていたからな」
「屋上、もしかして何か仕掛けていたりしたか」
「ああ、盗聴器を置いていた。 そのために人のいない場所を紹介したからな」
マヌケだったし、迂闊も過ぎた。
「一つ……訂正しとくと、俺が人形遣い……というのは正しくない」
俺はゆっくりと立ち上がり、激痛の中稼働出来る関節とそれ以外を把握する。 追っていた敵……横野は後悔をするような目を見開きながら、固く固く拳を握り固める。
ーーヒトガタを操る能力
ヒトガタに力を与える能力。
因鎧纏
後ろの電柱がへし折れる。 返す刀で振られた拳を左手で逸らし、それと共に捻り力を加えて横野の力の向きを変え、地面にへと叩き付ける。
「ッ! 先走るなッ!」
横野は頭から血を流しながら立ち上がり、フラフラとしながら後ろに跳ねて退避する。
発砲音と共に向かってくる弾丸を能力で認識し、半身逸らして回避する。
石が降ってくるが、それも同じように少ない動きで回避しながら横野の方へと歩みを進める。
「化け物がっ!!」
「お前とは話す気はねえよ」
スピッツが手から放った黒い靄を回避し、地面に落ちていた鉄パイプを拾う。 おそらく巨人の材料だったものだ。 スピッツに向かって投げるが、黒い靄に阻まれて落ちる。
岩や弾丸を回避、回避、回避。 続けて回避し、横野の前に立つ。
「何故、人を襲った」
「答えると思うか?」
「知りたいと思った」
横野は左腕を下げ、右腕を胸元に構える。 一般的なボクシングの構えとは違う形。 俺自身多少はボクシングを齧ったことがあるが、珍しく相手にしたことはないスタイルだ。
「友達がいる。 あいつらがいたら、学校に来れない」
「……そうか」
横野の腕が動き、俺はそれを躱し、拳で横野の顔を殴るが、異様な硬さに拳が痺れる。
反撃とばかりに右、左、岩が降り注ぎ、二人でそれを避ける。
五体無事なはずのスピッツが戦闘にあまり参加してないと思えば、殴られたときに落としていたガムを助けに行ったようだ。
回収されてはまずいと転がる石片を投げるが、やはり黒い靄に阻まれる。
足元を狙うように放たれている弾を跳ねて回避し、空中での隙を狙った岩を塀を蹴ることで回避、飛んでいる岩を蹴り三角飛びし、電柱の上に登る。
一飛びで跳んできた横野を地面に叩き付けるように投げ飛ばし、上にいる岩を出す能力者を見る。 また黒い靄が足場になっているらしい。 狭い足場なので避けられないだろうと懐から取り出したナイフを投擲するが、石板のようなものが現れナイフを阻む。
ネックレス状の弾丸を元の形に戻し、岩の能力者に向かい一直線に並べるようにばら撒き、能力により固定する。
乗っていた電柱。横野が叩き折ったので、電柱から空中に固定した弾丸の上に飛び乗り、落ちるより前に次の弾丸へと足を踏み出す。道がなくなればまた弾丸を投げて足場にし、跳ねるようにして岩の能力者に迫る。
近くで見ると見たことのある顔で、名前も分からないが学校にいた不良の一人のはずだ。 どうなっている、と思いながらも能力の濫用で呆け始めた頭では考えるものも考えられず、黒い靄に乗ったのと同時に男の手を掴み捻り上げながら足をかけて投げる。
「う、ああああ!?」
「うるせえ」
流石に電柱よりも高い位置から、頭から叩き付けられたら死ぬので、手を掴みながら共に飛び降り、空中で男の身体を操作して足から地面に叩きつけ、俺自身はそれにより減った衝撃を前転しながら流し、周りを見ながら立つ。
俺も満身創痍ではあるが、横野も体がボロボロで、岩を出す能力者も、ペンキを撒く能力者も、ガムも戦闘不能。
このまま戦えば負けることはないだろう。
このよく分からない場所からの脱出も適わないので、倒した後にどうするかまでは決まっていないが。
「……お前の友人。 いなくなっても学校に来てないな」
「うるせえよ」
「原因、本当にそれだったのか?」
横野が迫る。 身構えているとーー突如、大量の鍵と錠が降り注ぎ、横野の拳を受け止める。
新手……いや、これは。
「……利優?」
震えている利優が後ろに立っていて、体の周りに鍵と錠を浮かばせていた。
「……見て、いられ、ないです。 先輩を、寄ってたかって。 ボクのせいで」
利優は手を伸ばし鍵や錠で横野に攻撃しようとするがいかんせん遅く、横野には通用しない。
止めようとした瞬間、能力による観測が幾多もの弾丸の飛来を伝えーーそれが俺ではなく利優を狙ったものであること、それが分かる。
理解と同時に利優を抱きしめるように身体を覆い、能力によって可能な限り弾丸の威力を減衰させ、それでもほとんど変わりなく、幾多もの弾丸が俺の背を撃った。
「せ、先輩……?」
上手い手というにはありふれていて、使い古されたゲスなやり方だ。 けれど……効果はあった。 力が抜ける。 利優を守ろうと抱き締めた腕はだらりとぶら下がり、利優にのしかかるように身体が落ちる。
利優ごと瓦礫の上に倒れ込み、それでも守りたく思い、利優が撃たれることがないように身体を動かす。
「先輩……? え、あ、先輩!? 先輩!! 蒼くん!! 」
利優の声が聞こえる。 俺の下でバタバタと動き、喚く。 利優の力では動くことも出来ないのだろう。
「せんぱい、せんぱい……せんぱい、大丈夫ですよね。 だって、先輩は強くて……」
声も出せない。 身体が痛い。 息が出来ない。 風呂に浸かっているような感覚なのに、やけに寒い。
振り絞る。 立ち上がろうと手を付く。 そこが撃たれ、出血する。
「せんぱい、せんぱい、せんぱい、せんぱい、せんぱいせんぱいせんぱいせんぱいせんぱい……」
「……だい、じょうぶ……だ。 守るから」
「そうじゃなくて」利優の言葉が聞こえる。 死ぬ淵の気がするが、何故かまだ動ける。 少しずつ、身体を立てる。 邪魔が入らないと思えば、斜線の間に横野が立っていた。
「どういうつもりだ!! 話が違う!!」
立ち上がり、手を伸ばす。 銃が、銃があれば、撃って倒さないと利優が……利優を守らないと、守らないと、守らないように。 俺が、助けてやらないと。
手は空振る。 銃がない。 守らないと。




