魔女と不良と時々ゴリラ 3-1
気付くのがあまりに遅すぎた。 発砲する、乾いた音が響き、机の上に置かれている灰皿に落ちた。
防がれた。 否。弾かれた。 否。宙に留まり、落ちた。
「撃った癖に殺す気がない。 利優ちゃんのさっきの言葉が気になってるんデスかねー」
「ッ!……死ね。 対心狙撃銃」
放った弾丸は如何な能力によって止められたとしても、それを無効化して、頭蓋を穿つはずだった。
だが、目の前にいるガムは薄らとした笑みを浮かべて立ち上がる。
「能力を無効化する能力を乗せた弾丸、対心狙撃銃。 組織でも有名だった、貴方の代名詞とも言える技でしたね」
ガムは椅子を蹴って後ろに跳ねる。追い縋ろうとするが、敵がガムだけなはずがない。 利優と離れるわけにもいかず、利優に声をかける。
「利優、逃すな」
「えっ、あっ……閉鎖します!」
何故、弾丸がガムに当たらなかったのか。 それを見分けるためにもう一度発砲しようとし、膝が崩れる。
「先輩?」
「悪い。 少し疲れがきただけだ」
能力の使いすぎか。 そもそも、能力の閾値が低い俺は継戦に向いたタイプではない。 戦闘になるとは思っておらず、必ず一撃で殺せるはずの技が防がれるなどと、予想もしていなかった。
「能力を無効化する弾丸って、すごく恐ろしいように思うけれど、実際のところそこまで理不尽でもないですよね?
それでやっと普通と同じです。 それに、能力を無効化するって言っても、当然普通の能力と同じく、原則一つの物にしか干渉出来ない」
ベラベラと口を開けているガムの隣に、いつの間にか男が立っていた。
スピッツ=ノクスヴィア。 今現れたのか、それとも始めからいたのか。
「二人以上で防御に当たれば容易に防げるんですよ。 絆の勝利ってやつですね」
「……カタコトがなくなってるぞ」
利優を庇いながら後ろに下がる。 逃がせば脅威だ、戦っても確実ではない。
そして何より、利優がここにいる。
「あっ、失敗したデス。
それで、足手まといを背負って、足手まといの機嫌を伺って、足手まといのために戦うんデスね。 わー、かっこいー」
テーブルを蹴り飛ばし、二人の元にテーブルや食器類が迫る。先と同じようにガムの目の前で止まる。
それが防がれるのは分かりきっていた。
「そんなの効かないデスよー。 別に銃弾を操る能力で止めていたわけでもないデスしー。 って、あれ? 逃げられました?」
◇◆◇◆◇◆◇
男、スピッツ=ノクスヴィアは目の前から蒼が消えたことを安堵しながらも、警戒をする。
長らく戦場から引いていたからか、あるいは隣にいた少女、塀無 利優に牙を抜かれたからかは分からないが、以前……まだ幼いとも言える彼を見たときほどの恐怖はなかった。
同様に、ガムも安堵の息を吐いて、震えている腕をさする。 目論見が外れていれば死ぬ。命綱なしに綱渡りをしているに等しい時間だった。
「思ったよりも、化け物ではない」
「そうデスねー。 殺す気がないのが幸いデス。
とりあえず、出ましょうか」
ガムは目を閉じて能力を発動する。 空間を操る能力。 物的な出入り口は必要としていない。
瞬間移動と呼べるそれにより野外に出る。
いつもと変わらない街並みだが、人はいない。 あからさまに異常な場所にいながら、何の反応もせずに辺りを見渡した。
「いないデスねー」
「足手まといがいるとしてもわアレを見つけられるはずがないだろう。 この人数でこんな場所だと、百年費やしても見つけられるはずがない」
「随分評価してるデスね」
「この人数で挑んでいる時点で過小評価している。……ッ! 下がれッ!」
ガムが立っていた地面が弾ける。 ガムは混乱しながらも思考を巡らせる。 狙撃された? 音も聞こえない位置から、建物だらけのここで? 不可能だ。
「……上からだな。 恐らく、上空に撃って、落ちてくる弾で狙ってきたのだろう」
「いや、無理でしょ」
「実際にされたことだ。 まぁ、早めに気がつけば躱せない速度でもない。 交互に観測しながら例の位置に向かおう。 走るなよ」
警戒しながら歩くが、また降ってくることはなく、無駄に疲労したように思う。
例の場所……ビルの工事現場に辿り着き、ガムは鉄骨に手を当てる。
「あの子はまだなんですかね」
「いや、来ているらしい。 一応隠れているが、本気ではないな。 会話する気がないというだけだろう」
「まー、私達みたいなのとは関わり合いにはなりたくってのは、よく分かりますデスよ」
働けばそれでいい。 ガムはそう割り切り、言葉を紡ぐ。
「行きます。
『我が望むは心の変容。 鉄が心よ、粘土が如く。 想うがままに、意のままに。 成れよ鉄屑、我がままに』
魔法:鉄の変成」
蒼は利優の身体を地面に下ろし、荒くなった息を吐き出す。
「大丈夫ですか……?」
「連日、能力を使い過ぎたらしい。 眠い」
異能力は無制限に使える訳ではなく、限界が存在している。
出力の限界値は、遺伝子がどれほど理想に近いかどうか、そしてその干渉する物質に対する認識の度合い。
何故認識によって出力が増加するのか、それは能力ではなく、通常の運動でも変わらないように、見えている方がより効率的に動かせるからだ。
ボールを投げるにしても、五感を全てない状態で投げるのと、全て見えている状態では遥かに違うだろう。 また、ボールの性質をよく知っている方がよく投げられるのも自明の理だ。
つまり、能力により物を動かすには二つの段階が必要だ。
視て、動かす。
そして視る物は、実際のものとは違う、現実と同じ現実と違う、イデアの世界の物質だ。 それを視て動かす。
視るために必要なのは、現実と離れること。 現実と離れることにより、イデアの世界に近づき良く視ることが出来る。
現実と離れるとは、即ち睡眠。 あるいはそれに近い状態である。 起きている限りは、落ち着いていなければ能力の質は落ちる。
加えて、能力を使えばイデアの世界にのめり込むことになり意識が現実から遠のく、これが能力の使用限界だ。
蒼の放った対心狙撃銃は、相手が動かしているものを動かす能力であり、当然その分だけよく見て力を掛ける必要があり、イデアの世界にのめり込むことになる。
必殺の一撃であるのは、一撃で決めなければならないからといった事情も多分に含まれて産まれた物だ。
イデアの世界に踏み入り過ぎた代償は、第一段階では疲れや眠気、第二段階では気を失う、第三段階……完全な限界に至れば、現実から離れ過ぎ、戻れなくなり死に至る。
現状の蒼は歩いていても気を失いそうになっている。 第一段階の後期だと言える。
仮眠でも取れば楽になるだろうが、現状でそんな余裕があるはずもない。 現実の街にそっくりな異空間らしく、前の会話もあり、あの二人だけとは限らない。
大して警戒する必要もないが、人形遣い、を先に見つけられて奴等の仲間になっている可能性もある。
「神林でもいれば、軽く仮眠でも取れたんだがな……」
「……すみません。 ボク、役に立たなくて」
「……悪い。 失言だったな」
蒼は拳銃を上に向ける。
「利優、場所の補足を頼む」
「了解です。 ……えと、鍵の位置は……さっきの喫茶店の出口の中心から直線で2354。 そこから東側に2369。 ってぐらいです」
唇の感覚を頼りに風を読む。 この人がいない世界故にか、風も存在していないらしく、風による影響を考える必要はない。
脈や息、筋肉の微弱な痙攣による手のブレを考慮しながら、引き金を絞る。 乾いた発砲音が響く。
「先輩。 五分、寝た方がいいですよ。 この距離だとこれませんし、まだ見つかってもいません。 起こしますし、先輩なら起こしてすぐにでも動けますよね」
蒼は首を横に振る。
「寝れる状況じゃないだろ。 利優を奪われるかもしれないんだぞ」
「んぅ……不安なんですか?じゃあ、手を握っていてあげますから」
迷ったが、蒼は頷いた。 眠り、眠気が治ればマシな戦いも出来る。 すぐに逃げられるように路地裏に入り込み、腰を下ろす。 利優はしゃがんで蒼の手を握る。微かにだが、震えているのが分かった。
「大丈夫、大丈夫ですよ」
利優は蒼の頭を撫でて安心させようとし……繋いでいた手を無理矢理引かれて、抱きしめられる。
突然のことに蒼の胸の中で目を白黒させていると、筋肉質な腕が強く、逃さないように利優を持ち上げて、膝の上に乗せられる。
「悪い。 ……やっぱり、怖い」
「……かっこつけ、やめたんですか?」
「これでも、精一杯の虚勢を張っているつもりだ。 ……泣き叫んでだだをこねたいぐらいに思っている」
「ダメな人です。 まったく、先輩ったら、ボクがいないとダメなんですから」
正面を向いたまま抱き合うのは、どんなに取り繕っても気恥ずかしく。 身体をよじって、蒼の膝の上に座るようにする。
「……情けない」
「頼りにしてます」
蒼は利優を逃さないように腕を回し、眼を閉じる。 戦闘中に寝るというのはリスクがあるのは分かっているが、現状では必要なことだ。




