魔女と不良と時々ゴリラ 2-4
「まぁ、水元くんが強いから、私は戦わないデスよ。
引き伸ばしに引き伸ばして、隙を突いて攫う作戦だったけど、無理そうデスから」
「まぁ蒼くんが強いのは分かっていますが……。 それなら元々望み薄いんじゃないですか? 四六時中一緒にいることぐらい、情報ありますよね?」
やっとパンケーキを食べ終えた利優が、パフェにスプーンを付けたガムに尋ねる。 確かにその通りだ。 と俺もショートケーキを食べながら頷いた。
「そもそも、なんでボクが狙われているのか、よく分からないんですよ。 確かにイデアル・ジーンは強いですけど、能力はそれを活かせるものではないですし、そんなに有用ってわけでもないです。 鍵を閉めてもレベルの低いワープ能力者に打ち破られますし、鍵を開けるのもワープ能力者の方がスマートです。 能力を除いた個人としての技能なんて、そこらへんか人の方が圧倒的に優秀なぐらいです」
「んー、まぁ言ってもいいデスけどー」
ガムはパフェの生クリームを頰に付けながら俺を見て笑う。
「言ってもいいんデス?」
見透かしたような言葉に、ケーキを食べていた手が止まる。
彼女が名乗った名はガム=ラウリウネスク。 同じ暦史書管理機構の人間であり、角の前でも名乗っているので、おそらく本名だろう。
利優を塀無に預けたのは、プライ=ラウリウネスク。 ガムが利優を連れ去ろうとしている事実も含め、偶然の一致とは思い難い。
というか、そもそも……この二人は似ている。 利優は17歳という年齢に関わらず、小学生の中学年とそう変わらない容姿。 ガムも20歳らしいが、利優と大差がない、多少胸はあるが。
髪色や眼の色は、利優は日本人然としていて、ガムは人種の判別は付かない金髪と青眼。 けれど顔の作り自体は似ている。
腹違いの姉妹と言われても、なんとなく、納得も出来るほどだ。 利優は気が付いていないが。
「……いや、信じられることを言うと思えないからいい」
「えっ、先輩、せっかくなら聞いていた方が良くないですか?」
首を横に振って、利優の方を真っ直ぐに見れば、彼女は溜息を吐いて俯く。
「ボク、当事者のはずなのに、蚊帳の外です」
「悪い」
「いいですけど。 ……あの、寒くなったんで、このアイス食べます? ボクと間接キスですよ」
「……食べる」
利優からスプーンを受け取り、抹茶のアイスを食べる。 冷房の効いた店内にしばらくいたこともあり、利優も少し体が冷えてしまったのだろう。
「まぁでも、力付くってのは諦めただけで、交渉はしようと思うデス。
どうです? うちにこないデス?」
「行きませんよ……。 先輩も、鈴ちゃんも、こっちにいるんですから」
「一緒でも構わないデスよ? 三人とも、非常に欲しいデス」
「いや……拐ったりするようなところは、ちょっと。 それに、何より……先輩に、人殺しをさせてたところです」
「でも、このまま争ったら、水元くんは私やスピッツ、あるいは他の人を殺すと思うデス。
こっちに来たら、もうさせませんよ?」
「えっ、あっ……んぅ?」
利優が混乱し始めた。 とりあえずアイスを食べ終えて、そのまま別のアイスに手を付ける。 利優にしてもガムにしても、冷えやすそうなのでこういったものは俺が食べていった方がいいだろう。 ガムがパフェのアイスで震え始めたがとりあえず無視しておく。
「水元くんからしても、こっちにきた方が都合がいいんじゃないデス? 今なら、他の男の子に取られちゃうかもしれないデスよ? 潜入先で危ない目に合うかも。 そこで恋に落ちるかもデス。
こっちにきたら、安心出来て、信頼出来る男の子は君だけデスよ? 取られる心配はないデス。 なんなら、他の男性が利優ちゃんに会えないようにしてもいいデスよ?」
「利優は同性もいけるクチだ」
「マジデスか……。 男の子どころか女の子にすら負ける水元くんに、オススメのプランがあるんデスが。 あっ、利優ちゃんのいるところでは言えないことデスね」
それにしても、返事はあったのに、神林遅いな。案外ガムもしっかりと食べているのでいなくともなんとかなりそうな様子だが、甘ったるすぎて気持ちが悪くなってきた。
「どうです? あとで二人で会わないデスか?」
「そんな罠に誰がかかるか」
「えー、別に罠ではないデスー」
食べ終えた皿を店員が取りやすいであろう位置に置いておくが、それを取ってくれることはない。 もしかしたらまだガムが注文したものが届ききっておらず、厨房の方にでもいるのだろうか。 不安である。
「罠っていうのはデスね。 気付かれたら終わりじゃダメなんデス。 例えば落とし穴なら、そのまま掛かったら穴に嵌めれて、気付かれたら迂回させれる。
そういったものが良いんデス。 今のなら、無意味に警戒させて終わりデスよね。だったら、しない方がマシ、デス」
「じゃあ初めから誘うな」
「罠じゃないんデスよ。 別に私からしたら二人は敵ではないデスからね。 むしろ、未来の仲間デス」
「なら、正攻法できたらいいだろう」
「そもそも誘拐しようとしてる人がよくそんなこと言えますね」
思わぬ流れ弾が襲ってきた気がする。 利優自体は気が付いていないのか、不満そうにガムを見るだけだ。
とりあえず、頷いて同意しておく。
「……それで信用されると思う方がおかしいな」
「そうですよね! 普通、拐おうとした人を信用出来ないですよ!」
「……おう」
俺も信用されていないのだろうか。 いや、そんなことはないよな。
大丈夫だ。 うん。
「あれ? でも、水元くんって組織抜けたとき、拐って逃げましたデス?」
「あっ」
言うなよ。 空気を読め、ガム=ラウリウネスク。
利優も俺から目を逸らして見ないようにしている。 気まずい空気を早く払拭したいと目で店内を見回すが、神林はまだ来ていない。
随分遅いな。 スピッツの方、あるいは別の誰かに襲われたのかと思ったが、わざわざ昼間に狙うはずもないか。
あいつはどこにいても目立つので、危険は少ないはずだ。
「あの、先輩は別ですよ? すっごく信用してますから」
「いや、ああ。 ありがとう」
「じゃあ、利優ちゃんの説得はしなくても、水元くんだけ説得したらいいわけデスね」
「あれ、また蚊帳の外になりそうな……」
ところで、とガムが面白そうに口を歪める。
「本当に負けが確定していたら、あなたならどうしますデス?」
「何が言いたいんですか?」
「いや、私なら、さっさと逃げ帰るデスけどね。 普通どうするのかなって」
「やる気か?」
「そんなわけないデスよ。 怖いのは事実デス。
貴方みたいなバケモノに、正面から戦うわけがないデス」
掴み所がない。 いや、煙に巻かれているのか。
利優が辛そうにケーキを食べているのを横目に見ながら、ガムに向けて口を開く。
「何が言いたい」
「続行、デス。 試合続行」
「あとは検査に出せば終いだ」
「発見されたら終わりだとでも? 同じ地区の他の事件もって手は使えないだけなら、その事実を引き伸ばしたらいいだけだと思わないデス?」
ガムは俺にスプーンを向けながら口を開く。
「ちょっと寒くなってきたデス。 残り要るデス? 間接キスデスよ」
スプーンを受け取り、パフェの残りを食べる。
「先輩は女の子の唾液だったら誰のでもいいんですね」
「いや、普通に勿体ないだろ」
「普通って言うなら、手に持ってたスプーンで食べたら良かったんじゃないですか?」
「……いや、渡されたから」
「まぁ、私みたいな美人のお姉さんの魅力に逆らえなかっただけデスね」
「いや、先輩はロリコンですから」
「どちらも違う」
神林がこない。 連絡もない。 十分ほどで来れるはずが、既に一時間近く経っている。
店員も見当たらない。 いつの間にか、他の客もいない。
「まぁ、いくら水元くんが強いと言っても、今みたいに隙だらけなところもあるデスよね。 今のスプーンに毒を付けることも出来るデスし、パフェにも入れれるデス。
それにやっぱり精神的な面では、むしろ貧弱デスね。 そこらへんの同年代の方が、よっぽどしっかりした自分を持ってるデスよ」
「……何が言いたい」
「本当に利優ちゃんに好かれると思ってるデス? 私には、同情で優しくしてもらっているようにしか見えないデスよ」
おかしいと感じたのは利優もなのだろう。 キョロキョロと見回して、俺の腕を引く。
三人が黙れば酷く静かだ。 まるで誰もいないかのように、静寂だけが場を支配する。
能力を使われた感覚はなかった。 俺の干渉深度があれば能力が使われて気がつかないはずがない。 だが……例えば、俺の観測外で使われてしまえば、気がつくことは出来ない。
何が行われたのかは分からない。 だが、真昼間の街中。 人が消えた。




