激闘! 球技大会!1-1
「結局、怪奇現象とかなかったな。 二個だけしか回ってないが」
「えっ……えぇー……」
利優がパジャマ姿で水を飲みながら、何か言いたげな目をこちらに向ける。
俺の相棒である利優は、歳の割に背が低く身体が華奢で細い。 幼い顔立ちとあどけない表情も合わされば、低年齢の子供にも見えてしまうほど。
「どうかしたか?」
「二宮金次郎は……。 二宮金次郎が別の学校からやってきて襲ってくるのは先輩の中では怪奇現象ではないと、そうですか」
時計を見るともうそろそろ3時だ。
ジトりとした目で俺を見る利優に答えた。
「いや、能力は一応反証可能な事象でしかないから、怪奇現象とは言い難い。
ああ、もう寝た方がいいぞ」
「先輩に起こされてたんですけどね。 明日は絶対帰ってきた瞬間に寝ますから。 先輩のご飯とか、知りませんから」
「悪い……。 朝食と弁当は、明日は俺がするよ」
「止めてください! 結果的に仕事量が増える未来しか見えませんから……。 ……さいあくで……も、コンビニで買ってくれた、ら」
そう言っている途中で利優は目を閉じて寝息を立て始めた。
何かするつもりなどなければ、それも利優は知っているだろうが……無警戒すぎるのではないだろうか。
華奢な身体を抱き上げる。 見た目通りに軽く、利優の部屋まで運ぶのも大した労働ではない。
今日は、利優の体力では色々とさせ過ぎてしまったか。
しばらくは控えた方がいいだろう。 次の土日辺りに、一旦利優を組織の寮に帰らせて、一人で探すことにしよう。
利優の頭を軽く撫でてから、布団を被せて電気を消す。
「んぅ……」
「おやすみ、利優」
とりあえず、コンビニに行って朝食を買うか。 ついでに利優の好物のチーズ鱈でも買って機嫌を取っておこう。
◆◆◆◆◆
「水元はどの競技に出るんだ? 俺は中学までやってたからバスケだけど」
昼休みに、昨日と同じように屋上で食べていると、横野が面白そうに尋ねる。
何の話か分からずに利優の方へと顔を向けると、利優も知らないらしく首を横に振った。
「ああ、再来週に球技大会があるんだよ。 競技はバスケとソフトとサッカー、それにテニス」
「んじゃ、卓球になるんじゃないのか。 他のは埋まってるだろ?」
「あー、そうなのかな。とりあえず先生に聞いた方がいいな」
また放課後に聞きに行けばいいか。
横野は弁当を食べ終わったのか、立ち上がって屋上の扉に触れた。
「部活行ってくる」
案外真面目なやつである。
野空も今日は友人と食べているらしく、利優と二人きりでだ。
「一応、鍵閉めときますね」
利優が手を扉の方に向けると、ガチャリという音とともに鍵が閉められる。 やっぱり便利な能力だな。
「眠そうだけど、大丈夫か?」
「んー、眠いですけど、今寝たら先輩が我慢出来ずに襲ってしまいますから……」
「誰が襲うか」
「先輩って、ボクのこと大好きじゃないですか」
「馬鹿なことを言うな」
ため息を吐き出せばニヤけた顔で俺の顔を触る。
「嫌いなんですか?」
悪戯げな表情を浮かべた利優の頭を無理矢理抱えて、膝の上に乗せる。
「寝とけ。 昨日は連れ回して悪かったな」
「真面目なのは美徳だと思いますよ」
気を使われたのだろうか。
利優はそのまま目を閉じて寝息を立て始めた。
◆◆◆◆◆
放課後である。 俺にとって辛さしかないような部活動だ。
女の子のコミュニケーション能力はおかしなことになっているのか、昨日あったはずの利優はキャピキャピと他の部員と話している。
当然のように話について行けるわけもないので、持参していた本を取り出して読み耽る。
銃の図鑑のようなもので、具体的な歴史の流れや材質、大きさや長さがしっかりと示されていて、非常に詰まらないものだ。
銃に関する能力を持っている俺だが、決して銃が好きというわけではない。
明確に嫌っていて、必要がないのであれば知りたいとは思わない。 ーーつまり、銃について知らなければならない理由があり、必要があった。
能力というものは元々才能の強さ以外にも、その能力により扱える物の知識が重要になる。
俺の場合は銃や弾丸、利優の場合は鍵やら鍵穴の。 利優は元々の才能が高いので、それほど詳しいわけでもないが、能力なしでもだいたいの鍵は開けられると言っていた。
地道な努力が能力の強さに影響するので、面倒ではあるがサボることができない。 時間が許すのならば色々と勉強はしないとならないだろう。
「水元くんは何でこの部活に入ったの?」
先輩の突然の問いに、本から目を離して見るが、本当のことなど言えるはずもない。
少し迷っていると、薄い漫画本に噛り付いていた利優が顔を上げて答えた。
「蒼くんは、ボクのことが大好きですから」
否定しようかと思ったが、他に言い訳が思いつかない。 仕方なく頷くと、きゃーきゃーと甲高い声を上げて利優を囲んでいた。
こっちに来なくて助かったな。
「水元くんも、漫画読む? 読むよね、入ったんだし」
「あー、そうか、そうなるのか」
「大丈夫、漫画の蔵書は、他の漫研とかと共有だから、男の子向けのもあるよ」
「ん! 蒼くんも漫画読むんですか?
オススメありますよ! ボク」
二人に連れられて違う教室にくる。 利優はいつの間に知ったんだ。 だいたいトイレ以外には一緒に行ってるのに。
「それにしても、教室多いな」
「ああ、昔マンモス校だったんだって、最近は少子化やらなんやらで、空き教室がいっぱいあるの」
景気のいい話ではないけれど、空き教室が多いと色々と楽そうだ。 利優がいたら開閉は自由なわけだし、いざとなれば逃げ込んだりも出来るかもしれない。
「とりあえず、オススメ幾つか。 あっ、読んだことあるのとかない?」
「いや、漫画は読まないな……」
そう言いながら渡された漫画を見ると、見覚えのあるタイトルだった。 いつ見たのだろうか。
「ああ、これ小学校のときに流行ってたな」
「それ面白いよ」
とりあえずその漫画を何冊か借りて、部室に戻る。
一人だけ話に入らず浮いているのも悪いように感じるが、その内容にはついていくことが出来ないので、一人で漫画を読み耽る。
漫画は読んだことないと思っていたが、少し読んだことがあるのか、薄らとだが先の展開が分かる。
途中、突然話の先が分からなくなった。
ここまでしか読んだことがなかったのか。 少し閉じて、お茶を一口飲む。
子供には少し難しそうな内容なので飽きて読むのを止めたのかーー。
小学校の頃を思い出そうとし、嫌な記憶に顔を顰める。 ……まぁ、過ぎたことは仕方ない。
などと言えるはずもないが、そのまま漫画を閉じる。
「あれ、面白くなかった?」
「いや、面白かった。 慣れてないから、ちょっと目が疲れて」
それも事実だった。
利優は俺の顔色を見て、持っていた薄い漫画本を閉じる。
「あ、すみません。 楽しくって話したり読み耽っちゃってましたけど、今日、引越しの荷解きしないと……。 お先に失礼します」
利優はぺこりと頭を下げたあと、本を別の教室に戻してから俺の手を引いて外に出る。
時間としては、部活動帰りにしては少し早い。
「……悪い」
帰り道にスーパーに寄って、必要な物を買う。
食べたい物を聞かれ、何でもいいと答えて、ため息を吐かれる。
何度も繰り返し行ったやりとりに、少し落ち着く。
「どうしたんですか?」
「昔のことを思い出しただけだ」
利優はそれ以上尋ねることはせずに、困ったように微笑んだ。
「今日、一緒に寝てあげましょうか?」
子供扱いか。
買い物を終えて、荷物を持つ。
すこし考えると、子供扱いも仕方ないことなのかもしれない。 嫌なことを思い出して顔を青ざめさせるなど本当に子供のようではないか。
こういうとき、自分がどうしても嫌になる。