魔女と不良と時々ゴリラ 2-2
利優にもうすぐ任務を終えることが出来るのを伝えるべきだろうか。
ガムの影響で延ばそうになっていたが、その怪我人などの報告が上に届く前に任務を終わらせれば、人形使いの件だけで任務は済み、これ以上ここにいる必要はない。
俺たちがここに潜入していたのは、年齢の問題が主な理由だ。
別件の傷害事件があったところで、角に報告を遅らせるように頼み、任務を終えることが出来ればあとは有栖川の用意してくれた仕事をすればいいだけだ。
必要でもないのに、有栖川の仕事を投げ出して来いと命令されることも考えにくい。
逆に少しでも長引けば引き続きということも考えられ、その場合は非常に長時間この街に拘束されることになる。
利優を守るには早く決着を付けることが最善だが、そこには利優の意思が汲まれていない。 もしこのことを利優に伝えれば……ここにいたいと言うかもしれない。
そのとき、俺は利優の思いを振り払うことが出来るのだろうか。
「先輩、どうかしました?」
「……なんでもない」
利優の格好は制服の丈が余っていて、小柄なのを際立てるようで非常に可愛らしい。 振り払うイメージを浮かべ、それが出来ない自分の愚かさにに溜息を吐き出した。
「先輩、また怖い顔してます」
「してない。 ……テスト勉強、頑張ってるか?」
自信ありげな表情で笑みを浮かべ、ぐっと拳を握る。
「目指せ、平均点、ですっ!」
「頑張れよ」
登校し終えて、教室に着く。 教科書を広げ始めた利優に席を外すと伝えて隣の教室に向かう。
軽く教室を見渡しただけでも分かる巨体の方へ歩く。
「おう、蒼か。 どうした?」
「とりあえず顔を見に。 それと、一応伝えることがあるから、昼休みに屋上に来い」
頷いた神林を見てから利優の元に戻る。 何もなかったようで少し安心する。
◇◆◇◆◇◆◇
屋上で弁当を食べ終えて、利優にそのまま勉強を教える。 うんうんと唸っている利優を端に見ながら、空いた扉に向けて溜息を吐き出す。
「もう来たのか……」
「お前が呼んだんだろ」
もう少しこの時間を楽しんでいたかった。 あと何日、利優の制服姿が見れるのだろうかと思えば、急に惜しい気がする。 もう少し見ていたかった。
「神林、俺達のいる組織について話してやる」
「あ、友達と駄弁ってたから、まだ飯食ってないんだ。 食いながらでいいか?」
適当に頷き、軽く話す内容を纏めながら口を開く。
「……暦史書管理機構。 それが俺達の所属している組織の名だ」
「歴史書? 能力とか、能力者管理じゃなくてか?」
「ああ。 能力者の管理は本業ではない。
暦史書あるいはコロンシリーズと呼ばれる書物の管理、保存が主目的だ」
「はぁ……なんか案外しょぼいな」
神林は拍子抜けしたといった表情で座る。 少しつまらなさそうにも見える。
「そうでもない。 コロンシリーズは全てが完全な実話のみで構成されている。 今は失われている歴史の真実も、何かを成した者の裏側も。 人類史の中で最も信頼でき、詳しく、多い資料の郡と呼べる。
基本的には秘匿されているが、出すところに出せば世をひっくり返す可能性まである」
「よく分からないが、すげー本ってことだな。 その本の管理のついでに能力者の管理……すごい二足の草鞋だな。
繋がりのない二つというか」
利優が教科書から眼をあげて、くりくりとした可愛らしい瞳を向ける。
「そうでもないんですよ。 能力者ってコロニストのことですから」
「コロニスト?」
「あ、その暦史書を書く人のことです。 多くの能力者は何かしらの人物や組織などを見て「記録しなければ」って考えに駆られて、暦史書を書き始めます」
「どういうことだ?」
「前に能力は遺伝性の物だと言っただろ。 その遺伝子には幾つかの特徴がある。 大まかには、人類史に残すべき物や者を見れば、それを記録しなければならないという強迫観念が生まれること。
もう一つは、その遺伝子が濃いならば能力が現れる。 故に、暦史書管理機構はその二つを行なっている。
俺はあまり信じていないが、コロニストは神の子孫であり、神から命じられた歴史の記録をしているだとか、だから血が濃いと能力が使えるとかって話だ」
「……まぁなんとなく理解した。 だが、俺はそんなの書いてないぞ?」
「まだ、そんな記録する物と出会ってないからじゃないですか?
先輩……蒼くんも書いてないですよね?」
「俺は意識的に書かないようにしている」
「んなもんなのか……。 疑わしいな」
「何かを書きたくなるってだけですよ? 能力とかより、よほど現実的かと」
「まぁそりゃそうなんだが……」
神林は腑に落ちないといった様子で頰を掻く。
「そういや、遺伝子が近いってことは、やっぱり可愛い子も多いのか?」
「……普通じゃないか? 確かに能力者である利優は優れた容姿をしているが、お前はゴリラ似だろ?」
「ああ、確かに。 殺すぞ」
「それで、組織に入るならそちらが優先されることを覚えておけよ」
「なるほど、可愛い子が優先されるんだな」
「そっちじゃねえよ」
神林の馬鹿な言に溜息を吐きつつ、利優が勉強をしている様子を見る。 以前解けていなかったものの多くが解けていて、成果の実りが見えていた。
言葉には言い表せないような気まずさに、利優の頭を撫でて誤魔化す。
「先輩。 出来てたら褒めてもいいんですよ? ボク、褒められると嬉しいタイプですからね」
「塀無……それを言うなら伸びるタイプじゃないのか? だいたいの奴は褒められると嬉しいだろ。 あと、俺はデカイけど先輩じゃない」
「あ、いえ、その……先輩は神林くんじゃなくて、蒼くんのことなんです。 すみません」
「あ、そうなのか……。 なんか、悪い」
利優のさらさらとした髪から手を退けて、蛍光ペンのインクに塗れた教科書に目を落とす。 余計に勉強しにくいだろう。
何度も解いたであろう問題の書いてあるノート。 使い込んだ跡が見えてあまり綺麗ではないけれど、俺のほとんど何も書かれていない、開かれた跡すら少ないそれらに比べれば、如何に綺麗なものだろうか。
「……頑張ってるな」
自然と口は開いた。
少し驚いたような表情。 利優は確かめるように自分を指差す。 俺が頷けば、顔を赤く染めて俯かせる。
「……頑張ってますよ」
照れ隠しにそう言った声は嬉色に染まっていて、罪悪感が増す。 その努力を俺は無に帰そうとしているのだ。
利優の小さな手を握りしめて、誤魔化すように笑ってみせる。
「……あれ、俺、呼び出されたのに邪魔な感じ?」
手が振り払われて、顔を隠すように教科書が持ち上げられる。
「全然! 全然邪魔じゃないです!
先輩は、蒼くんは違うかもですけど、ボクは全然邪魔だと思ってませんからっ」
「……おう。 邪魔したな」
「いや、待て。 これ、角さん……俺の上の連絡先だから、一度連絡しろ。 これまでの経緯は話しているから。
流石に俺では契約内容や、具体的な話は出来ないからな」
「ああ、なるほど。 おっけー。 じゃあ……まぁ、うん、ごゆっくり」
神林に角の連絡先を渡し、屋上から降りて行くのを見送る。 神林の姿が見えなくなったところで振り返り、手を握ろうとして、避けられる。
「利優……?」
「……っ! 「利優?」じゃないですよっ! 絶対変な風に勘違いされましたっ!」
「勘違い?」
「いちゃいちゃしてると思われたんですっ。 ……うぅ、もう隣の教室に行けないですよ……」
何故か落ち込んでいる利優を慰めようと手を伸ばし、頭を撫でる。
「んぅ……先輩の馬鹿」
今日はやることがあるが、利優をどうしようか。 ……連れて行く方が安全か。




