魔女と不良と時々ゴリラ1-4
神林の言葉を聞いて、改めて利優の姿を見て顔を歪める。
利優は美しい。 仕草は子供らしくあどけなさが前面に出ていて、口を開けば普通の少女だけど、黙っていれば【普通】には見えはしない。
濡れ烏の髪は短く揃えられているが、細くしなやか。 瞳はそれ単体でも玉のようで、髪と同じく柔らかそうな睫毛が飾っている。
肌はシミの一つ、荒れの跡、シワすらないほどに汚点になり得るものはなく、白いけれど血管の青や血の赤に染められていることもない。
形の良い唇は閉じているだけで品の良さを思わせるものだ。
それらのバランスが非常に優れていた。 本当に、ただ寝ていたら人ではなく精巧な人形……いや、これほど美しい人がいるわけもないので「人」の「形」とは言いがたく、神像のように見えてしまうぐらいだ。
利優はあまりにも美しい。 おぼこく、あどけないけれど、それでも見惚れてしまう。 本当に人には見えないほどには。
「……おそらく、能力が非常に強力だからだ」
「鍵を開け閉め出来るんだったか? そんなに強いか?」
「そういうのではなく、出力的な物が。 前にも話しただろ、能力のレベルがあると」
利優が戸棚からクッキーを取り出してパクパクと食べる。
「あー、言ってたな。 でも、利用方法がないなら意味がなくないか?」
「能力は遺伝する。 塩基配列の問題だからな。 そのDNAを調べたいとか」
「……なら、身柄まで確保する必要はないだろ。 ガム……だったか? 会ったことがあるなら、その時にどうにでもなっただろ」
神林の言葉に頷く。 確かに言う通りだ。
鍵の能力は幾らでも代用が効く。 どこかに行くためなら、瞬間移動のような能力でも、単純に破壊して侵入することも可能だ。 電子的なパスワードやロックも解除出来るが、それも他の能力でどうにでもなる。
「おいおい、大丈夫かよ。 狙われてる理由も分からないとか」
「……考えたこともなかったな」
「なんでだよ、重要だろ、そこは」
利優がいたら狙うというのが当然の発想になっている俺には思い及ばない考えだ。
「……やっぱり可愛いからなのか? 神林」
「違うだろ」
「じゃあなんだよ」
「知らねえけど。 あれじゃね? 遺伝子がなんとかなら……」
神林は言葉を飲み込んで、誤魔化すように飲み物に手を付けた。
「……それはないだろ。 遺伝子が観測出来れば、今の技術ならデザイナーベイビーのようなことで真似るのは可能だ。 そもそもそのやり方は効率が悪すぎる」
「じゃあ、なんでだ?」
「いや、分からない」
「分からないな」
夜も深くなってきている。 神林もそろそろ帰らせないとダメだろうか。
一人で帰らせるのも危険だが、これから問題が解決するまでの間、ずっと護衛をするということも出来ないので送り届けたところでその場しのぎか。
何かをするつもりなら、送り届けた後に家に侵入することも考えられるし、どうしようもない。
「……なあ、本気で組織に入るつもりなんだよな?」
「ん、ああ。 そうだな」
「戦い方を教えてやる。 とりあえず、自衛出来る程度には」
「俺、こう見えても結構強いぞ?」
ゴリラにしか見えないから、見た目は普通に強そうだ。
はっきり言っていいものなのか、気まずく思いながら椅子から立ち上がって部屋の外に出る。
「庭で軽く相手をしてやるから、着いて来い。 武器はあるか?」
「ラケットとボールなら持ち歩いてるぞ」
なんで持ち歩いているんだよ。
二人で家の庭に出る。 利優がリビングの窓から様子を見ていて、窓から漏れ出ている光で手元は充分に見える。
「相手って、何をするんだ?」
「とりあえず、今のままでは自衛も出来ないことを教える。 何をしてもいいから来い」
軽く脚を開いて、神林の前に立つ。 彼は少し困った様子をしながら、頰を掻く。
「んじゃ、行くぞ」
こういった事には慣れていないのか、たどたどしい様子で伸ばしてきた手を掴み捻り上げて、同時に脚を掛けて投げ飛ばす。
神林の常人離れした巨体が地面に叩きつけられ、鈍い音が響く。
神林は目を大きく見開いて、何が起こったのかも理解出来ていない様子で俺を見上げる。
「本気でも問題ない。 能力を使っても」
立ち上がって、先程よりも速く力強い拳が振るわれるが、同じように投げる。
それからもムキになった神林が何度も立ち上がって、ボールを打ってきたり、ラケットを振るったりとするが、同じことを繰り返すだけだった。
「……まぁ、こんなところだ」
「敵に襲われたらひとたまりもないのは分かった。 ……組織とか、初めて現実感を覚えたな。 っと、投げられすぎて疲れた、手を貸してくれ」
神林に手を貸して立ち上がらせた瞬間、神林の口角が上がる。
「引っかかったな! 手を掴んでいる状態なら力でーーーーっ痛てえ!」
「俺が能力なしでも戦えるというのもあるが、能力なしでここまで差があるのは、まぁ神林の力不足だな」
「修行編が必要か……」
「能力も大して戦闘向きでもないから、俺と同じで能力は補助程度だな。 脚も遅いから、逃げるのよりかは戦えるようにした方がいいか」
神林を立たせて、家の壁に背を預けながらため息を吐き出す。
思ったよりも弱い。 戦力としては数えられないか。
「なんか、初めて組織とかそういうのが現実っぽく感じたな。 ガチで強いんだな」
「これでも戦闘員だからな」
「鈴鳴や塀無も強いのか?」
「利優や鈴は違うな。 利優は……スパイ、潜入が主な仕事だ」
「女スパイか」
そういう言い方をされると無性に腹が立つな。
「部屋に入る前に砂とか落としておけよ」
「いや、もうこのまま帰るわ」
「狙われている可能性があると言ってるだろ。 その場合、太刀打ち出来ないとも」
「んー、つっても、それなら身元もバレてるだろうし、四六時中お前と行動するわけにもいかないから諦めとくしかねーだろ。
また家に着いたらメールするから。 家に着くまで多めに見積もって20分ぐらい……いや、やっぱり30分ぐらいだから、それぐらいでメールがなかったら助けに来てくれや」
「途中コンビニに寄ったんじゃねえよ」
余裕かよ。 と呆れながら神林に弾丸を二つ渡す。
「何かあればそれを一つ放るなりしろ。 起きていたら、すぐに行く。
一つはちゃんと待っとけよ。 発信機代わりになる」
「あー、そか、携帯とかで連絡する暇ないかもしれないもんな」
神林はそれをポケットにしまい込んでから、手を適当に振りながら帰っていく。 ため息を吐いていたら、後ろからトントンと音がして振り返った。
「先輩、良かったんですか?」
「まぁ、仕方ないだろ。 それに、いくら首を突っ込んだと言ってもすぐに殺されるってことはない」
「経験談ですか?」
「俺なら邪魔そうな奴は始末してた」
「ダメじゃないですか……」
窓から入るわけにもいかないので、利優との話を中断して家の中に入る。
ガムとスピッツのことを軽く思い出すと、少しだけ安堵を覚える。
あの二人はまともだ。 俺とは違う人種で、すぐに殺害をすることで対処を行うような性格ではない。
それに、もしも神林が殺されたとしたらそれを理由に組織の方に増援を頼むことも出来るので、俺にとってはそちらの方が都合がいいぐらいだ。
腹が軽く押されたと思ったら下に利優がいて、小さな口を震わすように開いた。
「また、怖い顔してます」




