魔女と不良と時々ゴリラ 1-3
とりあえず、利優には今から帰ることを電話で伝えてから神林を連れてファミレスから出る。
「じゃあ、走るぞ神林」
「なんでだよ」
「……危ない中、利優を残しているんだよ。 いいから急げ」
「塀無を残している? って、ちょい待てよ」
後ろに神林がいるのを確認してから速度を上げて、急いで家に戻る。
「ま、マジで待て! んな速度で走れねえから! もっとゆっくり、な!?」
利優のことは心配だが、まだメールは来ているし、内容も至って普通だ。 少し遅めに走ると、神林は息を切らせながら着いてくる。 案外体力がない。
「前も思ってたが、足クソ早いな」
「そうでもない」
家の前に着いたので、電話をかけて開けてもらう。
「おかえりなさい。 あと、神林くんも、いらっしゃいです」
「え……なんで水元の家に塀無が……。 あっ、親戚だったか」
「いや、それは学校用の設定で。 まぁ、それも含めて話すから早く入ってくれ」
前のときにそれも含め話した方が良かったか。 説明が面倒だな、と思うが、前もそれを思って話さなかったことを思い出す。
神林をリビングに通して、椅子に座らせて、俺はその対面に座る。
「結構広い家だし、椅子もいくつかあるが、あと何人かいるのか?」
「いや、二人暮らしだ。 椅子とかは来客用で」
「二人暮らし……年頃の男女が同居……。 俺も組織に入ろうかな……」
「利優の護衛だからな。 あと、神林が思っているよりも、危険だ」
先程とは違い軽い様子で「給料ってどれぐらいなんだ?」と尋ねてくる神林に呆れてため息を吐き出す。
利優が控えめに俺と神林の前へ麦茶を置いて、小さく頭を下げる。
「神林くん。 無理してはいけませんよ。 あと、お給料は良くないです。 蒼くんはいっぱいもらってますけどね」
「そんなに変わらないだろ」
「蒼くんには危険手当がものすごく付いてるんで、倍近く……」
確かに危険手当は付くから多少増えるが、倍近くということはないだろう。 利優がどれだけもらっているのかは分からないが。 ……というか、利優も知らないだろう。
「はーん、年どれくらいなんだ?」
「それは……」
「利優、言わなくていい。
神林、入らない方がいい」
「なんでだ? せっかく能力があるなら入った方がいいんじゃないか?」
「お前の能力は戦闘向きでもなければ、何かの役に立つわけでもないだろ。
……危険が伴う仕事もある。 守秘義務あるから、外部の人間との深い交流は難しくなる。 結婚も無理だな」
麦茶を軽く飲んで、走ったせいで渇いた喉を潤して、コップを置くとすぐに麦茶が注がれる。
利優が俺の隣に座って、自分の麦茶をこくこくと飲んでから口を開く。
「組織の人じゃない人と結婚しても、何をしているのか言えない、何処に行くのか言えない、緊急の呼び出しがある、呼び出しがあっても何故かは言えない。 言えない尽くしだから、よほどの人じゃないと付き合ってられないみたいです。
そんな理由もあって、組織の中の家系図とか、そこら中で繋がってますよ」
「俺や利優は別のところから来たから、その分風当たりも強いしな。 まぁ別の理由も多くあるが、偶発性の能力者はあまりいい立場ではない。 神林も含めてな」
「つまり、中では差別されるし、外の奴とかは仲良くしにくくなるからやめた方がいい……と」
神林の言葉に頷くと、神林は表情を崩して椅子にもたれかかる。
「結婚は元々出来そうにねえし、お前らとはもう友達だから、中でも一人ってこともない。 それに、友達の立場が少しでもよくなると思えば入りたいぐらいだ」
「……俺以外にも友人はいるだろ」
「そりゃいるけど。 お前ぐらい、俺のために必死になってくれたやつはいない。 理由なんてそれで充分だろ?」
「考え直せ」
利優は俺と神林をあわあわと忙しなく交互に見て、少し口を開けようとしたので頭を撫でる。
「喧嘩してたわけじゃないから安心しろ」
「んぅ……もっと、優しく言えません?」
「充分優しく言っている」
ああ、また話が妙な方向にズレる。ただでさえ、今は妙な状況になっているのに、ここで神林も加われば守る必要がある奴が増える。 半端に力があるから厄介だ。
「それにさ、あの可愛い子も組織の奴だろ?」
「鈴ちゃんのことですか?」
「ああ、その子。 可愛いよな」
「鈴ちゃんがめちゃくちゃ可愛い天使なのは同意しますけど……。 んぅ、鈴ちゃん、蒼くんにホの字ですよ?」
「……えっ」
「鈴ちゃん、蒼くんにメロメロきゅんっ、です。 結構前から」
「水元」
神林が先程までの優しそうな雰囲気を消して、不機嫌そうな表情を俺に向ける。
「……なんだよ」
「死ね。 あぁーっ!もう何なんだよ、なんで水元はモテて俺はモテないんだよ! なんでだと思う!?」
利優は突然振られた話題を聞いて頰を掻いて控えめに口を開く。
「神林くんは、その……ちょっと怖いのかも……。 あ、いえ、ちょっとですよ? ちょっと」
「マジで? 俺温厚じゃないか? うどの大木って呼んでいいぞ」
「筋肉だろ。 背も高いし、デカイ」
利優の五倍ぐらい体重がありそうだ。 いや、五倍は流石にないだろうが、四倍はあってもおかしくない。
「そんなデケエかな。 んで、俺は入るつもりだから、そのつもりでいろよ。 お前が嫌がっても、前に行ったときに連絡出来るようにしているからな」
「……勘弁してくれ」
神林はこれで話が終わったかのような態度を見せて、麦茶を飲む。
面倒なことになったな。 ……いや、良いように考えれば、利優を庇える人が増えたと思えば……。
「それで、俺が見たあれはなんだったんだ? 写真は撮ったけど」
「撮ったのかよ」
「そりゃ撮るだろ」
かなり危ない橋を渡っているな。 そう思いながら神林の持っている携帯電話の画面を覗き込む。
「何も映ってない?」
「……あー、暗かったからですね」
「そこまで暗かったわけでもないんだがな……」
「じゃあ、バレていて何かされたんですかね?」
バレていたとしたら……。 まぁ、元々この場所は割れているのだし、あまり関係もないか。 一応、感覚を研ぎ澄まして観測されていないかを探ろうとして、利優がパタパタ動いていてあまり集中出来ないので、少し席を外してから探る。
どうやら能力による観測はされていないらしいが、普通に望遠鏡やらで見られている可能性は変わらずある。
まぁ、気にしていても仕方ないか。 部屋に戻り、再び席に着く。
「……神林が見た光景は、俺の上司からも聞いていた。 ついさっきのことだが。 その犯人の可能性が高いのは、新しく俺達と同じ任務で入ってきたガム=ラスリウネスクとスピッツ=ノクスヴィアの二人。
利優を狙っていると思われる奴等で、その犯行の動機は俺たちの捜査を長引かせるためだと考えられる」
俺が語れば、神林は少し表情を歪める。
「……可能性とか、思うとかばかりだな」
「直接この目で見たわけでも、自白したわけでもないからな。 神林が見た外人の子供ってのは、ガムの容姿の特徴と当てはまる。 やっていることもな」
「まぁ、ほとんど確信はしてるわけだ。 えーっと、つまり、お前は不良が怪我した事件とは別に、塀無もガムって奴から守らないとダメなんだな?」
神林の言葉に頷くと、軽く笑みを浮かべて、俺の額に手刀をする。
「もっと前に言っとけよ。 手伝うのによ」
「……いや、巻き込むのは避けたい」
「バーカ。 んで、なんで塀無が狙われてるんだ? 小さくて可愛いからか?」
「……可愛いのが理由ではなくて、能力の強さが希少だからだな」
「本当にか?」
「……可愛いからの可能性も考えられるが、流石に組織的な行動で容姿の問題ではないと思われる」
「そうか」
「ああ」
とりあえず、神林が利優といるときには気をつけよう。




