魔女と不良と時々ゴリラ 1-2
いつものようにシャワーだけ浴びて、部屋着を着てリビングに向かう。
おそらくガムやスピッツが人を襲うなどして、利優をここに押し留めさせようとしていることを、利優にも教えなければならないか。
「利優。少し話がある」
利優は少し戸惑ったような表情を見せてから、頰を朱色に染める。 ぎこちない足取りで、俯きながら俺の前に座った。
「あの……不束者ですが、よろしくお願いします……」
「何の話だ? ……おそらく、あの新入り二人の仕業で、何人かの怪我人が出た。
人形遣いを捕まえてもここから離れられないようにするつもりらしい」
「えっ?」
赤くなった顔を俺の方に向けて、首を傾げた。
「てっきり、告白かと……」
「なんでだよ」
「改まっていた態度だったので……重要なことなのかなって」
「交際とかよりも、重要なことだと思うが」
「そんなことはないですよ。 蒼くんも、ボクのことが好きじゃなかったら、です」
頰を掻いてから、軽く笑ってソファに深く座り込む。
「そうでもないだろ」
俺の様子に利優は「むぅ」と唸って、隣に座る。
「あの時、あの組織を裏切ってなくても。 利優は救ってくれただろう。 俺も友人としてでも、守ろうと思うだろう。 変わらない」
「……変わらない。…………寂しいような、素敵なような」
利優は俺の頰をツンと突いて笑う。
「んー、蒼くんはかっこつけですね」
「ああ、格好悪いだろ」
「かっこつけてるのはかっこ悪いですけど。 さっきのは、ちょっと、かっこよかったです。 ……ちょっとですよ?」
そう言ってから、ソファに横になってクッションに顔を埋める。 うつ伏せになりながら、脚をパタパタと動かして俺の身体を蹴る。
その脚を掴んで止めると、真っ赤に染まった顔がこちらに向いて、クッションを投げ付けられる。
「なしです。 今の発言、なし。 なかったことにします」
「利優の羞恥心が分からねえよ……」
「んぅ、飲み物、入れてください」
「はいはい。 何がいい?」
「てきとーにお願いします。 水道水以外で」
利優が沸かして置いていた麦茶を冷蔵庫から取り出して、コップに氷を数個入れてから麦茶を注ぐ。
それを持って戻ると、利優が顰め面をして携帯電話を睨んでいた。
「どうしたんだ?」
「あ、神林くんから、メールが来てて、先輩の方にも一緒に送信してるみたいなんですけど……」
「アドレス交換してたのか」
「……ヤキモチ焼いてます?」
首を横に振りながら、机の上に置いていた携帯電話に手を伸ばして、それを弄る。 俺も上手くなったものだ。
利優の言った通り神林からメールが来ていて、その内容に顔を顰める。
『外人の子供が通行人に何かしていたのを見たんだが、真っ当なことではなさそうだった。
挑もうかと思ったが、二人の管轄のことだと思ってひとまず止めておいた。
とはいえ、穏やかな様子ではなく、何かをされて倒れ込んでいたので、早めに対処を考えてほしい。』
新入りのガムがやってるということで間違いはなさそうだ。
厄介さを覚えながら装備を見直して服を着替えるためにリビングから出ようと扉に手を掛ける。
「先輩? 明日にでも直接聞いた方がいいですよね?」
「いや、直ぐに行こう。 まだ寝ている奴もいないぐらいの今の時間にわざわざ情報のやり取りに向いた電話ではなく、メールを選んだということは、音を立てたくない状況なのかもしれない。 例えば、そのまま尾けている……とかな」
「とりあえず、今の状況を伝えるようにメール返しますね。 あの、ボクも一緒に行った方がいいですか?」
少し考える。 利優を置いていく場合、能力によってある程度の安全が保障される。 だが、場合によっては騙されて開けられる可能性がある。
カメラの前に俺の顔写真を置いて、俺のふりをして受け答えするとか……。 普通に別の能力によって突破は……それは利優に限ってはあり得ないか。
何にせよ、ある程度利優の人柄を知られていれば取れる手は案外多い。 利優の能力は立て籠もることに関しては無敵でも、利優自体に隙が多いのが実情だ。
連れて行くとしたら、まぁまず間違いなく脚は引っ張られることにはなるだろう。
ただでさえ、相手は同じ組織にいた人間で銃の能力のことや、継戦能力や出力の低さが弱点なのも知られている。 オマケにこっちは相手のことを知らない。
守る必要がある奴がいれば、当然戦いにくいし、相手の狙いは利優なのだから俺と真正直に戦うとは限らない。
不安が残るのも確かだが、残して行った方が安全か。
「家で待機していてくれ。 心配だから1分おきにメールしてくれ。 なくなったら直ぐに戻る」
「メール送りまくる束縛は聞いたことありますけど、相手に送らせまくるタイプは新鮮ですね。 ……やっぱり、足引っ張ってますよね、ボク」
「戦闘の可能性があるなら、だいたいの奴は邪魔だ。 利優に限った話ではなくな」
リビングから出て、自室に戻って着替える。 銃の様子を確認してから、他の武器を装備し直してリビングに戻る。
「神林くん、後を尾けてるみたいです」
「どこかのコンビニなりファミレスなりに移動するように言ってくれ。
俺も戦闘や接触を避けようと考えている」
「なんでですか?」
「いざという時に撃ち殺せないから不利だ」
下手に殺したら、仲間殺しの汚名を受ける。 最低でも除名で、除名処分を受ければ利優を守るのは難しくなるというか、無理になる。
それに対して、多分相手は俺を殺せる。 正直、不利な要素が多すぎるのが現在の状況だ。
組織的な差は大きい。
「殺したり、駄目ですよ。 ボクのためにというなら、尚更」
「今更だ。 親も知らない奴も多く殺している。 それが好かないのなら、俺を嫌ってくれたらいい」
「……ボクはそういうことが言いたいんじゃなくて……」
「神林を保護しに行く。 場合によっては連れて帰ってくる。 場所は分かるか」
何かを言おうとして、口を噤む。 言葉にはされなくても言いたいことは分かった。
けれど、利優の思うようには出来ない。
いなくなるより、嫌われる方がよほどマシだ。
「学校の近くのファミレスに行くそうです。 本当に1分ごとにメール送りますからね。 怖がったりしないでくださいよ」
利優の言葉に頷いてから靴を履いて外に出る。 着信音を確かめれば、早速利優からのメールだった。
『蒼くんのばーか』
少し笑ってから、ポケットに戻す。 尾けるのを止めたのならそれほど警戒する必要はないと思うが、一応危険もあれば、早く戻りたいので走って向かう。
年齢のおかげか、能力は弱体の一途を辿っているが体力は以前よりも良い。 夜だが、眼のおかげもあってよく見える。
時々携帯が震えるのが安心となる。 しばらく駆けたらファミレスが見えたので走るのを止めて、携帯を開いて利優の無事を確認してから中に入る。
「いらっしゃいませ、何名様でしょうか?」
「知り合いがいると思うが……ああ、いた。 あそこのデカイのの知り合いだ」
そっちに向かってから、似合わないパフェを食べている前に座る。
「お、来たのか」
「来るだろ」
「それで、どうするんだ? 俺は手を出していないが」
「尾けた時点で危ないだろうが」
「……心配してるのか?」
「そういう問題ではなく、無闇に巻き込まれるようなことはするな。 組織的な問題もあるから、場合によっては見捨てることになる」
神林は顔を綻ばせる。
「なんかガチっぽくてかっこいいな。 ……それで、尾けるのを止めたから具体的な場所は分からないが、向かうか?」
「いや、このまま俺の暮らしている場所に戻る」
「襲われてたっぽいやつは?」
「見捨てる」
「……は。 いや、マジで言ってるのか?」
俺が頷くと神林は不快そうに顔を顰める。 けれど冷静さはなくしていないのか、俺の言葉を促すように待つ。
「まず殺されることはない。 それに後に残るような怪我もしないだろう。 反対に行けば、戦闘になる可能性もあるし、こちらは過激な対処も無理だ。 現時点では、勝っても負けても負けなんだよ」
神林は納得がいかないといった表情をする。
「とりあえず、俺の家に行くぞ。 ここでは話も出来ない」




