魔女と不良と時々ゴリラ 1-1
今、考えてみれば……俺でもそうする。 ある程度の、最低限の良識すら持っていないような人物だったら誰でもそうするような、当たり前の一手だった。
「怪我人が増えた……ですか」
「ああ、人形遣いと同一かは不明だが、恐らく何かしらの能力によって傷付けられた奴が何人もいる。
テニスの能力の奴の例もあるから、能力者が出やすい地域なのかもな」
「別の場所からやってきて、ここで暴れた可能性もあると思いますよ」
「そうか? 不自然じゃないか、それは」
「神林は能力を持っていましたが、特に人を傷付けるような使い方はしていません。 人形遣いは隠れながらやっています。
普通、ある程度の良識がある人間は人を傷付けるときはバレないようにしたがるものですから」
角は顔を顰めながらボリボリと頭を掻いた。
夜間であることもあり、あまり表情はよく分からないが気分が良さそうな雰囲気ではない。
「まぁ分からんことはないんだけどな。 今回の被害者は前みたいな不良に統一されてたりはしないし、通り魔は多少離れたところでするってのも分かる。 ……つっても、どうしようもねえんだよな。
続くようなら、人形遣いを捕まえても引き続きって感じになりそうだな」
「……そう、なりますよね」
利優の身を守ることから遠ざかっている。 もし、それが金髪のガムと、スピッツの仕業であれば、家に置いてきている利優が心配だ。
利優の能力であれば、突破されることはないと思うが。
「すみません。 ちょっと電話します」
やっとマトモに使えるようになった携帯電話で利優の番号を押す。
無機質な呼び出し音が何度も響いて、冷や汗が流れるような……嫌な感覚が続く。 繋がる音が鳴って、ぴちょん、と水音が聞こえた。
「ん、先輩……蒼くん。 どうしたんですか?」
「いや、別に……なんでもない」
「ん? あ、ボクの声が聞きたかったらってことですか? ことですね。 でも、お風呂に入ってたので、ちょっと待ってくださいね。 折り返しますから」
「いや、いい。 そろそろ帰るから」
通話を止めて、携帯電話をポケットに入れる。
少し離れていたので角の近くまで戻る。
「なんで突然電話したんだ?」
「いや……まぁ、少しあって」
「今の様子だと、無事を確認したように見えたが。 危険があったのか?」
口を噤み、言い訳を考えると角がポンポンと頭を叩く。
「言えないような話か?」
「……いえ……その、そうですね」
同じ組織の仲間が犯人と思っている。 など、下手に言えばこちらの立場がより危うくなる。
「言っとけよ。 お前らが危険な目に遭ってるときに、知らぬで済ませたりは出来ないからな」
「……また、後で話します」
ボリボリと頭を掻きながら、角は言った。
「金髪の女の子。 が、怪しげなことをしていたって聞いた」
俺は頷いてから、もう一度言う。
「分かりました。 後で話します。 次は利優も連れてくるので」
「おう」
そのまま帰ろうかと思ったが、一応報告をした方がいいかと、口を開く。
「……銃を操る能力が弱まりました」
角は少しだけ口角を上げる。
「良かったな」
頷きはせずに、立ち去る。
能力は強い思い入れによって発現する。 俺の場合は、母を殺してしまったことによって生まれた罪悪感と銃への嫌悪感。
好意や興味からくる思い入れと違い、嫌悪や敵意を元にしているそれは言ってしまえば、精神的な外傷の象徴であるとも言える。
傷が癒えれば、癒えるほどに、能力は弱まる。
以前出来ていたことは出来なくなり、未だ出来ることも出力が減り時間がかかるようになった、目に見えて衰えている。
特に、利優の実家に行ってからは明らかに弱くなった。
ここ最近の、まともな戦闘のなさも理由の一つだろうけど、色々と「幸福」を感じて、母を殺したことが意識から薄れつつある。
それは利優の狙い通りだろう。 利優の身を危ぶめる行為だが。
言い知れない不安感があるが、もう家の前に着いたので、鍵を開けて中に入る。 湯上りらしい利優が寝巻き姿で迎えてくれて、また幸福を覚えてしまう。
このまま進めば、能力の弱体化どころか……無くなる可能性もある。 気をつけなければならないと引き締め直したら、利優がびくりと身体を震わした。
「そ、蒼くん……何か怒ってます?」
「ん? いや、何も、どうかしたのか?」
「いや、怖い顔してたので……。 んぅ、あっちだとニコニコしてたのに……」
「普通にしているつもりなんだが」
軽く頰を触れてから、外が暗い窓を見て表情を確かめるが、いつも通りに見える。 自分でも分からないが、利優にだけは分かるような微妙な差があるのだろうか。
「……いや、流石におかしいな」
「どうしたんです?」
「……自分で言うのもあれだが……今はかなり……機嫌がいいと言うか、良い気分だ。 悪い報せもあるが」
「悪い報せのことで、悩んでるとか……」
「そりゃあ、悩みもあるが…………」
正直、パジャマ姿の利優を見ていたら、そこまで思い悩むことは出来ない。
一応利優には報告しなければならないぐらいのことだが、角が明確に俺たちの味方をしてくれることも考えれば、新入り二人の相手もしなければならないことよりも大きなプラスだ。
一応、組織内の利優派……利優の味方をしてくれる人物は、俺、角、鈴の三人に一応有栖川も加えて四人になったのだ。
組織内での利優の冷遇は、それほど確実というわけでもないが、有栖川がどうにかしてくれそうである。
何かしらの強行的な手段に対しても、角がいたらかなり安心出来る。
……まだここに留まらなければならないのは、多少危なっかしいことには変わりないが。
「……能力?」
能力による何かしらの攻撃を疑って、利優の目を見る。 利優は少しだけ震えて、俺の方をチラチラと見ている。
「あの、能力って、人には効き目悪いものですから、心を操るみたいなのは、あり得ないんじゃ……」
「怖い顔してるのか? 機嫌がいいつもりだが」
「まぁ……はい。 ボクを押し倒したときみたいな顔です」
「それはまた……」
パジャマに反応しすぎてしまったのだろうか。 確かにめちゃくちゃがっちり見てたしな。
能力であれば、俺が探知出来るはずだし……。 利優のことをいかがわしい目で見過ぎているだけか。 自重しなければ。
「先輩。 今週はどこかに出掛けたりしますか?」
「……特に理由がなければ、毎週あっちに顔を出した方がいいかもしれないな」
「なんでですか?」
「ここが単純に危険になってきている。 有栖川から何かしらの接触があるかもしれない。 味方をしてくれる可能性がある人を増やす、あるいは敵になりにくくする。 とか、色々やることがある」
利優は少し困ったように頬を掻いて、控えめに言う。
「その……ボクだけでも、こっちに残っていちゃダメですか?」
「……いや、残るのはダメではないが、それなら俺も残るな。 何か理由があるのか?」
「…………そのー、なんと言いますか。 鈴ちゃんに合わせる顔がないです……」
俺も気まずさに息を吐き出した。
「ああ……」
「一応、応援するって、言ってたのに……その、まぁ、こうやって交際しているわけですし」
「交際はしてないな。 ……まぁ、鈴には俺が謝っておくよ」
「謝っても、怒られなさそうなのが、怖いです」
ゆっくりと息を吐き出す。 まぁ、まだ週の始めだし、考えないようにしよう。




