白熱! 歓迎会! 3-5
カシュ、と缶ビールが開く音を聞く。 俺を真っ直ぐに見ている目に気まずさを覚えながら、手首にあるブレスレットに変形させた拳銃に触れれば少しだけ安心を覚える。
よくない兆候かもしれない。
「うちの娘は、どうしてる?」
「はい。 元気によく働き、よく学び、楽しそうに過ごしているように思います」
「すごく信用ならない言い方だな。 まぁ、それならいいが」
ゴクゴクと勢いよく飲んでいて、少し心配になる。
顔を顰めながら、苦々しそうに父親は口を開いた。
「……利優は、ここをどう思っている?」
あまり帰って来ないことを心配しているのだろうか。 気に入られるために適当によいしょでもしようかと考えてから、息を吐き出す。
そういうことは、利優の関係者にはしたくない。 なんとなくだが。
「両親のことは好きだと言っていました」
「……そうか」
少し失望したような視線の中、続けて口を開く。
「しかし、利優さん……利優は、この家に来るとき、いつもよりもしっかりとした服を選んでいます。
自分で開けて入ることが出来るのに、中に人がいなかったからと出直しました。
すぐ近くの喫茶店で時間を潰しましたが、緊張している様子でした。 いつもだったらパフェなどを頼むだろうところを、母の作った昼食を残したら悪いからと諦めてました。 それに、わざわざ喫茶店から出る前にトイレに行っていました」
父親は表情を変えることなく、黒い眼を真っ直ぐに俺に向けていた。 何処となく、既視感を覚えながら続ける。
「何より……ここには「来る」で、組織のマンションや潜入先の高校に通うための家は「帰る」と言っています」
机が強く叩かれて、ビールの中身が少し溢れる。
「そうか」
怒りか悲しみかは分からない。 判別の付かないような声と表情。 言うべきでなかったのか。 そうは思えない。
「……利優の笑い方は、母に似ていた。 笑い方以外も、表情は似ています。 自分の力で迷惑をかけたり、一緒にいれないことひ罪悪感を覚えているみたいですが、多分、一緒にいたくないわけではないと思う」
「そうか」
「……気づいているか?」
「何がだ」
「さっきの利優が作ったんだよ」
少し驚いたような顔をした父親を見て、少し笑う。
「……分からないよな。 ……間違いなく、親子だなって思うよ」
「……そうか。 利優も上手くなったんだな。 ……よかった」
「羨ましいぐらい。 愛し合っていて、いい家族ですよ」
利優の父親は嬉しそうに頬を緩ませながら、ビールを煽り、息をゆっくりと吐き出して、机の上に置いていたアルバムを手に取った。
「うちの娘は、可愛いだろ。料理も上手いしな」
「はい。 そうですね」
「ぶっ殺すぞ」
「……ええ」
感慨深そうにアルバムを眺めて、最初のページだけを飛ばしていたのを見て、確信を覚える。
利優が近くにいないことを確認してから、ゆっくりと口を開く。
「……今から、失礼なことを聞きます。 殴られても抵抗はしませんし、財布と携帯も持っているので、今すぐに外に追い出されても問題はないです」
「何だ」
水を刺されたからか、少しつまらなさそうに利優の父親は俺を見る。 いや、つまらなさそうにではなく、この表情は、怯えだ。
利優が怯えているときと、少し似ている。
「父母共に、背が高いですね」
「ああ、そうだな」
「利優さんの持つ特別な能力。 知っていますよね」
父親は苦々しそうに頷いた。
「本当は話してはいけないんですけど、あれは遺伝するものなんです。 特定の塩基配列に近いほど、強力な力を持つことになる。 利優の持つ力は別格に強く、やろうと思えば何の抵抗もされることなく、街一つの人間を全滅させることも出来ます。
遺伝子の問題ということは、強い能力を持つ親もそこそこ強い力を持っていなければ、理屈に合いません」
「……利優の力が出たのは、3歳ぐらいの時だ。 それまでは何もなかった。 それと同じように今になっても力が目覚めてないだけの可能性もあるだろ?」
「俺と利優のいる組織が、強い能力者の可能性のある者をこんな適当に野放しにしているのはあり得ない。
つまり、両親ともにマトモな人間であることが分かります」
父親は顔を歪めながら俺を見る。 憎しみすら感じた。
内臓が痛むように感じながら、父親の言葉を聞く。
「何が、言いたい」
「アルバムの写真。 一歳頃の利優の写真ですけど、奥の壁に貼られている子供の絵……あれ、一歳に書ける絵じゃないですよね。 子供っぽい絵だけど、あれはおかしい」
返事がない。 俺は淡々と続ける。
「そもそも、それよりも前の写真。 ……これ、別人だ。 違う乳児だ。 撮った日付は分からないけれど、一歳の時の写真と、それ以前の別人だと思われる乳児の写真、明らかに一年以上の月日の差がある」
息を飲む。
「……利優は、あなた達の実の娘ではない」
言い終わった瞬間に拳が見える。 反射的に避けようとしてしまったのを無理矢理に抑えつけて、そのまま殴られて椅子ごと後ろに倒れた。
「……利優には……」
音が鳴って二人を起こさないように、床にぶつかる前に腕を当ててバネのように曲げて勢いを弱める。
鼻の頭が熱くなり、奥から血の匂いがする。 これ、鼻血が出るな。 ティッシュをもらって、鼻血が出る前に詰めておく。
「言いませんよ。 利優も気が付いていないようです」
少し興奮が収まった様子で俺を見下ろし「悪い」と言いながら俺に手を伸ばした。
その手は取らず、立ち上がって椅子を立て直す。
「引っ掻き回すつもりはありません。 何かをしようとするわけでも。 ……ただ、彼女のことは、知りたいと思っています。
まだ気が付いていないようですが、いつか、気が付きます」
無言のまま、利優の父親は顔を歪める。 しばらく黙っていた父親は、小さく呟くように言った。
「分かっている」
「そのいつかの日。 あの子を一人にさせたくない。 そのいつかの日に、あなた達がいなければ、絶対に思う。 「愛されていなかったから、一緒に暮らせなかったのではないか」と」
「そんな筈がッ!……あるわけないだろ」
「分かっている。 だが、そう思う、いつかの日に、疑う。 だから、教えてくれ。 あなた達の口から。
利優のことを愛しているか。 血の繋がりもなく、おかしな子だが」
「娘だ。 当たり前だろ」
頷いて。 椅子に座り直す。
「ありがとうございます。
いつかの日。 あなた達が伝えられなかったら、俺が代わりに伝えます」
「……そんなに、利優が大切なのか」
見定めるような目に、息を飲む。
「恩人です。 何をどうしようと、返せないような恩を受けました」
「命でも救ったのか? あいつ」
「世界を、くれました」
父親は吹き出して、誤魔化すように口元を隠す。
「いや、悪い。 思ったよりもロマンチックで、思わず」
軽く顔を顰めると、機嫌がよさそうに飲んでいない缶ビールを冷蔵庫に戻して、俺に声を掛けた。
「行くぞ。 付いてくるよな」
「……はい」
どこか分からないけれど頷いて、父親に続いて外に出たら、すぐ近くの喫茶店に入った。
「ここ、夜は酒を売ってるんだよ」
未成年だけど、まぁ入るのは問題ないか。
利優の父親は慣れた様子で店員と何かを話して席に座る。 とりあえず横に座り「アルコールの入っていないものをお願いします」と店員に言う。
「流石に、起きてくるかもしれない家で話せることじゃないからな」
「ああ、なるほど」
ゆっくりと、少しずつ父親は語り始め、俺はそれを聞く。 酔っているからか、少し分かりにくく長ったらしい言葉だった。
利優よりも前に子供がいた。 死んだ。 利優を預かってくれと何者かに頼まれた。 子供として育てた。
言ってしまえばそれだけの話だったけれど、それを聞くのは長く長く時間がかかった。
「……その、預けた人の名前は?」
「外人みたいだったから、利優の実の親ではないと思うが……プライ=ラスリウネスクとか名乗ってたな。 ……どこの国の名前でもないから、本名とは思えないが」
怪しいにもほどがある。
◆◆◆◆◆◆
家に戻るとき、軽く酔っ払っている利優の父親にぐしぐしと頭を撫でられる。
「そのいつかに、利優の隣にいろよ。 いないと承知しないからな」
なんとなく、俺が利優を撫でるときと似たような手付きだ。 ……こうやって撫でると、利優が喜ぶから、俺はそうしていた。
「…………もしかしたら、伝えるまでもないかもしれません」
父親は嬉しそうに笑って、痛いぐらいに撫でられる。
「そうでも。 一緒にいろよ」
頷いた。




