白熱! 歓迎会! 3-3
利優の母親がご馳走してくれた昼食はオムライスだった。
家庭的な味、少し大雑把ではあるけれど、利優の作った料理によく似た味で、知らずに食べたら勘違いしてしまうぐらいだ。
「やっぱり、お母さんのご飯は美味しいですね。 ね、蒼くん」
「ああ、とても美味しいです」
嬉しそうに利優の母親は笑い、その表情も少し似ている。 顔と背丈はあまりに違うが。
「ん、今日は泊まっていく?」
「あ、いえ、夕方には帰ろうかなって……」
利優の「帰ろう」という言葉に反応して、利優の親は少し悲しそうに目を伏せる。
「泊まっていかない? 蒼くんも、泊まっていくよね?」
「いえ、俺は……仕事もあるので」
「夕食にお寿司取るよ?」
「お寿司っ! ……いや、やっぱりテスト近いですし、勉強するための、持ってきてないですし」
「蒼くん、利優のアルバムあるけと見ていく? なんとなく夜になったら見つかる気がするんだけど……」
「……そういえば休日中の仕事は上司に禁止されていました」
「蒼くんの馬鹿……。 まぁ、別にいいですけど」
オムライスを食べ終えた頃、利優が立ち上がって俺にも立つように言う。
「ボクの部屋に行きません?」
「あ、利優、積極的だねー」
「違いますっ!」
利優がプンプンと怒って、食器を持ってキッチンの方に行き、そのまま二階に上がっていく。
俺も片付けて上がろうとしたら利優の母親に止められる。
「蒼くん、蒼くんは利優のこと、どう思ってるの?」
少し迷い、誤魔化そうとした言葉を飲み込む。
「利優さんの言っている通りですよ」
「そっか。 ……外のあれ、見える?」
「あの板ですか?」
「うん。 ……あれね、ペットのお墓なの。 昔飼ってたね」
「ペットって……全部ですか?」
庭に刺さっている板には、目を凝らせば確かに名前が書かれていて、簡易な墓のようにも見える。 だが、数が多すぎる。
「うん。 動物とか、よく拾ってくる子だったの。 特に、弱ってたり、死にそうだったり」
「昔から優しかったんですね」
「今も変わってないみたい。 あの子はよく「この子はボクのことが大好きですね」って飼ってたペットに言ってた」
口が開けずにいれば、利優の母親は続ける。
「あの子を好いてくれているのはとても嬉しいけれど。 ……それは気をつけてね」
利優にとっての俺は、弱っていたペットか。 利優の母親が言いたいことはだいたい分かり、頷く。
「懐いた動物ですよ。 俺は」
反応を見ずに二階に上がる。
音を頼りに利優の部屋に入ると、利優が照明のスイッチに繋がっている紐でシャドウボクシングをしていた。
「しゅっ、しゅっ!」
適当に床へ腰掛けながら声をかける。
「何しているんだ」
「修行ですよ。 修行」
「修行」
「最近、ボクも力を付けておかないと危ないかなって思いまして」
意味ないだろうと思うけれど、はっきりと意味ないというのはなんとなく悪いような気もする。
「……利優。 もっと効果的な敵への対処法を教えてやる」
「ん、蒼くんって、ボクがそういうのするの嫌がってませんでした?」
「生兵法よりかは、ただ逃げてくれていた方が安全だ。 下手な訓練で自信を付けられたら面倒だから止めていた」
「おぅ……結構言いますね」
頷いて、利優を前に座らせる。
「よろしくお願いします。 師匠!」
「師匠じゃねえ。 ……まず前提として、戦うのはまず不可能だ。 能力は戦闘には不向きだし、何より身体が弱い」
「むぅ、でも、戦う必要があるときはあると思うんです。 これからは」
「ない。 俺が守るから」
利優は顔を背けてもぞもぞと身体を動かす。
「小っ恥ずかしいことを堂々と……」
「だから、身を守る術として必要なのは、敵と戦って倒すのではなく、俺が来るまでの間、敵から逃げることになる」
「はい……」
「利優の能力や、想定される戦場のことを考えれば、そこらへんの店か家に入り込めば逃げ切れたと行ってもいいだろう。 鍵の能力であれば、ワープでもしなければ中に入られることはないからな。
つまり、何処かの屋内に入るまで……長くて8mを逃げることが出来ればいいわけだ」
「結構、簡単そうですね」
利優がそう言い、俺は首を横に振るう。
「利優が1メートル先の扉に向かっていて、俺が20メートル離れていたとして、5回は殺せる」
「いや、先輩はボクが好きすぎるので無理ですよ」
「そういう話ではなく……」
「でも、銃のロックしたらいいんじゃないですか? 付いてるでしょ?」
「投げられるだろ」
「ええ、鉄の塊投げてくるんですか? 怖い」
「まぁ、つまり利優は火器は基本無力化出来るから、相手の遠距離からの攻撃は投擲か、何かしらの能力かに限られる」
「弓は?」
「んなもん撃ってくるやついねえよ」
利優はうんうんと頷いてから首を傾げる。
「どうすればいいです?」
「どちらの対処も同じだ。 飛んできたのを避ける。
能力で観測して、次に来る場所を予測してそこから身を外す」
「……観測する力による未来予知、でしたっけ? ボク、前に練習したけど、出来なかったんです」
「たぶんやり方が悪いな」
財布から十円玉を取り出して、指で弾く。
「裏」
落ちるより前にそう言って、俺の言葉の通りに10の字が見えた状態で落ちる。
また何度も同じことをする。 表、表、裏、表、表、裏。
「……全然分からないです」
「能力の出力を考えれば、俺よりも「よく見えている」はずなんだ」
「ボクの灰色の脳味噌では無理ってことですか……?」
「多少面倒な話なんだが。 カオス理論という理屈があって」
「かっこいいですね!」
かっこいいだろうか。 よく分からないが、利優が言うならそうなのだろう。
「……有り体に言えば「どれだけ観測出来る情報が増えようと初期値の極々微小のズレにより完璧な予測は出来ない。」といった話だ」
「どういうことです?」
実家の利優の部屋ということで少し期待していたけれど、物は少なく殺風景だ。 確かに「帰ってくる場所」のようには見えない。
「バタフライエフェクトって分かるか? 蝶の羽ばたきが別の場所で大きく影響を及ぼすって話なんだが」
「ん、分かりますよ! でも、それごと観測して、予測に繋げたらいいんじゃないですか?」
不思議そうに首を傾げた利優の頭をなんとなく撫でる。 利優のペットみたいなものか。
酷くプライドに障る話なのは分かっているが、悪くもないと考えていて自分が気持ち悪い。
「 例えば……今からコンビニに買い物をしに行って、チーズ鱈を買って戻ってくるとする」
「ボクに献上するためですね。 いい心がけです」
「普通に考えて、それが出来ない可能性はどれだけある?」
「車にひかれたとか、売ってなかったとかですか?」
「まぁそんなところだけど、コンビニに行く途中で大地震が起こり、一帯が壊滅するかもしれない」
「えぇ……」
「コンビニに強盗が押し入っていたり、通り魔に刺されたりする可能性もあるな。 隕石が降ってきて地球滅亡することも考えられる。 宇宙人が攻め行ってくるかもしれない」
「そんなの考えてたら、キリがないですよ」
「だいたいはそんな話だ。 観測しきれていない、初期値の、小さな小さな誤差が最終的に大きな差になるーー可能性がある」
「可能性がある?」
「それは突拍子もないぐらい可能性の低いことで、コンビニに向かう途中で隕石にぶつかるみたいなものだ」
利優が頭の中で話をまとめているようなので少し待ってから、ゆっくりと続ける。
「俺はその低い可能性を全部無視している。 恐らく利優の場合は起こる可能性が低いのも全て引っくるめて予想の範囲に入れているから、実際は突然隕石に潰される可能性は無視していいのに、それも含めて考えたら複雑すぎて理解出来なくなる」
「つまり……ボクのような強い能力者はカオスに囚われて闇落ちして闇利優になりやすいってことですか?」
「強い能力者の方が多すぎる情報がまとめきれなくて未来予測が苦手になりやすいってことだ」
利優が分かったのか分からないのか判別の付かない顔で頷いたので、とりあえず始めることにする。
「情報を絞るんだ。 観測を深めるのではなく、簡略化して分かりやすくする。 見る必要があるのは、コインの動きと距離だけだ。 ……行くぞ」
「……裏!」
他にやることもなかったので何度も繰り返す。 利優の母親が帰ってくるまで200回ほどしたが、七割、最後の方は八割程度の正解率だった。




