白熱! 歓迎会! 3-2
俺が評価するのもおかしな話だけれど、利優の母は利優を愛しているように思える。
それとなく身の安全は確かかを聞き、心理的にはどうか、しんどくはないか。 しっかり楽しめているか。 将来はどうなのか。
熱心にそれを尋ねて、利優は誤魔化しながら答えていく。
これだけ心配している人を相手に誤魔化すのはどうかと思うが、無闇に心配させたくないという利優の気持ちもよく分かる。 身を狙われている事実を教えたところで、利優の母にはどうすることも出来ないのだから。
俺も利優の意向に従って答えるけれど、本当にこれが正しいのか。 分かりはしない。
今、彼女の母に真実を知らせないのは、本当に利優のためなのか。 もしかしたら、昔、俺が利優を攫った事実を隠すために真実を伝えたくないだけではないのだろうか。
馬鹿な考えだと、頭を掻く。 始めから、そんな高尚な人物ではないだろうが。
「それで、蒼くんはボクのこと大好きなんですよ」
利優は俺の方をニヤニヤと見ながら、自慢気にそう言う。 利優の母は、何を勘違いしたのか、利優の方を見て笑みを浮かべる。
おそらく、反対だと思ったのだろう。 利優が俺のことを好いていると。
訂正するのもおかしなことで、誤魔化すように利優の方を見る。
「あ、お昼ご飯、食べていくよね? 蒼くんも」
「ありがとうございます。 いただきます」
「用意するなら、ボクも手伝いますね」
利優は母に続いて立ち上がるけれど、座らされて利優の母だけがキッチンに向かう。
二人して軽く息を吐き出して、それがおかしくて少し笑う。
「蒼くん、随分緊張してますね。 いっつも堂々としてるのに」
「理由が分かってて言っているだろ。 というか、俺はまだしも利優が緊張するのはおかしいだろ」
「してませんよ。 ちょっと、居心地が良くないだけで」
「……そうか」
テレビの横に立ててある写真を見れば、利優の母と父らしき人物、それにより幼い利優の三人が手を繋いでいる。 利優は嬉しそうに笑っていて、幸せそうにしている。
「いつの写真か分からないですけど。 多分……そうですね、小学校低学年ぐらいだと思います」
正直、この写真欲しい。 焼き増しとかしてもらえないだろうか。 ネガとか残ってないか……後で許可を貰って、写真を携帯電話で撮ればいいか。
目を外せば、壁の上の方に下手くそな子供の絵が貼られている。 ボロボロになっていて、昔のものであることが分かる。
「あの絵は、小学校に入る前ですね。 恥ずかしいので、あまり見ないでくださいよ」
それ以外にも、たくさんの利優の物がこの部屋にはあった。 月並みな言葉だが、愛されていることが伝わってくる。
放っておけば、利優はここに戻ってしまうのではないか。 事実……利優は既に能力の扱いは出来ており、狙ってくる奴がいなければ、あの組織にいる必要はない。
ある意味で……利優の敵は……俺が逃げてきたところは、今でも俺の味方なのかもしれない。 そう考えれば、俺も利優の敵か。
……利優の身の安全よりも、近くに居させることを優先したいと思う時点で、味方とは言い難いだろう。
なんとなく利優の手を手繰り寄せて、手を上から包むように握り込む。
「どうしたんですか?」
「なんでもない」
少し微笑んで、俺の頭を撫でる。 その仕草があまりに優しくて、自分の醜さがより一層に際立つ。
「利優は、愛されているな」
利優は曖昧に笑って、頷く。
「ボクがこうじゃなかったら……いい家族だったかもしれないです」
俺が掴んでいない方の指を動かして、コップを能力によって操作する。 俺が銃を操る能力でもある程度は別の物が操ることが可能なのと同様に、利優にも可能だ。
俺よりも大きな物を正確に動かすことも出来る。
「ボクではなく、違う人が子供だったら、泣かせてなかったですよ。 ボクがここに来てきて、あっちに帰るとき、いつも泣かせるんです」
申し訳なさそうに利優は手を握る。
「……いい家族だろ。 今でも」
「ボクは、駄目な子供です」
「立派で愛しい子供だから、泣くんだろ。
別の奴が子供だったら、泣かなかったかもしれないが、それは幸せだとは限らない」
利優は軽く身体を傾けて、顔を俺の腕で隠すようにしながら言う。
「蒼くん。 優しいですよね」
「優しい奴は、多分、もっと上手くやれる」
「ん、何をですか?」
君を救うこと。 言えるはずもない言葉に少し笑う。
どうしても、この家が好きになれない。 昔の利優の写真が、昔の利優が描いた絵が、これ見よがしに飾ってあるように思える。
考えれば、利優の親からしても、今利優といれている俺が妬ましいのだろうか。 俺が親なら、妬ましすぎて殺したくなるだろう。
「……利優」
「なんです?」
「……ここに、帰ってこれたらいいな」
思ってもいないことを口に出す。 利優の子供のような姿は、あるいはまた家族の続きをするためなのではないかと、得体のないことを考える。
利優は小さく、首を横に振った。
「帰るのは、あのマンションですよ。 蒼くんも、鈴ちゃんもいて」
利優がそう考える不幸にーー心底、心の奥底から、喜んでしまった。
彼女の一番の敵は俺なのかもしれない。 妙な言い回しをしているのではなく、そのままの意味で。
目を離して庭を見ると、幾つも板が並んで立っている。 あれはなんだろうか。
「……先輩から、離れることはしませんよ。 だって、先輩はボクが横にいないと……ダメですから」
「別に、俺に気を使う必要はない」
「じゃあ先輩、ボクがいなくなったらどうします?」
「どうって……」
利優を狙っている奴等がいなくなり、利優がこの家に住む。 もう守る必要がないとき、利優の側にいる言い訳がないならば、俺はどうしたらいいのだろう。
前のようにただ無我で何かをして生き続けるのは無理だ。 甘味を知りすぎていて。
「まったく、先輩はボクのことが大好きなんですから」
答えられずにいると、利優は呆れたようにそう言って笑い、隣から、ぎゅっと俺の身体を抱きしめる。
「駄目な人ですね。 ボクがいないと、何も出来ないんですね。 えへへ」
「……そのときになったら、考える」
扉が開いて、布巾を持った利優の母親が俺たちを見て、ニヤニヤと笑みを浮かべる。
「あぅ……ち、違いますよっ! これは、そういうのではなくっ!」
「大丈夫、お母さんはちゃんと分かってるから」
「分かってないです! 全然!」
「利優が蒼くんのこと好きなんだって」
「逆です! 完全に反対ですからっ! 蒼くんがボクのことを好きで仕方ないんですよ!
そうですよね、蒼くん!」
利優に同意を求められ、少し迷いながら頷く。
「ああ、そうだな」
「そういう言い方だと誤解が晴れないじゃないですか!」
「そう言われても」
「もっと積極的にお母さんの前で、ボクへの愛を囁いてくれたらいいんです」
それは無理だろう。 とりあえず埒が明かないので、利優を引き剥がす。
「利優ももうそういうお年頃か……。 もう17歳だもんね」
「なんか理不尽です……。 蒼くんがボクのこと大好きなのに……」
不満そうに唇を尖らせて、俺はその姿に頬を緩める。
「あ、蒼くんアレルギーとかある? 利優も」
「ないですよ」
「ありません」
それを聞きに来たらしく、机を布巾で拭き終わった後はパパッと扉の外に行き、扉を閉める前に利優の方を見て、グッと親指を立てる。
「ファイトっ!」
「何がですかっ!」




