白熱! 歓迎会! 2-4
思ったよりも大きな家に少し驚いていると、横野は二つ隣を指差して「あれが俺ん家」と説明をした。
「へー、一人暮らしですか?」
「なんでだよ。 実家だ」
利優の何処かずれた言葉を聞きながら、横野は呼び鈴を押す。
すぐに開いたと思えば、野空ではなく、彼女に似た中年の女性だった。 おそらく彼女の母なのだろうと頭を下げると、横野は親しそうに手をあげて、女性に声をかける。
「おばちゃん久しぶり。 葵いる? あっ、こっちの二人は高校の友達な」
「あ、あの、その……」
「同じクラスで葵さんと仲良くさせていただいている水元と、塀無です。
今日は突然お邪魔してすみません」
朗らかな笑みを浮かべている女性は色々と話してから、野空を呼ぶ。
「葵ー、せーちゃんと高校のお友達きたわよー」
せーちゃん? と思ったが、横野のことだろう。 よく考えたら苗字しか知らなかったな。
パタパタと階段を降りてきた野空は不思議そうに首をかしげる。
「あれ? 二人だけ?」
後ろに隠れていた利優を引っ張り出して、前に立たせる。
「いつも通り人見知りしてただけだ」
「あ、お母さん怖いもんね……分かるー」
親子で軽口をたたいて、葵は家に上がるように行って前を歩いていくので、軽く頭を下げて「お邪魔します」とだけ言って中に入る。
野空の短いスカートがひらひらと揺れながら登っていくのを見ながら頰を書く。
先に上がっている野空を見ながら階段を登ろうとすると、利優に手を引っ張られた。
「どうした?」
「先輩、見境なしです。 引きます」
「いや、見てない。 見てないから」
引っ張られた手が抓られて、少し痛い。
すぐに離されたから怒っていないのかと利優を見たら、半目で呆れたように見られていた。
「どうしたんだ?」
「いや、すぐ行く」
階段を登って、野空の私室に入る。 女の子の部屋は利優と鈴のところにしか入ったことはないが、その二人とも違ってなんとなく新鮮な感じだ。
今時の若者然とした服装も合わせて、なんとなくオシャレである。
思えば、利優は子供っぽいところが拭えないし、鈴も世間とはズレているので、普通の女友達は野空が初めてか。
いや、もっと小さい時はいたような……よく覚えてないな。
「んじゃ、早速始めよっか」
床に直接座ったところで、野空がそう言ったので鞄から教科書とノートを取り出そうとして、野空に止められる。
「えっ、普通勉強会に来て真っ先に勉強とかする? 流石の私でもちょっと引くよ、蒼」
「そうですよ蒼くん。 まずはお菓子を食べて頭に糖分を送り込むことから始めるんです。 蒼くんは勉強舐めてますよ」
ええー、と突っ込む間も無く二人はお菓子を取り出し始め、横野の方を見れば諦めたように首を横に振る。
「……俺は食えないから。 勉強始めるな。 蒼、教えてくれ」
「……ああ」
お菓子の欠片が飛んでくることを危惧してなのか、それとも話している二人の隣でやるのは集中を乱すからか、横野は床に用具を置いて、転がるような体勢で勉強を始める。
俺も女子二人の会話に入れる気がしないので、二人はやる気になるまで放って置いて、復習がてら教科書を開いて目を通していく。
時々横野に聞かれた問題のコツを教えたりなどして、退屈さに欠伸が出る。
「そう言えばさ、蒼達ってなんで転校してきたんだ? 親戚なんだよな」
「家庭の事情。 あまり言うことじゃないと親に言われていて」
「へー。 そうなのか。 蒼の親か……なんかスゲえ厳しそうだな。 イメージ的に」
「……いや、優しい人だよ」
実際どうだったか、よく覚えていないけれど。
軽く頭を掻いて誤魔化すようにする。
気が付けば利優が少しだけ俺の近くに寄っていて、俺の手を軽く握っていた。 大丈夫だと、口には出さずに頭を撫でてやれば、利優は満足したように菓子を食べに戻った。
「優しいのか、いいな。 俺のクソ親父なんてよ、いっつもテレビ付けっぱなしで寝てるのに、俺がチャンネルを変えると突然起きて「見てる」ってキレんだよ。 いびきまでかいてるのに」
「大変だな」
「本当にな。 あんにゃろ、マジでムカつく」
家族の話題は微妙に気まずい。 一応設定は決めているが、利優は覚えきっていないだろうし、下手に実際のことを知っているので利優と俺の言葉に矛盾が出来るかもしれない。
「あ、そういや、この前にクラスの男子でしてた女子の人気投票の結果出たぞ」
参加した覚えがない。
「何やってるの……男子って本当に馬鹿なんだから……。 それで、私は何票? 五百票ぐらい?」
「何人転校してきてるんだよ。 ……0票だな」
「なぜ!?」
横野は元々話すつもりだったのか、手書きのプリントらしき紙を取り出して俺たちに見せる。
知らない奴が一位で12票。 担任の教師の熊野先生が二位で4票。 利優が三位で1票。
…………利優に票が入っている。 クラスの男で。
「蒼の顔が真剣すぎてちょっと笑っちゃう」
「いや、別に」
「んー、山口さんって、男の子に人気だったんですね。 12票って、クラスの男の子17人なので、3分の2以上です」
「あ、いや、これは恥ずかしがった奴等が談合して、実際には一人もいれなさそうなのを一位にしようとしてなった」
むしろ不人気投票だ。
「じゃあ、本当の一位は熊野先生ですか。 人妻の魅力……」
「いや、これは俺を含めた熊ちゃんに票を入れたら成績あげてくれないかなって淡い期待」
「つまり、実質ボクが一位なんですね……。 球技大会に続いて一位、敗北を知りたい。 誰かボクに教えてください、敗北を」
利優がツンツンと俺の腹を突く。 それを払い退ける気力はなく、気にしていない風を装って横野に尋ねる。
「……そ、それにし、しても。 利優に入れるやつなんているんだな。 これも恥ずかしがってか?」
「いや、これはそういうんじゃないけど」
誰だ。 利優に変な目を向けている奴は。 怒りで引きつりそうになる頬を無理矢理戻して、横野に再び尋ねる。
「……つ、つまり、この票は本気なのか?」
「ん、それは……」
横野か答える前に葵が口を挟む。
「17票全部入ってるってことは。 蒼も投票したの? 山口に?」
「……全部? いや、俺は投票していないはずだが」
「あ、それなら蒼くんがいなかったときにまわってきたので、ボクが代わりにしましたよ。 蒼くんがボクに入れるのは確定的に明らかだったので」
「なんでだよ」
思わず突っ込む言葉が口から吐き出されて、遅れてため息を吐く。
「結局全部無効票じゃねえか」
「あれ、蒼くん心配しちゃいました? ボクのことが好きな人がいるかもって心配したんですね」
「してない」
「またまた、えへへ、蒼くんは心配性ですね」
「だから、してない」
利優の頭をゴシゴシと撫でて黙らせると、ぼそりと野空が呟く。
「つまり、蒼がこの場で投票したら」
野空が横野を見たら、俺の方を一瞥した後、いい笑顔で親指を立てて頷く。
「そういうことだな。 よし、蒼、おじさんに好きな女の子教えてみようか」
「……そんな馬鹿なことには参加しない」
「こんだけ食い付いてて自分だけ隠そうたぁ、ふてえ輩だな?」
「全部本音書いてないだろ。 なんで俺だけ真面目にしないと」
「あ、つまり蒼にはクラスの中に好きな奴がいるのか。 なるほどな」
下手に口を滑らせてしまったことに後悔をして、微妙に期待している風にチラチラとこちらを見てくる野空から目を逸らして、教科書を開き直す。
「適当にアミダでもして票を入れとけ」
「蒼はつまんねえな。 小学生でもないんだし、狙ってる奴ぐらい教えてくれればいいのに」
「いねえよ。 狙ってる奴なんて」
俺は利優を守りたいだけで、彼女と異性として交際出来るなんて思っていない。 本当に、嘘ではなく。
時計を見れば、もうここに来て一時間は経っている。 利優と野空はいつになったら勉強を始めるのだろうか。




