白熱! 歓迎会! 1-3
いつも上手いこと、事が運んだ試しがない。
しかし、きちんとどのような事が俺にとって満足のいく結果かと言えば、利優が俺を好いてくれた上で結ばれるということに他ならない。
ただ交際するだけでは満足出来ないなんて、ただのワガママではなかろうか。
「好きになってくれると約束してくれたんだ。 付き合えばいい」そう、易きに流れる自分の心境を吐き捨てる。
違う。 俺の「上手いこと」はあくまでも「利優にとっての良いこと」でなければならない。
彼女の立場の悪さは俺を抱え込んでいるからという理由もある。それに、いつも彼女は俺のためを思ってくれていた。
幼いながらも美しい容姿に、あどけなくも清廉な精神、惚れ込まないはずもなく、愛してしまうのはいいとしても本筋を見誤ってはならない。
とりあえず、長期的な目標は利優を暦史書管理機構の組織内で安全な位置にまで引き上げる。
中期目標はこの依頼を済ませて、有栖川から話を再び聞くこと。 ……あと、一応謝ること。
短期目標は……とりあえず、先ほどの二人への対処を考えることか。
金髪女のガムの靴に付けていた発信機(銃弾を変形させたもの)はもうとっくに取り除かれているし、歩いて行った方向も恐らく奴らの拠点の場所とは別の方向だろう。
ガリガリと頭を掻いて、溜息を付く。
「んっ、どうしたんです? 蒼くん」
振り向けばパジャマ姿の利優が薄く微笑みながら、教科書とノート、筆記用具を持って部屋に入ってきていた。
「勉強か」
「テスト近いですからね」
普通なら嫌がるものの代表だろうテストを口にしながら、ニコニコと笑っている。 ただでさえ利優は勉強が出来ないのにだ。
「教えてくれませんか?」
「……止めとけよ。 定期テストが来る前に、解決するかもしれない。 もし、上手く見つけることが出来なくとも、ここで進学や就職をするわけじゃないんだ」
「でも、ボク、お勉強会みたいなのに憧れてたんです。 えへへ」
利優は俺の横に座って、教科書を机の上に開く。飲んでいた水が邪魔にならないように端に退けて、利優に笑われる。
「蒼くんって、一人のときめんどくさがって水しか飲まないですよね」
「……そうだったか?」
「うん。 そうですよ。 面倒くさがり屋です」
利優は座ったばかりなのに立ち上がって、キッチンの方に言ってインスタントのコーヒーを二つ淹れる。
今日は変に気を張って疲れたが、このまま勉強に付き合えということだろう。 まぁ、何もすることがなかったので丁度いい。
一人で何もせずに過ごせば、嫌なことばかりを思い出す。
「勉強なんて面白いものでもないだろう」
「蒼くんはあっちでも時々してましたよね?」
「……暇つぶしにな」
「こうやって、普通に学校に通って、普通に友達と話して、普通に部活に行って、普通に家で過ごすのって……ちょっと憧れません?」
「分からないな」
「じゃあ、先輩……蒼くんの憧れの生活ってどんなのです?」
少し考えてから、首を横に振る。
「やるべきことが多くて、考えていられないな」
「まぁ、どうせ女ったらしの蒼くんのことですから、古今東西の女の子をたらしまわるような生活でしょうけど。
今日も、あの子の方チラチラ見てましたし」
「見てない」
筆箱からシャーペンを取り出して、数学の教科書を見ながらペンを走らせる。
「……問題文書くのは無駄だろ」
「え、でも、見直したときにそうした方が見やすくて分かりやすくないですか?」
「解けたところを見直しても仕方ないだろ」
納得したのかしてないのか、利優は俺の言葉に頷いて問題を解き始める。 基礎は出来ても応用が少しでも含まれるところに行けば一気に解けなくなって、利優らしいと思った。
「見直すことを前提にするんじゃなくて、最初から覚えるつもりじゃないと覚えれない」
「……それは蒼くんが頭良いからです。
神様はおかしいです、蒼くんの身長か頭か運動神経か、どれか譲ってくれたらいいのに……。 なんでこんな女の子のパンツをジロジロ見るような人に才能を与えたんです」
「見てない」
話しながらのせいで勉強が全然進んでいないが、まぁそれは別にいいか。 利優は勉強をしたいだけで、勉強を身に付けたいわけでもないようだし。
……もし、定期テストまでに終わらなければ、結果ぐらいは出してやりたいけれど。
「見てましたよ。 あの子のチェック柄のパンツ……」
「ん? ……チェック柄の?」
「やっぱり見てるじゃないですか! なんでこんな単純なカマかけに引っかかるんです!」
「……いや、能力による認識の阻害かと疑ったんだよ」
ジトりとした目で利優が俺の方を見ながら、不愉快そうにシャーペンを手で弄る。
「やっぱり見てたんですね」
「……あれだ、武器とか隠してると思って、一瞬だけ」
「どう考えても嘘ですよね」
「……いや、待て利優。 これは敵側の策略じゃないか?
わざと下着を見えるようにすることで仲違いを起こさせて、各個撃破を狙う作戦の可能性がある」
「こんなに早口な蒼くん、初めて見るんですけど……」
利優が呆れたように俺の顔を見て、ツンツンと頬を突く。
「鈴ちゃんも、色仕掛けみたいなのしたら一発だったかもしれないですね……」
「俺をなんだと思ってるんだよ」
「変態」
ヤケに辛い言葉に肩を落としながら、それを誤魔化すようにコーヒーに口をつける。 なんとなくいつもよりも苦い。
「だいたいですね……。 蒼くんは、おかしいですよ。
先輩、蒼くんがボクのことを好き好き言ってるから、付き合いましょうって言ったら嫌だって言って、他の女の子のパンツをジロジロニヤニヤ見て鼻の下を伸ばして……!」
反論しようとするけれど、どれも事実であるため何も言えずに押し黙る。
いや、ニヤニヤはしていないけれど。
「ボクが怒るのも当然だと思うんですよ。一瞬で浮気されたような気分です」
「……いや、付き合ってない……」
「シャラップです! ぶっちゃけ似たようなものじゃないですか。 そもそも、付き合うのは何がダメなんですか」
「それは利優を好きでもない奴と付き合わせるのは……」
「先輩のことは好きですよ」
「そういう好きではなくて……」
どうにも色々と噛み合わず、微妙な感覚に頭を掻く。
好かれているのは分かっているけど。 そうではないのだ。
いや、違う。 十分過ぎるからだ。
より多くを求めているのも確かなのだけど、同時に利優からそこまで大切に思ってもらっているだけで、もう自分のことは後回しにしてもいいと思えるていどには満足している。
別に、好きの種類が俺と同じでなくてもいい。 そもそも、俺の利優への好意も、寄る辺がないから甘やかしてくれる利優に向いている依存心と、容姿のよい身近な女子に向かう性欲を混ぜたような醜いものだ。
我ながら、あまりに汚らわしくて嫌になる。
「……どうかしました?」
「いや、利優がかわいいなって思っただけ」
そう誤魔化せば、利優は頬を薄く染めながら「変なこと言わないでください」とそっぽを向く。
本当に可愛らしく、頬が緩む。
もし、利優と出会わなければ。 そう考えると、どうしようもないような恐れを感じる。
「と、とりあえず、ボク以外の女の子のパンツを見たらダメですから。 ボク、怒りますからね?」
適当に頷き、思う。
もし、俺と出会わなければ。 もう少し、組織の中でも立場といったものがあっただろう。
俺は利優と出会って幸せになったけれど、利優は俺と出会って不幸になったかもしれない。 こんな風に明るく振舞っているが、鈴とは気まずい関係になってしまっていることだろう。
「あっ、違います! 違いますからっ! ボクのパンツもダメですからねっ!
今のはいい間違えて変になっただけです! 先輩はパンツを全面禁止です!」
あたふたとしている利優を見て、酷く苦い口の中を吐き出すように言う。
「利優、悪いな」
「ん、分かったらいいんです」
謝罪の内容を誤魔化すのは、卑怯なことだろう。
それが分かっているけれど、今はそれが限界だった。




