過ぎ去った過去は尊い夢の様3-3
過ぎ去ると書いて過去と読む。
けれど、それは果たして正しいのだろうか。 ボクは愚かにも過去という言葉に疑問を持った。
過去現在未来。 現在よりも前をそう呼んだけれど、過ぎ去ったとは言いがたく、過去は今も今でも胸中にある。 渦中にある。
過ぎてはいるけれど、去ってはいない。 去ってはいても、過ぎてはいけない。
少なくとも、確かに正しいのは……彼の不幸な過去は、想いは、手にしている感触は、昔のものであっても、過去のものと呼ぶには過ぎても去ってもいなかった。
だから、縋るしかなかった。 彼がボクのことを好いていることを利用して、口車に乗せて。
◆◆◆◆◆
落ち着くのにかかった時間は長い。
それまでの間、利優は俺を抱きしめ続けていて、有栖川はそれを見続けていた。
「仲がよろしいのですね」
「……肩、大丈夫か」
有栖川は少し乱れている服を直しながら頷く。
「お優しいのですね」
「撃ち殺すぞ」
「……先輩を虐めたの、許しませんからね。
あと、怪我しているんだったら、鈴ちゃん呼びましょうか?」
どうにも気の抜ける利優の声に、薄い安堵を覚えながら湯呑みを拾い机の上に置き直す。
「お茶、淹れなおしますね」
有栖川はそう言って湯呑みを盆に載せて別の部屋に持っていく。
有栖川が部屋から出て行き、利優は俺の服の袖を引っ張った。
「先輩、その……ボクがさっき言ったことは、本当ですからね。 結婚は、先輩がまだ17歳なので出来ないですけど。 その……」
「いらない。 同情で、など、不快でしかない」
「……これからどうしますか? やってしまったことを考えたら……。 今からでも、二人で逃げましょうか、この組織の目が届かないとこまで」
「有栖川はこうなることを分かって呼び出した。
それの必要はない。 今の一連は、有栖川のマウンティングみたいなものだ」
自分が愚かだと言っていたことを自分でしているなど、本当に腹立たしい奴だ。
手のひらの上で踊らされているのも含めて、嫌悪の感情すら湧き出る。
「嫌いです。 あの人」
利優の頭をグシグシと撫でる。
お茶を用意して戻ってきた有栖川を見て、二人で口を噤む。
「それで、俺たちは何のために呼ばれたんだ。
俺の親のことを謝るだけってことはないだろう」
「それが一番の理由ではありますが……。 先日の侵入者の方、どうやってここを突き止めたのだと思いますか?
まっすぐ土を掘って、アーカイブに向かっていましたが」
考えてみれば、地下の秘密施設の細かい構造を知っているのはおかしな話だ。 トンネル内の地図なんて出回っていないし、それこそこのトンネルの中に入り込んで場所を確認するしか方法がないような気がする。
まぁ、横紙破りな方法ではあるが、利優のような高位の能力者で「本の能力」などであれば、外側から観測して見つけることも出来るだろうが。
「……また派閥争いか」
「水元さんが捕まえた侵入者は、どこの支部にも名簿に載っていませんが、能力の扱い方が暦史書管理機構の体系に属しているようなので、別の支部のもので間違いないと思われます」
「どういうことです?」
「利優はお菓子でも食ってろ」
流石の利優も口を付ける気分にはなれないらしく「むぅ」と唸ってから口を閉じた。
「それで、有栖川は俺たちにどうして欲しいんだ」
「どうしたい、というような考えではなく……。 五良市の任務における追加の人員が、別の派閥のものなので一応知らせておこうかと思いまして。
勿論、そのようなことを関係なしに仲良く出来るのならば、それに越したことはありませんが」
頭を掻いて頷く。
「どういう立場なんだ? そいつらは」
「一言で表すのは難しいですね。 私たちを中庸穏健派、などと呼ぶとすれば、彼等は改革派とでも言いましょうか」
「随分、自分にはいい言葉を使うな」
有栖川は侵入者はどこの派閥かは分からないと言っているが、実際は分かっているのだろう。
まだ顔も合わせていないが、新しくきた二人と同じところらしい。
有栖川は俺の悪態に気にした様子もなく続ける。
「もしかしたら、水元さんの知り合いかもしれませんね」
「……は?」
その言い方だと、まるで俺のいた組織も、ここと同じかのような……。 いや、同じなのだろう。 派閥争いに巻き込まれて、その時に都合よく他の組織がきたのよりかはまだ納得が出来る話である。
だとすると、あまりにも内ゲバが酷すぎるように感じるが。
有栖川はわざと明言を避けているので、話す内容は決まっているのだろう。 話してはいけないが、俺に伝える必要はある。
まぁ、俺が元いた組織であると考えれば、有栖川の言いたいことは想像がつく。
利優を守れ。 そう言いたいのだろう。
舌打ち。 鼻を鳴らしてから、有栖川を睨み付ける。
口の中にある粘着きを飲み込み、吐きすてるように言う。
「ただの警告か?」
この警告をした理由は、侵入者が俺が元いた組織……派閥の者で、それを俺が撃ったから、元いた組織との繋がりがないと判断したのだろう。
「先輩、全く話についていけないんですけど……」
「頼むから静かにしていてくれ」
利優は俺の頭を無言で撫で始めているが、努めて無視をする。
「お礼ですよ。 私は、本当に先週のことを感謝していますから」
「そりゃ、どうも」
「いえ、お礼を言うのはこちらの方ですよ。 ありがとうございました。
ですから、一つだけ助言を」
助言? と聞き返す前に有栖川の言葉は続いた。
「安全な場所と仕事をあげるから、出来る限り早く終わらせてください。 行き詰れば行き詰まるほど、人を送り込む言い訳になります」
俺は立ち上がってから、利優の手を持つ。
「……信用するぞ」
「またお暇があれば、一緒にお茶しましょう」
「先輩をナンパしないでください!」
そういうつもりではないだろ……。
利優の手を引いて外に出る。
これから利優に、何故激昂したのか、何を話していたのかの説明をしなければならないのか、など、面倒くさいことが残っていると思えば、ため息が出てしまう。
もう、ゆっくり寝たい。
……あれ、ゆっくり寝たい、面倒くさいなんて思ったのはいつ振りのことだろうか。
手に握られた、利優の小さな手を見て気がつく。 またため息が出てくる。
「大丈夫ですか?」
「……自分に呆れているだけだ」
思ったよりも、俺にはプライドがないらしい。
第一章終了!




